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夫が家出しました  作者: 籠子
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あれ以来、何事もなく日々は過ぎて行った。


何もない。


何も起こらない。

寝て、起きて仕事に行って、帰って簡単な家事をして適当に寝る。


たまに友達と食事して。

他には何も起こらない、変化がない生活。

何もない1人暮らしの日々。


否。

何もない、この生活こそが異常なのだ。


『夫から何らかの行動があるのを、この部屋で待つ』この生活で良いわけない。

夫が居ないことをいいことに、自分のやりたい仕事をして、自分が満足するだけ研修し充実させて。友達と遊んで。


このままでは、夫の居ない生活に慣れてしまう。何とかしなくちゃ、でも、彼が何故出て行ったのか理由が分からないから、どんな方向からどのような言葉を選んで接触したら良いか考えてるだけで、なかなか次の行動に移せない。






「山崎さん。...山崎さん!山崎!! おい、清水!!!」

「....え?  あ。あ?私?」うん?今、私何してたっけ。何か考えて..。

「おい、山崎さん。お前、今日のリーダーだろ?この患者さんの退院オーダー出したから。聞いてたか?」隣で、宮下がカルテを私に突き出していた。

「ボーっとしてたぞ。具合悪いか?」

私は手を伸ばしてカルテを受け取りながら、顔を横に振って「ごめん、大丈夫だから」と小声で答えた。


集中。集中。今は仕事中。と、自分に言い聞かせる。


その日の勤務終了後、休憩室でコーヒーを飲んでから帰ろうとしていると、

「お疲れ様。何だか本当に疲れてない?大丈夫?」小野寺 琴世が話しかけて来た。

「そう?」何となく、目を合わさない様にして答えた。恐らく、今日の宮下に注意された私を言っているのだろう。

「家庭と仕事の両立って、大変?」何時になく真剣な目で訊かれた。

「ええ?ウチは家庭って言っても、子供が居る訳じゃないし、二人とも家で一緒に夕食を食べるのなんて、一週間に1回か2回だし。あまり、主婦っぽいことしてないよ」と、笑って答えたが、その生活が夫と私の望んだ結婚生活だったのか?もしかしたら、夫が出て行った原因はこれなのかしらと考えてしまった、

「ふ~ん。お互い、忙しいのね。ねえ、一美が夜勤してると、ご主人淋しがったりしてない?夜勤の日はご主人の様子が心配になったりしないの?」

「彼は、私が夜勤で居ない夜は自分の好きな事してるわよ。誰にも邪魔されないからね。もしかして、それって、浮気とかを言ってる?」

「そう言う意味じゃないけど。ごめん、気にしないで。私はそれを言える立場じゃないか。ふふ」

笑いながら誤魔化して、先に帰るねと琴世先輩は更衣室に向かって行ってしまった。


その後ろ姿を見送りながら、先ほどの琴世の寂しそうな笑顔が気になり、琴世が2年前に勤務移動で今の病棟に移って来た経緯を思い出した。


琴世は2年前、当時同じ病棟の医師と不倫関係にあった。

その頃既に、先生と奥さんの夫婦関係は破綻していて、奥さんは子供を連れて別居して1年近く経っていたらしい。琴世とは、別居後に付き合いだしたと聞いているが、真実は分からない。別居して2年以上経っても、奥さんは離婚に応じてくれず、「貴女の存在が原因で夫と別居することになったのよ!!」と責められ修羅場だったとの噂を聞いた。

先生は別居の原因は琴世ではなく、夫婦の問題であり、些細なことの積み重ねと自分の多忙による擦違いだと説明したが、奥さんは納得しなかったそうだ。

当時、先生と琴世の関係は院内で噂になり、噂の内容は段々と根も葉もない事実とは違うものになり、琴世が辛い立場に追い込まれていった。

事は看護師長まで届き、二人は収集を図るために別れることを選び、先生は違う病院へ移り琴世は違う病棟へ配置換えになった。

その後、先生と奥様の別居が解消されたかは不明。医者と看護師の他にも、院内の職員同士の恋愛なんてよくあるので、琴世と先生の関係も『過去にあった院内恋愛の噂の一つ』になり、もう誰も話さなくなっていたが、私達飲み仲間の間では一応気を使っていた。


琴世からは、現在彼氏がいる話は聞かない。『終わった重い過去』が重すぎだったのだろか。

早く、素敵な彼を見つけて新しい恋愛をしてもらいたいと思う。



新しい恋愛か...

新しい出発。新しい人生。再出発、新しいやり直し(?)

ううう...どれを考えても自分に降りかかってしまう。


他人に話せない悩みや過去を持っているのは、私だけじゃないんだ。

皆、少なからず癒えない傷を抱えて生きているのだろう。

苦しいのは、私だけじゃないんだ。


帰りの地下鉄の中で、前に座る会社帰りの女性や、素敵な雰囲気で連れ添っている中年の男女を眺めなていた。

この人達も、幸せだけで順調にここまで生きて来たのではない。

皆何かを乗り越えて生きてるんだ、私だけが躓いてるのではない。

私は夫と強い絆で結ばれるために、苦難を乗り越えている最中なんだ。

そう、自分の気持ちに刻んで、苦難の現場である、暗い部屋に向かうべく改札を出た。


改札を出た所で、誰かに後ろから肩を叩かれた。


「...っ?」

足が止まり、息が出来なくなり、私の全身の全ての動きが止まった(様な気がした)

私の全身を懐かしい風が一気に竜巻のように通り抜け、その一瞬、一気に幸せだった過去に引き戻された。

私達は結婚当時、この駅のこの場所でお互いに仕事帰りに一緒になることがあった。そんな時、何時も夫は後ろから私に追いついてきて肩に手を載せて、顔を私の耳元に近付けて「ただいま、一美」と囁いてくれた。


夫が後ろに立って居る。


そうかと思ったが、肩に乗った手の感触が違う。何かが違う。


ドキドキしながら、恐る恐る、ゆっくりと動かなくなった身体で振り返ると。


「よお!」

と、軽い笑顔の宮下雅弘がいた。


「.....なっ。なぁんだ、宮下先生か」一気に前身の硬直が取れ呼吸が再開された。

驚きと全身機能の再開で肩で呼吸をしている私に

「清水!どんだけ驚いてるんだよ」

「あ。ははは。気にしないで。それよか、なんでここに居るの?」

「ん?俺の家、この駅の近くだから。他に理由はない!すると、清水もこの近くか?」


まだドキドキしてるし。

あああ、夫であって欲しかったのにィ。コイツか。

一瞬、もの凄―く期待したのにィ。宮下、お前か?!


暗い部屋に帰るために入れていた気合が、頭のてっぺんから抜けて行ってしまった。





あれ?在り来たりの展開になってしまってきた。


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