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夫が家出しました  作者: 籠子
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嫌な汗が出て来る。

宮下とは何も無かったのだ。そう自分に言い聞かせて、今夜は眠りに着こうとしたが眠れなかった。

バイクで遊びに来ていた美樹が客間で寝ていたので、起こさない様にそうっと起きて水を飲んでいた、その時一美の携帯がなった。


夫からだ。


一美は慌てて携帯を持ってベランダに出て、窓をきつく締めた。

向うからかかってきた電話なので、何らかの話があるものと期待が高まる。この機会は貴重だ。言いたい事は言って、訊きたい事は訊き、今までの問題解決を図らなくては..。そして、そして....言わなくちゃ、一言。


『お願い。帰って来て』と。




「もしもし?..慶司?」

「...」

携帯を耳に当てながらベランダの椅子にゆっくりと座った。この椅子は何時もは慶司が使っているが、今日は宮下が座っていた。

一美は少しでも夫を近くに感じたくて、普段自分が座る側ではない方の椅子に座ったのだ。


「今..どこ?」

「....」

はぁ...と電話の向こうから大きな溜息が聞こえる。


「...慶司?」


「....もう..無理だな..俺は」


久しぶりに聴く夫の声は、低く掠れて疲れているのか、あまりにも小さくて聴き取りにくかった。耳に近く聞こえて来る愛しい夫の声は、無情にも期待とはかなり外れた言葉だった。

一美の言いたかった事など話す間もなく、いきなり全てを否定するような言葉を聞かされてしまった。

聞きたかったのは、もっと違った言葉だ。


「..って、ねえ、待って!どう云う事?ねえ!」


一美が止めるのも効かずに電話は切れてしまった。

携帯を膝に下ろして、茫然と夜の空を見上げて、今、夫が言った台詞について考えてみる。


 ――― 無理って?もう、やり直せないってこと?一体、私の何が気に入らなかったの?


折角の電話も話し合いに持ち込む事はできなかった。夫にそれを決意させた理由が分からず、一方的に言いたい事だけで、自分の気持ちを訊いては貰えなかったことに一美は苛立っていた。

最近は家に帰って来た形跡もなく、外でどんな生活をしているのか、ちゃんと食べて寝てるのか色々と心配をしていただけに、もう少し話を続けたかったのだ。

電話の声の感じから、側に誰かいたとは考えにくかった。独りきりで居た。それが唯一、一美を救ってくれていた。


 ――― 元気でなんとかやっているなら、外で何をしていたって構わない。帰って来てくれたら、私は仕事を辞めてもいい。辞めなくても、夜勤のない病院に変わってもいい。毎日、慶司と顔をあわせられるような生活をしよう。子供、子供を持つのもいい。とにかく、慶司に寂しい思いをさせないように。もっと、二人の会話の時間を持てるような生活を作るから。


一度、帰って来て。話そうよ。


座っていた夫の椅子の背を少し倒して、一美は全身を預けて両手で自分の肩を抱き大きく息を吸う。夫に抱きしめられた記憶を思い出すかの様に...。



****

その後の日勤で宮下と顔を合わせても互いを意識することも無く、心配していた気まずさも無かった。一美は何だかそれも寂しい気もしたが、夫の帰りを願っている身だった事を思い出し、宮下の気使いに従う事にした。


琴世と同じチームで仕事をしてても、本人から妊娠の報告がある訳でなく、一美から訊く訳にもいかず。ただ、身体に障らないようにと、患者を抱えたり車椅子を押したり等を琴世にさせないように一美が積極的に動いている。何れ、時期が来たら本人から話してくれると待つ事にした。


今日も忙しかった一日が終わった。

入院患者の急な容態悪化こそ無かったが、救急車で搬入されての予定外の入院が入院が二件あり、昼休みは食事を食べるだけで精一杯だった。疲れて浮腫んだ足に靴が窮屈で、早く楽にしてくれと訴える。

一美は独りで何時ものようにコンビニで、簡単な夕食にサラダとビールを買ってマンションに帰って来た。


エレベーターに乗る前の習慣でポストを開けると、数枚の封書の上に封を閉めていない白い封筒を見つける。封を閉めていないという事は、郵便で届いたのではなく、誰かが直接ここに入れたとこになる。


 ――― 何これ?


謎の封筒を良く確認もしないで、手にした謎の封筒を他ものと一緒に適当に持って、疲れた身体で部屋のカギを開けリビングの電気を付けた。


リビングのソファに横になり

「あああ..疲れた...」


琴世の身体を気遣う為に、体重の重い患者の身体の向きを変えたり、立ち上がる力のない患者をベッドから車椅子へ抱きかかえて移す動作が普段よりも多かったので、今日は腰が痛い。早いとこお風呂に入って全身の筋肉を解したいが、先ずは謎の封を閉じていない封筒に手を伸ばした。


中にはB5サイズの白い紙が一枚。

一美は紙に書いてある内容を読んだ途端、ソファから跳ね起き、何度も確かめるように読み直した。


 ――― ひっ...!!


恐怖を感じた。何時の間にか身体がカタカタと震えて来る。怖さのあまり、呼吸をする他は身体が動かなくなっていた。

その紙には、こう書かれていた。


『あなたの家は盗聴されています』



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