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二人きりで話し合いたかったのに、こんな事になるなんて!
話し合えば何とかなるって、解り合えるって信じてたのに。
――― どうして、こうなっちゃったんだろ....。
一美はベランダに出て外を眺め気持ちのいい風に吹かれながら、ビールを飲んでいた。
あんな電話の後は眠れるはずもなく、ベッドに居ても仕方ないので缶ビールを持って出て来たのだ。
このベランダに置かれた木製のテーブルと椅子は夫と二人で選んだ物だった、観葉植物は結婚祝いに貰った物で彼が葉に着いた埃を一枚ずつ丁寧に拭いて世話をやいていた。夏には二人で枝豆でビールを飲み、見えそうで見えない花火大会に笑って、蚊に刺されると笑って逃げて、洗濯物を干していたら窓にカギを掛けて私を閉じ込める悪戯をして....他にも..沢山あるのに..ここで二人で過ごした楽しい記憶が....。どうして、こうなったの?どうして、今は私一人でビールを飲んでるの?
大きな溜息をついてベランダの策に待たれながら下を眺めると、自分達の駐車スペースに車が止まって居るのが見えて思わず隠れたしまった。
――― !?車?誰の?うちの車?
もう一度、そうっと顔を出して今度はしっかりと確認すると、間違いなく夫の車で、目を凝らすと薄暗い運転席に誰か乗っていた。
――― もしかして、さっきの電話はあそこから掛けてた?
暫く観察していたが、車は動く様子がない。
――― あそこで何してるのかしら..明日仕事じゃないの?
二本目の缶ビールを空けた一美には、夫に対するイライラと寂しさと電話を一方的に切られた怒りと、少しの酔いがまわっていた。
――― 電話..ふん..掛けてみるかな
携帯の明かりが外から見えない様に注意しながら、夫へ電話を入れてみると案の定、運転席でスマホの大きな画面による明かりが点いた。
――― やっぱり!慶司だ。そこに居る事はバレてるのよ。
しかし、無情にも通話は拒否され、直後に車は駐車場から出て行ってしまった。
――― アレ?逃げやがった!小心者?...あそこで何してたのかしら...フン!慶司撃退!
車が出て行ったのを確認してから立ちあがり、勝利気分の一美は満足して眠ることにした。勝利..?と言えるのか解らないが、車を見降ろす高い位置に居たことと、車が駐車場を出て行ったのを『私の電話にビビって逃走を図った』と認識したホロ酔いの一美には勝利だった。
慶司がベランダに一美が居るのを見たかは定かではない、また、夜中にあそこで何をしていたのか何時から居たのかも。
翌日は寝不足で頭が痛かった。
慶司に疑われた為、宮下との今までを振り返って考えてみると、同じ駅を利用しているから飲み会の後などには一緒に帰る事はあっただが、それだけだ。疑われても仕方ないと言えば、熱を出した夜に一人暮らし(?)の女の部屋に来た位で、それも二回だけだ。
―――それだけで、私が不倫してるみたいな疑いを掛けてしまうなんて...でも、たった数回だけなのに、それを偶然見かけたの?......まさか、監視?見張ってたの?....まさか..頭痛いし、疲れるだけだ考えるの止めよ
昼休み、朋子に人気のない渡り廊下へ連れて来られた。5階の本館と別館を結ぶ渡り廊下は別館の講堂横にある為、講堂を会議や研修で使用する場合以外は人は通らない、しかし上部半分がガラス張りになって外部からは丸見えだった。
朋子は真顔で
「妙な噂が流れる前に、あんたにだけ話しておくね。」
「なに?難しい話し?」
「そうじゃないけど...美樹とあんたには私から先に伝えておきたくて」
「美樹は知ってるの?」
「まだ。 」
「何?話って」
朋子は辺りを見渡し誰もいない事を確認すると、更に小声になり
「ホントは外で話したいんだけど、時間取れなくてごめん。あの....ま、まだ先なんだけど、町顕が病院辞めるの」
「!!辞める?辞めんの?!何処行くの?ってか、どうして朋子がごめんなの?」
思わず声と表情が大げさになったが、朋子に慌てて止められた。
「!!静かにしてよ。問題は、そこじゃないの。」
大きく息を吐いて朋子は続けた
「町顕は...開業するの、具体的な事はこれからなんだけど...私..付いて行くことにしたの」
「!!!!!はぁ?誘われたの?!」
一美は目と口を大きく開けて塞がらなくなった。
「どうして朋子だけが誘われたの?他にも付いてく看護師いるの?私には声掛からなかったの?」
朋子は口に人差し指を当てて『静かに』を強調して、更に小さな声で
「違うの。私達....多分?...結婚?」
「結婚?!!」
朋子の話によると、結婚を考えてるが、ここは二人が同じ院内で仕事を続けられる雰囲気の病院では無い。だったら、どちらかが他所に移るしかない、しかし朋子がここに残った場合居心地が悪いだろうと町顕が心配してくれて、この際だから思い切って開業しよう!と決めたらしい。
「思い切ったわね...」
「それで私が先に退職した方が、噂になりにくいと思って...。時期は決めてないけどね、でも近いうちに辞める。でも、どこかから変な形になって噂が流れる前に話そうと思って。」
「もっと詳しく聴きたいけど昼休み終わるから、今日か明日、大丈夫?仕事の後」
「今日はごめん、明日なら。病院の近くのお店は駄目よ!誰に聞かれるか分からないから。それから、まだ香には言わないで、琴世さんにも」
「琴世さん..?..ああ..わかった明日ね」
朋子は、何れ知れる事だが今はまだ琴世に話すだけ心の整理がついていなかった。同じ病院の医師との恋愛なのに、相手に妻子があった為に結末が自分とは真逆になってしまった琴世。話さないで済ませる訳にはいかない、そして話すのは朋子自身で...あまり時期は遅くならないうちに、と考えてるが溜息しか出なかった。
――翌―明日、美樹と一美に話してから考えよう
日、一美が予約をしたお店は個室になった焼き肉やで、朋子が部屋に案内されると既に一美と琴世と香が居て、美樹がいなかった。
席に着きながら一美に
『なんで!このメンバーなのよ!!!!」と、訴えて睨みつけると、一美は『....ごめんなさい』と小さくなった。
食べ始めて直ぐだった、琴世が朋子にしか聞こえない小さな声で話しかけて来た。
「ねぇ、私、知ってるんだけど」




