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19時30分
約束の店は病院の近くのお好み焼き屋で、既に四人の看護師友達が待っていた。
日勤が終わった後輩の香と、一期先輩の小野寺 琴世。同期で、今朝深夜勤務が明けた出水朋子と、先月、救急部に勤務移動になった斎藤美樹。
一美は友達が少ない方ではない。ただ、看護学校時代の友達は殆どが付属の病院に就職したので、友達も同僚も区別があいまいなのである。付き合いの世界が狭いのだ。地元に帰れば、それなりに、高校時代の友達も居るのだが、土日や休日に仕事があったり、平日に休みが多かったりで平日に仕事をしている友人とは疎遠になっていた。だから、看護師友達ばかりになってしまうのだった。
特に、この四人とは仲が良い。飲みにも行くし旅行も行く。一緒に勤務をしたらチームワークが良く仕事の流れが良い。ただ、会議をすると話が脱線し長くなる。
仲の良さは一美が結婚してからも続いていた。
「どう?救急外来。慣れた?やっぱり、凄いのばかり来るの?」と、出水朋子。
「慣れるわけないじゃない。交通事故で腕がグチャグチャとか、もうヤダ」と、泣顔を作って見せながらも食べ続ける美樹。
「ねえ、救急外来行きって希望だったの?」
「まさか。私は、そういうタイプじゃないの。内科の病棟に居たかったのにぃ。」
「美樹先輩、時々こうして遊んであげるから。頑張って下さいね」
「他のお客さんに聞こえたら不味いから、リアルには言えないけど、救急部で体がグチャグチャになっちゃった患者さん見ても、その後で焼き肉だって行けるしビールも美味しいのよ。どうしたらいい?」
本気で悩んでるのか楽しんでるのか分からない様子の美樹を慰めていると。
「お疲れ様。遅くなっちゃった、かなり待ったか?」と、頭の上から声がかかった。
驚いて振り返ると、医師の町田顕一が宮下を連れて来ていた。
そうなのだ、これが、いつものメンバーなのだ。
歳の近い看護師と医師。仕事帰りや、メンバーの誕生月なんかに食事や飲み会をしているのだ。
この集団はウッカリすると、周りにいるお客さんがどん引きするような汚くグロい会話になってしまう。
酔いがまわると、守秘義務を忘れそうになることも。
「おお?!美樹は急外で大分やられてるなぁ」町田が笑いながらビールを注文する。
「町顕の意地悪!今夜は私を慰める会でしょ?優しくしなさいよ」
初参加の宮下は、そんな二人を見ながら私に話しかけて来た
「外では、何時もこんな感じなの?」
宮下と美樹は初対面だろうから、簡単に美樹の現状について説明をして
「宮下先生は何を飲みます?ビールでいいですか?」
「清水..『宮下先生』って、お前からそう呼ばれると落ち着かないだろ」
「じゃ、昔みたいに『雅』? 『委員長』?」
「それも、どうかと...」
「先生でいいでしょ。私も、清水じゃないし」そう笑いながら答えて、ふと考えてしまった。
清水...か。このまま夫と別居を続けていたら、この先には離婚という選択肢も出て来るのかな...。また、清水に戻る可能性も...。出来れば、今はまだ清水に戻りたくない、彼に帰って来て貰いたいし、離婚なんて考えたくない。
「そこの二人!二人でクラス会してたでしょ、今」と朋子。
「え?クラス会?何だそれ?知り合いなの?詳しく教えろよ、出水」町田が身を乗り出してきた。
「樫尾さんが言ってましたよ、この二人は小学校の同級生らしいですよ」
「「「えええ!同級生?」」」
そんな、大声で...言わなくてもいいし。
楽しい夜は早く終わる。
ほろ酔い気分で帰宅するが、今夜は何も変わってなかった。
私が出掛けた時と何も変わった様子の無い部屋だった。
電話やメールの返信が無くても、帰って来た形跡が残っているだけでも嬉しかったのに。
こんな状態、何時まで続けるのかな?
後どのくらい待ったら、何か変わるのかな?
眠い...。明日もまた電話とメールをして。
うう、このまま今夜は眠れそう...。そろそろ、彼の夏物のスーツを入れ替えて、新しい服も買って。
眠...今、彼に出来ることは....。
何時、夫が帰って来ても何時もと変わりない生活が出来るように。
今まで、何事も無かった様に彼を受け入れる準備をしようと、考える一美。
今夜の飲み仲間たちは、まだ一美が悩んでいる事に気づいていない。




