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「なっ...何なの?これ」
無造作に夫が脱ぎ捨てて行った服に手を伸ばすが、微かに指が震えている。
確かに、それは、見覚えのある夫の服で、下着の果てまで一組。
一美は、夫の服を握りしめその場に座り込んでしまった。
「着替えて出かけたの?」
握りしめる手に力が入る、そのまま自分の胸元で抱きしめると、何時しか涙が溢れて来た。
久しぶりの夫の匂い、何時間前に脱ぎ捨てられたか分からないのに、その温もりまで感じる気がする。
この一ヶ月間、会いたくて触れたくて話したくて、何故出て行ったのか理由が分からなくて、もし自分に反省する点があるのなら謝りたいし。貴方が帰って来てくれるのなら、好きな仕事を辞めて、子供をつくって家庭を大切にする妻になりたい。
お願い、帰って来て。
真夜中。
近所の通りを走る車の音や、室内の時計の音も、一美には全く聞こえていない。
暗い夜に取り残されたかの様に、夫の匂いに顔を埋めて泣いた。
夫が家を出て一か月。
初めて泣いた。
声を押し殺して、泣いた。懐かしく恋しい夫の匂いの服を抱きしめて泣いた。
会いたかった.....もう少し、ここで待っててくれたら合えたのに。
でも、私の知らない服が混ざってなくて良かった。まだ、貴方は変わってないのね、私と一緒に選んだ 服を着て、私の知らない人にはなってないのね。
離れている時間が長くなると、段々と自分の知らない人になって行くような気がして怖かったのだ。
その夜は、良く眠れた。
早朝に目が覚めることも無く、ここ最近の寝不足と安心臭(?)の御蔭で昼過ぎまで寝ていた。幸い今日は休み、主婦とはいえ現在は一人暮らしなので好きな時間に起きるのだ。実は夫が居た頃から、夜勤明けの休みには夫は一美を起こさない様に起きて出勤してたので、一美は昼に起きてたのだ。
気持ちよくスッキリと起き上がると、枕の横に昨夜抱きしめて寝た夫のTシャツを見つけ溜息をつく。
我ながら情けない事をした。
軽い昼食を摂りながら夫にメールすることにしたが、やはり携帯を目の前に悩みこんでしまった。
あまり刺激したくないし、でも寂しいって気持ちは伝えたいし、心配してるのは分かってほしいし、出来れば帰って来て欲しいし、あああああ...何て書いたらいいのだろう。別に、喧嘩をして出て行ってしまった訳じゃないから、私が頭を下げて帰って来て下さいってのも変よね?
散々悩んで
『着替えたのね。会いたかったなぁ』
ああ、もう嫌だ。上手いメールが書けない自分も、帰って来ない夫も、誰にも相談できない生活も、現状を変えられない自分も。夫と一緒の生活に戻りたいのか、違う道を選びたいのか決められない自分も、何もかも嫌だ。素直に、気持ちを伝えられない自分も嫌!
またしても夫からの返信はないまま夕方、一美の携帯が鳴った。
慌てて携帯を取ってみると、画面には後輩の香の名前。夫からの電話だと思ってしまったので、一度大きく深呼吸をしてから通話ボタンを押した。
「先輩、起きてました?日勤が終わったら皆でご飯食べに行くんですが、行きます?」
「何食べに行くの?それによって、行くかを決めようかな?」
「病院の近くでしか食べませんよ。待ってますよ、先に店に行ってますからね」
最近まともに食べてないし、この部屋に一人きりで居たくない。でも、待っていたら彼が、また帰ってくるかも。留守にしてたら、会うチャンスが減ってしまうかも。
「先輩、聞いてます? あっ....それとも、主婦は夕飯作って夫の帰りを待たなきゃダメですか?」
「...え?」考え事をしていたので、返事が遅れしまった。
「あまり、家事をやってる感じの主婦じゃないのだから行きましょうよ。」
ちゃんと家事をやってる主婦に見られてなかったんだ、私。




