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前話より、数時間遡ります
何時の間に眠ってしまったのか、目が覚めると悪寒が収まっていた。だが、依然として全身の怠さは続いていた。
違う。
一美は目が覚めたのではなく、携帯の着信音で起こされたのだ。
枕の下にあった携帯を手に取ると、美樹からの電話だった。
「もしもし一美?大丈夫?」
「…うん…駄目、大丈夫じゃない。」かすれて、力無い声で一美は答えた。
「今さァ、マンションの下まで来てるんだけど、一美の部屋の窓が真っ暗なんだけど。旦那居ないの?まだ、帰ってないの?」
ああ…私が休んだ事を誰かに聞いて来てくれたんだ。部屋の窓が、真っ暗?って、…寝てる間に夜になってたんだ。
そんな遣り取りをしているうちに、玄関のインターフォンが鳴った。美樹が来たのは分かっていたのでモニター画面を確認せずにドアを開けた。と言うよりも、フラフラしていて、やっとの思いで玄関にたどり着いたのだった。
ドアに寄りかかるようにドアを明けると、目の前に美樹の顔があるはずだった。しかし、今一美の視線の高さの位置にあるのは、男性の服。
「...あ?はぁ? 」驚く気力もないが、虚ろな視線を上げると
「...なんで?....宮下先生」
そう呟いた途端、膝から崩れるように一美の身体が床に落ち慌てて宮下がそれを支える。
「おい、清水!!」
腕の中に抱えた身体は熱く大量の汗をかいていた。
バイクを適当な場所に停めに行ったきり美樹はまだ来ないので、迷った宮下だったが一美を玄関の床に置くわけにもいかず、仕方なく一美を寝室まで支えて行く事にした。
「おい、清水。寝室に戻るぞ?」と、玄関からの続きのリビングを見渡してテーブル周りの惨状に息をのむ。
一美がベッドに戻した後、リビングで倒れてる椅子を直し大量の手紙やらを束ねてテーブルに置くと、美樹が漸く部屋に入って来た。
「一美どお?」
「凄い汗かいてる」
「じゃ、着替えさせてくるね」と言い残し美樹は寝室に入って行った。
取り残された宮下は水分補給をさせようとして、冷蔵庫を開けて困っていた。病人に飲ませるような飲み物が全くない。飲み物どころか、ほぼ空に近い冷蔵庫だった。悪いと思ったが、試しに野菜室も開けてみたが全くの空だった。
「この家庭はどんな生活してるんだ?」と頭を掻きながら振り返った壁には、一美夫婦の結婚式の写真が飾ってあった。
「お待たせ。身体拭いて着替えさせてきた」美樹が寝室から出て来た。
「俺、良いもの持って来たんだぜ」宮下はカバンから聴診器とペンライトを出した。
「ははは、真面目だね先生」
今度は二人で寝室に入り、一美のパジャマ越しに聴診器を当てて胸の音を聴いた。
「ふふ、私って贅沢ね。優秀な先生と看護婦さんを一人占めしてる」
「バカ。俺、明日外来診療に出る日だから、お前のカルテで薬だして持って来るよ」
「じゃ、私そろそろ帰るね」
「俺は、こいつに何か水分摂らせてから帰るから」と美樹と別れ、財布だけ持ってカバンをリビングに置いたまま宮下は近くのコンビニへ向かった。
宮下がコンビニに買い物に行って20分程経った頃だった。
玄関のドアが開く音がして、誰かが入って来た。
宮下が戻って来たのかと思って、一美は上半身を起こし
「宮下君?」と発した。
それまで、部屋に入って来た人物はリビングで何かしていたらしい手を止めて、一美のいる部屋のドアを開け
「居たのか」
感情のない低い声だった。
「!!」
リビングの明かりの逆光が眩しく、思わず手で目を隠してしまったが、それは間違いなく
夫だった。ベッドに居る一美を見降ろしているだけで
「居るとは思わなかった。今日は夜勤じゃなかったのか?」
ぶっきら棒に言う。感情が読めない。
「ぁ...。熱をだして」
声が、身体が、軽く震えだす。久しぶりの夫に、怖いと思ってしまった。
怒っている?
重い身体でベッドから出ようとした時だった、低く唸るような声で
「宮下君って誰だ?」
「ぇ?」
「あそこにあるカバンの持ち主か?」
夫は寝室のドアの外に立っていて中には、入って来ようとしない。その足元の奥に宮下のカバンが見えた。
「俺が居ない短い間に、男出来たのか」
「ぇ?違う」
「ふん。そういう事だったのか、気分悪いな」
そう言い捨てて、夫は出て行ってしまった。
何故?私が今夜夜勤だった事を知っていたのだろう。
如何しよう、宮下君の事を凄い誤解をしてるし。
約二カ月ぶりの夫との再会は、夫に誤解を持たせてしまい、また、自分のシフトを何故夫が知っていたのかと言う疑問を生んでしまった。
宮下が一美のカルテで勝手に薬を処方するなんて、本当は出来ません。




