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魔剣の品格  作者: 時雨煮
魔剣転生
9/33

八、名字の由来とその他諸々

 能登半島の東側を海岸沿いに北上する電車の中で、我らが伝奇同好会メンバーと空手部期待の新人(自称)、仁谷にたにの五名は、終着駅に着くまでの時間を持て余していた。

 俺と阿倍野あべの先輩は、ドア横の座席で荷物番。隣のボックス席には拝島はいじま会長と仁谷、そしてアキが座っている。

 窓の外、雨雲に覆われた空と灰色の七尾湾を眺めながら、いつの間にか始まっていた会長の話に耳を傾ける。


「──と、まあ、日本海側の海運の要所である能登半島だけれど、古代には蝦夷えみし制圧の拠点でもあった」

「エーコ先輩、しつもーん」


 ボックス席のこちら側に座る馬鹿メガネさんが元気よく右手を挙げる姿が脳裏に浮かぶ。実際もそう違わないはずだ。


「はい、アキ君」

「そのエミシって何ですか」

「東北地方や北海道に住んでいた、大和朝廷に属さない人々の総称だね。朝廷は蝦夷を支配下に置き、大陸北方からやってくる異民族の侵攻を食い止めるために軍隊を派遣、駐留させていた」

「大和朝廷って、聖徳太子とかでしたっけ」

「そうだね。大陸から日本を目指して出発した船の多くは、海流の影響で北の方に流れ着いたらしい。平和的な交流が行われることもあったけれど、日本書紀には戦闘が行われた記録も残されている」

「日本書紀、ですか」


 会長の講釈に相槌を返す仁谷の口調には、戸惑いの色が混じっている。会長の話は本題から外れたところから始まったりするから、その反応には共感できる。


「北方の地に船で侵攻してきた異民族と、越国こしのくにの水軍との戦闘は、とある島で行われた。その際に、大和朝廷側は数十名の敵を捕虜としている」

「あ、えっと。もしかして……その捕虜の一部は、能登島まで連れてこられたかもしれない?」

「その可能性はあるよね。で、その戦闘が行われた島は樺太とも奥尻島とも言われているけど、日本書紀には“弊賂弁ヘロベ”と記されている。捕虜の中には、その名を代々受け継いだ者がいたのではないか、というのが僕の」

「お、おー!」


 会長の話を遮るように大声を上げて席から立ち上がったアキは、その勢いのままこちらに振り向き、興奮した様子で話しかけてきた。


「オリコの名前って、そんな由来だったんだねー」

「ってか落ち着け。何の話だよ」

縁部へりべ君の名字が珍しいよねって話だよ?」


 俺の疑問に、座席の横から顔を出した仁谷が答える。日本史の勉強かと思って適当に聞いていたけど、俺の名字がどうしたって?

 要領を得ないふたりの言葉に首を傾げていると、隣で俯いていた阿倍野先輩が顔を上げた。寝てたわけじゃないらしい。


「君はもしかしたら、北方異民族の末裔かも知れない、という話でしたよ」

「はあ」


 余計分からなくなった。うちはずっと能登島に住んでいた家系のはずだけれど。アキが何か分かったような顔をしているのに、俺だけ話についていけないのは少し悔しい。

 ふと顔を上げて、網棚に乗せられた自分のスポーツバッグを確かめる。クロの奴はちゃんと聞いてただろうか。


    ○


 七尾湾の北側に位置する終着駅に到着した俺たちは、駅まで迎えに来ていた仁谷の祖父に促されるまま、ワゴン車に乗り込んだ。

 途中のスーパーで買い物を済ませた後、車は川沿いの道を走り、山中へと入っていく。助手席に座った拝島会長は、仁谷の祖父と会話をしている。


「お手間を取らせてしまってすみません」

「いやいや、バス待ってたら夕方よさがたになっちまうから。上の方も雨だし、俺も買うもんがあったし」

「ありがとうございます。今晩はお世話になります」

「こちらこそ。孫をよろしく」


 作業着姿でやってきた仁谷の祖父は、俺たちの分の食事を用意するためか、港にも寄っていたらしい。高校生の口に会うかわかんねけどよ、と言っていたけれど、孫娘の友人割引が効いて格安価格で泊めて貰えるということだから、文句を言うつもりはない。


 整備の行き届いていない道に入ったのか、砂利を踏む音と共に少し揺れ始めた車の窓から外を窺う。雨と霧で限られた視界の中を、白いガードレールと新緑の木々が横切っていく。


「この雨だと、聞き込みは大変そうですね」

「聞き込みって、何するんすか」

「事前調査が不調だったもので。山の社の話とか、建設会社に関する噂とかをですね」

「社とか噂とかはよく知らんけど、山向こうの開発は上手くいってないみたいだな」


 隣で地図を見ながらぼやく阿倍野先輩に、運転席から応えがあった。先輩は地図から顔を上げて、身を乗り出した。


「そうなんですか?」

「ああ。十年以上前から工事の車が出たり入ったりしてるけど、建物ひとつ出来やしない。最初はゴルフ場を作るって計画だったか」

「最初は、ということは、今は違うと」


 会長の問いかけに、そうだなあ、と彼は思案する素振りを見せる。


「覚えてる限りだと、ホテルとか老人ホームとか……まあ、とにかく話がころころ変わってるな。今はどうなのかねえ」

「そんな状態で、経営大丈夫なんでしょうか」

「駄目なんじゃないかい。潰れて売られての繰り返しなんだろう。ばあさんが山神の呪いだなんて言うのも分からんでもねえがや」


 そもそも奥能登のこんな山奥だと、観光施設とかは無理そうだけれど。


「でもまあ、お社が崩れちまったかもって話だしな、この先どうなるやら」


    ○


 仁谷の祖父母が住む家は、山間の村落の奥の方、渓谷沿いを切れ切れに続く畑を抜けた先に建っていた。

 天気のせいもあってか道中に人影は無く、村には寂れた雰囲気が漂っている。


 出迎えに出てきた仁谷の祖母と挨拶を交わした後、男女別に用意された部屋に荷物を運び込み、スポーツバッグから黒い木刀を引っ張り出す。


「静かなもんだけど、どうよ」

(今のところ妙な気配は感じぬな。安心するがよい)

「さよかー」


 山の様子を確かめようと部屋の奥の窓から外を見上げてみたものの、霧がかっていて見通しはかなり悪いようだった。


「あー、全然見えないな」

「雨は今夜までの予報ですけど、霧はどうですかね」


 さて、と荷物の間から立ち上がった阿倍野先輩の肩には、小さなショルダーバッグがかけられている。右手には地図、左手には袋から出した雨合羽を持っていて、これから勉強会という格好には見えない。


「どっか出かけるんすか」

「少し下ると集会場があるようなので、そこまで行ってきます。何か資料があれば儲けものということで」

「なら、俺も一緒に」

「いえ。会長や自分はともかく、縁部クンは復習が必要だと思いますよ」


 先輩はそれだけ言い残して、つれなく部屋から出て行ってしまう。


(有意義な夏期休暇を過ごす為なのであろう? あやつの言う通り大人しく勉学に励んだ方が良いのではないか)

「わーってるよ」


 正論ぶってきたクロを放り出し、かわりに学生鞄を持って廊下に出た。平屋だけれど、ふたりで住むにしては部屋が多いのは、昔はもっと大勢が住んでいたということなんだろう。

 玄関のすぐ近くにある居間に入る。部屋の片隅、囲炉裏の近くに置かれた低い机を囲むように座った女性陣は、すでに教科書や参考書を広げていた。


「さて、オリト君はどの教科に取りかかるのかな」

「あーっと」


 机の上の様子から察するに、アキも仁谷も日本史の勉強をするつもりらしい。電車の中の話に触発されたんだろうか。

 しかし、暗記科目にはそんなに困っていないのだ、俺は。

 空いている座布団に座り、鞄から教科書を取り出して会長に見せる。


「数学と物理なんすけど」

「なんだ。それじゃあ、僕の出る幕はなしかい」


 残念そうに身体を引いて姿勢を正す会長の横で、仁谷が軽く手を上げた。


「理系なら得意だから教えたげるよ」

「んじゃ、分からんことあったら仁谷に聞くか」

「どんと来いやァ」


 腰に手を当てて胸を張る仁谷に、なんとなく聞きそびれていた疑問をぶつけてみる。


「ってか、部活休んじゃって良かったのか? 調査なら俺たちだけでも良かったのに」

「テスト前だから部活動は自粛期間だよ。それに山神の話は私も気になるから」

「ならいいけどさ」

「うむむ……」


 およそ得意科目というものと縁が無いアキが、俺と仁谷を交互に見ながら不満げな表情を見せる。


「どうした?」

「なんでもなーい」


 素っ気なく答えたアキは、視線を参考書に戻して難しい顔になった。いかにも勉強してます風の顔だけど、目が泳いでるぞ。

 会長も仁谷もこっちを見てニヤニヤしてるし、一体何なんだ。先輩早く戻ってきてくれないかな。


    ○


 たっぷり二時間ほど経ってから戻ってきた先輩も加わって、雑談を挟みながら外が暗くなるまで勉強会は続けられた。

 その後、仁谷の祖母からの知らせを受けて、片付けられた机の上には晩御飯が並んでいる。


 山菜とさざえの炊き込みご飯に刺身と味噌汁。こ飯と味噌汁はおかわり自由ということで、育ち盛りの高校生たち──特にアキと仁谷──は黙々と料理を口にしていた。


「さて、そろそろアベノ君の話を聞かせて貰おうかな」


 全員の箸の動きが落ち着いてきたところで、会長が口を開いた。阿倍野先輩は脇に置いていた手帳を拾い上げ、調査結果を話し始める。


「集会場で休んでいたご老体から、社について少しだけ聞けました。元々村の近くにあった神社の本殿だったようです」

「記録を調べた限りでは、この辺りに神社は無かったはずだけれど」

「かなり昔に廃社になったらしくて、その辺りはご老体もよく知らないということでした」


 飯を食いながら話を聞いている俺たちとは対照的に、会長は腕を組んで思案している。よく見ると、あまり箸が進んでいないようにも見えるのだけど、炊き込みご飯が苦手とかだったらどうしようか。


「ふむ……記録に無いほど古いとなると、やはり現地に行ってみないことにはどうにもならないか」

「他に聞けたのは、昔は“鬼門きもんさま”って呼んでいたというくらいですかね」

「奥能登で鬼門、ねえ……」


 考え込んでしまった会長からそれ以上の反応が無いことを確かめて、先輩は話を再開した。


「あとは山向こうの開発についてですが、集会場に工事の通知が何枚か残っていました。建設会社も工事を請け負った会社も、何度か替わっているようですね」

「やっぱり呪いとかなの?」


 興味深そうなアキの発言を、先輩は首を振って否定する。


「単純に不景気なんじゃないですかね。寝かせておくにも、開発するにも中途半端な土地なんでしょう」

「お婆ちゃんも、本当に人が減っちゃったよって、言ってたな」


 箸を置いた仁谷が、ぽつりと呟く。


「あー。ほら、なんかひとつ、見どころでもあるといいのかもな」


 思わず言ってみたけど、言葉が続かない。町おこしとか村おこしとかって、よく分からないんだよな。


    ○


 その夜。阿倍野先輩による女性陣入浴偵察作戦は失敗に終わった。


「いいんですよ。成功すれば儲けもの、失敗しても一晩の辛抱です」


 やっぱり参加しなくて正解だった。布団で簀巻きにされ、部屋の片隅に転がされた先輩を見てそう思いつつ、俺はようやく空いた風呂に入る準備を始めた。

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