10.抵抗を企てる能力者たち(二日目、日中)
行商人猫谷「たしか、前回のゲームでも子爵の坊ちゃんは初日に処刑されてなかったっけ? つくづく吊るされやすい人物だな、子爵の坊ちゃんってやつは……。
しかしまあ、こうも早くから愛するご主人さまがくたばっちまうと、さすがの有能なモルギアーナも出番がまるでねえ、って寸法だな」
猫谷は、例の舐めるような流し目で、私をねっとりと見つめてくる。私は相手にせず、つんとすましていた。
令嬢琴音「なんていうか……、好感度低いんよね」
行商人猫谷「そこへ行くと、俺さまは好感度ナンバーワンキャラだしな」
令嬢琴音「猫さんは、三日目くらい経ってから、ボロ出して吊るされるタイプとちゃうん?」
行商人猫谷「……」
猫谷と琴音のでこぼこコンビの会話に呆れ果てた将校が、咳払いをして口を切った。
土方中尉「どうやら、昨晩は死者が出なかったようであるな」
小説家望月「感染狙いであったということでしょうかね?」
小説家は腕組みをしながら考え込んでいる。
女将志乃「早合点は禁物よ。その前に確認しておかなければならないことがあってよ」
美人女将はいつになく真面目顔である。
子守り千恵子「七竈のおばちゃん――、確認すべきことっていったいなんなの?」
千恵子のあどけない声が部屋中に響き渡る。それを耳にした七竈の女将は、つつっと音も立てずに千恵子のそばまでやってきた。
女将志乃「あのねえ、おばちゃんじゃなくて、『お、ね、え、さま』ってお呼びなさいね!」
そう一言いうと、女将は千恵子の林檎色のほっぺたをぐっと鷲掴みにして、いざ引きちぎれんばかりに、ぐりんぐりんと左右に揺さぶった。
子守り千恵子「いたたっ、ふにー、許ぢでくだひゃい。おぬえひゃまー」
顔をのけぞらせた千恵子がたまらず泣きを入れる。そのおぞましい光景を目の当たりにした一同は、誰もがその場に凍りつき、身動きひとつ取ることができなかった。
やがて令嬢がぼそっとつぶやいた。
令嬢琴音「七竈の女将さんのことをおばさん呼ばわりするなんて、自爆行為もええとこや」
小説家望月「ああして子供は少しずつ世間の道理をわきまえていくのですよ」と、女将には聞こえないように小声で、望月がさとした。
志乃はなにごともなかったかのように、にっこり微笑んで、話題を元に戻した。
女将志乃「吸血鬼が感染狙いであった可能性は高いと思うけど、ひょっとしたら、猟師が護衛に成功して、死者が出なかっただけかもしれないわよ」
土方中尉「そっ、そうであるな……。さっそく猟師のGJを確認したいところであるが、そのためには、猟師が名乗り出なければならぬ。しかし、それはまだ時期尚早であるし、どだい無理な相談だ。ということは、昨晩に死者が生じなかった理由はわからぬということか?」
令嬢琴音「そうとも限らんよ。条件付きで宣言すればいいんよ。例えば、『うちがもし猟師やったら、昨晩GJはしてへんわよ』って告白なら誰でもできるでしょ」
女将志乃「それって、お嬢さまはGJをしていないと宣言された、のかしら?」と志乃が確認をうながした。
令嬢琴音「そう取ってもらってかまへんよ」と令嬢もやり返す。
書生和弥「僕は天文家なんで、当然、GJなど出来っこないね」
今度は書生があくびをしながら答えた。
小間使い葵子「わたくしにもGJは無理でございます」
土方中尉「同じく、余もGJを行う能力は有しておらぬ」
能力者宣言をしている三名は、あっさりとGJを否定した。
小説家望月「わたしも、たとえ猟師であったとしても、昨晩はGJをしておりません」
子守り千恵子「GJって、猟師さまが襲ってきた吸血鬼を追い払うことなのね。それじゃあ、あたいもGJはしてないわ」
女将志乃「あたしも、猟師であったとしても、昨晩のGJは成功していません」
行商人猫谷「俺さまも同じだ。俺さまが猟師であるなしにかかわらず、俺さまは昨晩GJをすることはなかった!」
蝋燭職人菊川「自分もGJはしていない――」
女将志乃「ってことは、吸血鬼の昨晩の行動は感染狙いと決まったわ。そして、おそらくその襲撃は功を奏していて、あたしたちのうちで誰か一人が感染吸血鬼になっているわよ。せめて、その犠牲者が天文家と猟師でないことを祈るわ」
小説家望月「もしも、鬼どもが昨晩天文家を感染させていたら、まさに脱帽ですな。それが和弥君なのか葵子さんなのかはともかく……。
でもそれは、まずあり得ないでしょう。なぜなら、昨晩は猟師が間違いなく、和弥君か葵子さんのいずれかを護衛していたはずだからです。ひょっとしたら、初日から銀弾を使用するかもしれません。そんな確率二分の一の危険を冒してまで、初日から天文家の感染に挑むのは、あまりにも無鉄砲過ぎます。
しかし、鬼たちが猟師の感染狙いを行ったのなら、それが成功している可能性はあります。特に、猟師が男性だった場合には、その可能性がより高くなります。考えてみてください。土方中尉の想われ先は女性ですから、吸血鬼は感染狙いなら男性を狙って来るはずです。そして、和弥君と土方中尉を除くと、このわたしと猫谷氏、菊川氏の三名しかおりません。この三名のどなたかが実際に猟師だとすれば、その人物は三分の一の確率で自分が感染していると、覚悟せねばなりませんね」
行商人猫谷「物書きのいっていることはわかるけど、それなら実際に感染させられちまったら、どうなるんだい? あっ、いまの発言は、別に俺さまが猟師だと宣言したわけじゃねえぜ」
小説家望月「そうですね。いまはまだ感染させられたという自覚症状は出ていないことでしょう。しかし、今晩、どなたかを護衛しようとした時に、その護衛に失敗するはずです。そこで感染を自覚することになりますね。もしそうなれば、おそらく護衛先の人物を襲撃して感染させてしまっているはずです。その場合には、翌朝になってから、自らの感染を村人たちに正直に告白しなければなりません」
行商人猫谷「ふむふむ、そこまでは納得だ。しかし、その後はどうなっちまうんだい? ほっとけば、そのまた次の夜になっても、仲間を襲撃しちゃうんだぜ」
小説家望月「おっしゃる通り! だから、猟師が感染を自覚した場合には、そのことを告白した時点で運命が確定します。すなわち、その日のうちに感染猟師は処刑されることになるでしょうな」
行商人猫谷「ええっ、それじゃあ、殺されることがわかっていても、感染を告白しなければならないってことじゃねえか? もし俺さまだったら、考えちゃうな」
小説家望月「村人側の勝利を目指す者なら、必ずや正直に感染を告白することでしょう。それが、天文家と猟師に科された十字架でもあるのです!」
子守り千恵子「能力の高い人って、それだけ責任も大きいのね。あれれ、ニヤニヤ顔のおじちゃん。だいぶ顔が青くなっているけど……」
子守りが猫谷の顔を下から覗き込んだ。
行商人猫谷「うるせえやい! 別に俺さまが猟師だっていってるわけじゃねえぞ。あんまり可哀そうな運命だから、ついほろりと来ちまったって、こういうわけだ。こう見えても俺さまは、案外涙もろい性格なんだよ」
令嬢琴音「まあまあ、物書きさんがおっしゃるんも、ごもっともやわ。ところで、中尉さま? 想われ先の病状報告をいただけないかしら?」と令嬢が将校に横目をやった。
土方中尉「おお、そうであったな。皆の者よ、安心して欲しい。余が慕う女性は、まだ感染されてはおらぬぞ!」
将校は一瞬はっとした素振りを見せたが、すぐに落ち着きはらった。
行商人猫谷「まあ、昨晩の犠牲者は、確実に、野郎に決まりだからな……」
蝋燭職人菊川「すると、鬼どもの当面の狙いは、先ほど望月どのが述べられた、自分を含めた三名の感染狙い、ということなのか? それなら、猟師どのには、是非とも自分たちの護衛をしてもらいたいものだ」
行商人猫谷「あのなあ、世の中、順番ってものがあるんだよ。勝手なやつだな……。天文家と猟師の命を比べりゃ、天文家の方が価値が高いのさ。もっとも、猟師が死にたくなけりゃ、自分を護衛していればいいだけの話だがな」
令嬢琴音「だから、あんたら三人が感染し尽くされるあいだに、天文家が鬼を見つけちゃえばいいんよ。そうすれば、うちらの勝ちや」
行商人猫谷「あいかわらず、お嬢さまはお厳しいですな。俺さまたち三人の命なんぞ、天文家を護るための煮汁の出しにもならねえといわんばかりに……。まっ、それも、もっともか。
んなわけで、いよいよ今朝のメインディッシュといこうぜ――。天文家候補生のお二人さんよ、昨晩の貴重な観測報告をしておくんなまし」
令嬢琴音「さあ、どっちからするん? 小間使い? それとも、和弥さん?」と令嬢がうながした。
書生和弥「それなら、僕から報告いたしましょう。皆さん、ご安心ください。昨晩、僕はこのゲームの勝敗を左右する決定打を目撃しております!」
令嬢琴音「いきなり、盛り上がってきたわねえ。和弥さん、あんたいったいなにを見たん?」
書生和弥「皆さん、どうか驚かないでくださいよ。僕は、昨晩、小間使いの葵子さんを観測いたしました。そして、それはまさに僕の想像通りの凄惨な結末でした。
あのおとなしそうな葵子さんは、恐ろしい吸血鬼に化けて夜空に飛び立っていきましたよ! ふふふっ……」
土方中尉「なんだと? それが本当なら、まさしく決定的ではないか?」
邸内がにわかにざわめきはじめている。さあ、今度は私が発言する番だ。ここで、起死回生の一打を放たないと、和弥のいうなりに流されて、ゲームが終わってしまうかもしれない。
でも、なにを発言すればよいのだろうか?