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夫が家出しました  作者: 籠子
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一美の仕事してる場面がありますが、あまり深く考えずにスルーっと軽く読んでください。

一美と宮下が使う駅の近くにホテルをとる。


宮下に手を繋がれて部屋に入るが、この部屋にも盗聴器がありそうで落ち着かない。


「どうした?今夜はここで休んで、明日俺も手伝うから盗聴器探そう。」

「明日?…明日ね。」

ここには盗聴器はないと分かってはいても、小声になってしまう一美。


「お前、晩飯食ってないだろ。さっき、テーブルの上にコンビニの袋がそのままだったぞ」

「あ…」

指摘されて初めて、空腹だったのを思い出した。


「俺が勝手に選んでいいなら、コンビニで適当に何か買ってくるぞ。その間に、シャワー使っとけ」

「う…ん」

色々あり過ぎて、心身共に疲れてたので素直に甘えることにする。

しかし、宮下だって今日は激務で疲れていた。昨夜は、昼間に普通に仕事した後、当直をして明けた朝からは外来があり、今日の夕方に仕事から解放されていたのだ。34時間以上勤務している。

それでも特別なことでは無く、月に数回ある勤務体制である。

一美の身に起きた『盗聴器』等と言う、非日常的な出来ごとに比べたら些細なことに思えた。


宮下はコンビニに向かう前に自転車で数分の所にある自分の部屋に寄り、机の引き出しを開けピルケースを持って、再び自転車に乗る。


コンビニでおむすびとビール、そして気持ちが落ち着くかな?と考えて暖かい物としてオデンを買ってホテルに戻る。一美は既にシャワーを終えて、膝を抱えるように身体を小さくして椅子に座っていた。


「おい清水。何か食って飲んで寝た方がいいぞ。」

そう言いながら、コンビニの袋を一美の前のテーブルに置くが、一美の反応が鈍い。


「おい!聴いてるか?」

「あ...ごめん。ありがとう」


一美は、盗聴器の犯人について考えていた。あの部屋に盗聴器を設置した人物は何を聴く目的だったのだろうか。もしかして、あのマンションは賃貸なので以前住んでいた住人の時からだろうか...。


買って来た物を広げ、おむすびを手に持たせても一美は食べる様子が無いので、宮下は冷えたビールの缶を一美の頬に押し当てる

「いっ!」

大きく開いた目で見上げてくる

「おい!食え」

真剣な表情で言われ、一美はモソモソと食べ始めた。


「清水、ビール飲んだら眠れそうか?」

「分かんない。飲んで寝てみるよ」

「じゃあ、これ飲むか?」

宮下は先程のピルケースから、軽い睡眠導入剤を一錠取り出した。それは、一般的に使われる薬で、一美も日常の仕事で良く使っていたので、その効果の程は熟知している。

「何これ?」

「見ての通り、名医宮下が処方する『良く効く薬』だ」

「主治医としては、ビールより薬を薦めるのね」

やっと一美が笑った。


今夜は薬で眠る方を選んで、それを一錠飲み込んだ。

 ――― 今夜は考えても仕方ない。大人しく寝よう、明日明るくなったら少しは気分も軽くなるだろうし、盗聴器を探して外そう。



ベッドに横になるが気が高ぶっているのか、薬が効いてこないのか、なかなか眠くならなかった。

眠らなくては明日の仕事に差し支える、寝不足が原因でミスなって起こす訳にはいかないので、必死になって寝る努力をする。でも、どんなに頑張っても眠れない時は眠れない。

結局、一睡もできずに窓の外が明るくなって来た。


朝、親切にも宮下から電話が来る

「昨日、遅い時間に薬飲ませたから起きられないんじゃないかと思って、起こしてやったんだ」

「うん...ありがと。でも、眠れなかったから。もう行くね、じゃ病院で」

礼を言って電話を切る。


寝不足と盗聴器問題を抱えてる割には、身体は軽く仕事が順調に進んでいったが、昼休み時にそれは起こった。


一美が勤務する病棟の昼休みは交代で休む。当然、人手が少なくなるが、その時間帯はリハビリ科や検査科や放射線科なども休み時間なので、其々の科への患者の送迎をしなくてすむので、多少手薄になっても何とか乗り切れるのである。


一美は座って記録を書いていた。普段は『座って書く』なんてない、ナースステーションに置かれたテーブルは高く立ったままで書くのである。昼食を食べた後だったので、書き仕事をしていると自然と瞼が重くなって来る。 昨夜寝ていない所為で、頬杖をついて書いているうちに、うとうとと眠ってしまった。



「山崎さん!!来て!!」


誰かの大きな叫び声で目が覚めた。


ガバッと顔を上げるのと同時に激しく鳴るナースコールの音とバタバタと走る複数の足音が聞こえた。最悪な事に人工呼吸器の異常を知らせる警報音も聞こえる。


事態が飲み込めず身体が直ぐに動かなかったが、救急処置カートを病室に運んでいた香が叫んだ


「12号室の人工呼吸器が外れてたの!顔面蒼白!」


香が言い放った内容が意味するところを、漸く理解して一美は主治医に電話をかけ呼び出しながら病室へ走った。


人口呼吸器は自力で呼吸が出来ない患者に機械で空気を肺に送り込み呼吸を助けるもので、それが外れると言うのは呼吸が出来ない状態になる事である。つまり、『息が出来ない』のだ。

呼吸が出来ないので酸素が不足して、顔や唇や指先が白くなる。非常に生命の危機な状態なのだ。


後、数秒でも遅かったら、亡くなっていた。


幸いにも発見が早かったのと処置が適切だったので、その後は顔色も回復し声を掛けると目を開けて答えてくれた。

逸早く駆けつけたスタッフ等の報告によると、患者が咳をして身体が大きく動いた弾みで人工呼吸の空気を送るチューブの接続部が外れた事故だったらしい。しかし、あってはいけない事故だ。


一美は大きな責任を感じて激しい動悸と全身に脂汗をかいていた。


今回の事故の責任が無い訳ではないが、その時、一瞬でも居眠りをしていた自分を責め大きな恐怖を感じていた。


 ――― きっと、居眠りは昨夜寝てない所為だ。他のスタッフが病室で忙しく仕事をしている時に、自分は座っていただけでなく居眠りまで....。じゃなきゃ、もっと早く警報音に気付けたのに...。


あれほど、起こしてはならないと注意していた事がおきてしまった。今日の事故は一美が今まで経験したこと無い程の衝撃で、自分の体調管理不足と生活の不安定さが人の命を危険にさらしてしまった。


 ――― 怖い。

このまま、私はどうなるんだろ..夫の居所が分からず、お互いの気持ちも掴めず。眠る事も満足に出来づにいるのに、誰かに監視されてる生活...

いっそのこと、全てから逃げたい...



今夜一緒に盗聴器を探す約束で、仕事帰りに一美のマンションの一階ロビーで待ち合わせをしていた。


先に着いた宮下が一階のロビーの椅子に座り、盗聴器について調べた資料に目を通していると正面の自動ドアが開き長身のスーツ姿の男が入って来た。

一美が来たのかと思って顔を上げた宮下は、一瞬だったがその男と目が合うが特に気に留めずに、また資料を読んだ。

男はエレベーターに乗り込み上階へ行ってしまい、その数分後に冴え無い表情で重い足取りの一美が現れた。


「お疲れ。今日大変だったんだろ?」

「....ん...」

一美は大きく溜息をつく。

「早速で悪いけど、盗聴器を調べてみたんだ。怪しい処を自分で探す事も出来そうだぞ」

「怪しい処..?」

「電源を取れる処みたいだ。コンセントの中とか電化製品の中とか...」

「それ、見つかったけど元に戻せなくなりましたって事にならない?大丈夫?宮下君で」

笑いながら宮下を見上げると、真剣な顔をした宮下が

「そいつは、車とかで近くまで来て盗聴器から飛んで来る電波を受信出来る機械を使って盗聴してるんだって。」

「怖...」


「清水..本当は犯人に心当たりあるんだろう?」

一美に向き直り表情を消した宮下が訊いた。


「え?心当たりって..」

一美が言い終わらない時にエレベーターが開きスーツの長身の男性が下りて来た。無意識にその男性を見た一美は、言葉を失い動きが止まる。その様子に宮下もその男性へ視線を動かすと、そのスーツの男は一美と宮下の数メートル横を口角を上げた笑みを作り通り過ぎて行った。


「慶司....」


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