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「新婚じゃあるまいし。一人で留守番してるからって、心配なんてないない。」
一緒引きつった表情を、何とか笑って誤魔化した。
「それよりも琴世さん、どうなるの?これから。」
一美は話題を自分から反らした。
「また、当分の間噂になるのは必須だね。どんどんお腹が大きくなるから、その間は辛いよね」
美樹が琴世の心配をしている発言をする。
一美にも琴世を心配する気持がない訳ではないが、どうにも関心は違った方に向いてしまう。
「相手の先生の奥様って、どんな人か知ってる?琴世さんの妊娠を知って動揺してるよね」
「は?」
思っても居なかった方からの意見に美樹は
「先生の奥さんか…どんな人かは知らないけど、琴世さんと付き合う前から別居してたのよね。」
「…」
琴世の心配をするのが友達として普通の反応だと思いながらも、一美は『妻』としての立場で複雑な気持になっていた。
例え、別居してからの付き合いであって、別居の直接の原因ではないにしても、妊娠したとあっては気持ちは複雑である。
視線を落として考え事をしている一美を、美樹は何も言わずに静かに待った。
「…一美?」
「…え?…」
「奥さんが気になる?…私達の中で結婚してるの一美だけだから…」
「…ん…」
歯切れの悪い様子の一美に、美樹ははっきりとした口調で
「先生と奥さんの夫婦問題 は琴世さんに関係ないし、今となっては琴世さんには嫌がらせだよ?」
――― 嫌がらせって?
「嫌がらせって、どっちが?琴世さんが居なかったら、先生夫婦は何時か元に戻ってたかもしれないじゃない?子供だっているんでしょ?」
「何を言ってるの?あの夫婦は別居した時点で終わってたの!」
美樹は呆れた様に言い切った。
――― 別居した時点で終わってた...?
美樹の言葉は、思ったより深く突き刺さった。一美は、離れて暮らす時間が長くなり、夫の気持ちが分からなくなって来ていた。気持ちだけで無く、着替の服の殆どを残して出て行ったので、今どんな姿をしてるのか?休みには何を考えてるのか?等、今現在の夫が全くわからなくなっていた。
そして、自分自身も夫の居ない生活に慣れ、『独り』の生活が『普通のこと』になった日々を送っていた。
そう、一美達も別居が始まった時点でお互いが解らなくなっていた。
これを『終わってる』と人は言うのだろうか?
一美にとっては『終わって』はいない。今は、先の為に二人で話し合いの準備をしてる期間だと思っていた。
「ねえ..一美。この場合、離婚をしたら『妻の座を他人に譲る』ってことになるのよね。もう、互いに愛はないのに...、でも...それでも、他人には渡したくない...慰謝料や養育費なんてモノには代えがたい感じなの?」
「...分かんない。他所の家庭の事なんて、自分のことで精一杯だから、私」
「自分の事で精一杯?一美..何かあった?」
ハッとして美樹を見ると、しっかりと一美を見ていた。そして、言い聞かせるように
「最近..体調悪くない?...元気無い気がして..痩せたでしょ?」
「そ..?そう..かな?」
「眠れてる?」
心配そうに覗き込む美樹の表情の方が辛そうだ。
「他の皆と違って、私とは滅多に会う機会がないじゃない?だから、痩せた感じが良く分かるのよ」
「....」
「私が気が付かないとでも、思った?」
「....」
「最近さぁ、イライラしてない?」
美樹の顔は真剣で本気で心配してるのが伝わって来る。
――― え?イライラって、私...?あ...この前、琴世さん達の前で....?
まるで、心の中を見てる様な美樹の視線と発言に一美は動揺していた。
――― 私ったら、他人から見ても可笑しな行動してるの?
夫が居なくなってから外では務めて冷静に振舞っている様にしていた。友達とも今までと変わりなく話をし、合う回数も減らしたり増やしたりもしてなかったし、仕事もミスや医療事故を引き起こしそうな事もしていなかった。だから、傍から見て自分が精神的に苦しんでいるとは分からないと考えていた。
「一美...」
「....ごめん。あの..話せる時が来たら..ちゃんと話すから」
「じゃあ、それまで待ってても大丈夫?限界まで我慢しないでね。あ..私じゃなくて、他に話せる人がいたら、例えば..宮下先生とか」
宮下の名が出た時、全身が硬直するほどドキリとした。何故ここで宮下の名前が出て来るのか?と動揺し、部屋の中に宮下が今日ここに居た形跡が残って無いか確かめるように視線を動かした。
数時間前までここで宮下と一緒にいた事に、後悔はしていない。でも、誰にも知られない様にしなくてはいけないのに。
特に夫には。
なのに何故、美樹から宮下の名を出されるのか?それも今日。
「...何で?宮..下くんなの?」
動揺している事を悟られない様に、大きく息を吸ってから精一杯答えた。




