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魔剣の品格  作者: 時雨煮
魔剣転生
5/33

四、一難去って

 逆手に持った黒い木刀を脇に据え、そいつは背筋を伸ばして俺の方を見つめている。その目つきは鋭く、口元は固く結ばれている。

 俺の知ってるアキとは違う姿勢や表情が、中身が違うことを確信させた。


「解せぬ、じゃねえっての。何でお前、アキの体を動かしてんだよ」

「そんなに大声を出さずとも、聞こえておるぞ」


 右手を耳に当て、眉根を寄せる仕草もその言葉も自然で、《黒小人》に取り憑かれたときのような危うさは感じられない。


「小娘なら問題ない。よく眠っておるわ」

「どういうことだよ」


 さっぱり意味が分からない。返答次第では無理矢理引っぺがすぞ。


「右手が動かせるかどうか確かめさせた後でな、『いろいろあって限界だから、後はお願いするね、クロちゃん』と抜かしおって。気付いたらこの有様である。誰がクロちゃんか」

「あーもう、不用心過ぎんだよォ……」

「我に言われてもな」


 困惑の表情を崩さないまま、メガネのフレームにかかった髪を右手で払う。

 《黒小人》に取り憑かれて疲れてたのはわかるし、こいつから悪意を感じないのは同意するけれど、得体の知れない相手に丸投げってのはどうなんだ。


「お前さ、前にも人に取り憑いたことあんの?」

「覚えておらぬ」

「そっか。そうだったな」

「まあ、《魔剣》である我にその必要は無かったであろうな。故に、どうすればよいのかさっぱり分からぬ」


 あぐらをかいて座っている俺に対して、クロはきっちりとした正座で見下ろしてくる。鋭い目つきに、口調も相まってやっぱり偉そうだ。アキの顔してるくせに生意気だな。


「とりあえず、呪いが消えたことだし。もう《黒小人》がアキに寄ってくることも無いか?」

「近くに気配は無い。この建物の中にいる分には安全であろうな」


 なら、とにかく一歩前進だ。片付けられそうなところから手をつけていこう。


「先輩たちに電話するから、ちょっと待ってろよ」

「むむ。それは我のことを聞くと言った相手であるか」


 アドレス帳を検索する俺の手元を、クロは身を乗り出して覗き込んでくる。近いってばよ。


「携帯電話とか、あんまり驚かないのな」

「この小娘が知っておることなら、我にも理解できるようだ。だが、物珍しくはある」


 記憶喪失ってんなら何でも物珍しいだろうさ。

 数回のコールの後、携帯電話から拝島はいじま会長の声が聞こえてくる。


『首尾はどうかな?』

「一進一退ってとこっす。呪いが消えたかわりに、アキが《魔剣》に取り憑かれました」

『ああ、うん。君は相変わらず無茶をするね。まあ、その調子なら無事に戻ってこられそうだが』


 ため息混じりではあるものの、いつも通りの落ち着いた声に、お守りを握り締めていた手が緩む。


「オリトよ。いいから我のことを聞かぬか」

「そんなに慌てんなっての。帰ったらちゃんと調べてやるから」


 右手て自身を指差してアピールするクロをなだめる。教えるかどうかはその時次第だけどな。


『今の声は、アキ君ではないのかな』

「アキですけど、中身がアレっす」

『なるほど』

「アレとはなんだ、アレとは」

「じゃあクロでいいんだな」

「ぐぬ……」


 言葉に詰まって渋い顔をする。早く名前思い出せるといいな?


『《魔剣》の調査にあたって、アベノ君が今のうちにひとつ聞いておきたいらしいが』

「あー、何でしょう?」

『先ほど、《黒小人》に憑依されたアキ君が“ばるはら”と言っていたのは間違いないね?』

「ええ。確かそんな感じでしたけど」

『それなら──』


 会長から聞いた質問の内容を、伝言ゲームの要領でクロに向かって繰り返す。


「お前さ、“オージン”って名前に聞き覚えあるか」

「むむ……」


 《魔剣》は唸りながら首を傾げる。誰なんだ、オージンって。王人おうじんとかか?


「やっぱり覚えてないか」

「いいや、どうもその名は引っかかるな。確か……」


 傾けた首をぐるりと反対側まで巡らせたところで、クロの動きが止まった。その口から、無念そうな呟きが漏れる。


「……いや、確かに覚えがあるのだが、名前以外はさっぱりであるな」

「とか言ってますけど、聞こえました?」


 アキの口元に向けていた携帯電話を戻すと、会長の抑えた笑い声が聞こえてきた。


「会長?」

『……ああ、いや、すまない。なかなか面白いね。会うのが楽しみだ』

「何かわかりそうっすか」

『アベノ君にはヒントになったようだけれど、僕はそっち方面にはあまり詳しくないからねえ。あまり期待しないでおくれよ』

「了解っす」

『さて。呪いは解けたようだし、僕たちはそろそろ撤収しようかと思うのだが』


 そういえば、呪いを祓うための準備がどうとか言っていたような。なんやかんやで必要無くなったけれども。


「あっと。ありがとうございました」

『なんのなんの。ではまた明後日、月曜日に部室で会おう』

「うっす」


 通話の切れた携帯電話をポケットに戻し、何か言いたそうな表情のクロへと目を向ける。


「それで、我はどうすればいいのだ?」

「アキは寝かせといて、木刀に戻ってろよ」


 どうせ月曜日までは進展ないだろうし、大人しくしていて貰いたい。


「しかしな、オリトよ。折角であるから、せめてこの宿の中だけでも見て回りたいのであるが」

「アキは体調不良ってことになってるんだよ。寝てないとマズいだろ」


 それに木刀持って歩きまわるつもりか。そう思いながら反論すると、クロは困ったような表情になった。


「何だよ真面目な顔して」

「先ほどの《黒小人》とは違うようだが、何やら妖しい気配がするのだ」


    ○


 先に妖しい気配とやらの正体を確かめておかないと、安心して夜を迎えられない。

 相変わらず寝ているらしいアキを残して部屋を出るわけにもいかず、仕方なくクロが憑依した状態のまま一緒に旅館の中を見て回ることにする。

 別館を調べている間、あちこちで忙しそうに働いている従業員の姿を見かけた。まだチェックイン前の時間だし、それ自体は普通の光景なんだろうけれど、何かおかしいような。手ぶらで歩き回っているのが何人かいるような気がする。


「何かを探しているようであるな」

「あー、やっぱそうなのかね。よくわからんけど、邪魔しないように気をつけないと」

「ふむ……それはさておき、此方こちら側は違うようであるな」

「となると、本館の地下なんかね」


 別館を移動しながら、気配を強く感じる方角を絞り込んでいく。部屋から持ち出した旅館の案内図を見て、目的地までの経路を確かめる。


「一階の連絡通路で本館に行ってから階段で地下へ、と」

「大浴場とな。過度の水気はなるべく避けたいのであるが」

「木刀は錆びたりしねえから安心しろよ」


 本館に入り、“大浴場”と書かれた木の案内板を頼りに階段を下りていく。

 踊り場を過ぎた辺りで、階下に漂う臭気が鼻を刺激した。硫黄のような臭いだけれど、ここには温泉は無かったはずだ。


「こっちで合ってそうだな」

「オリトよ、この先だ」


 先に階段を下りていたクロの隣に立ち、その右手が指す方向、臭気の源を窺う。

 まっすぐ続く廊下の奥で、宿泊客が立ち入らないようにするための仕切りが倒れている。そして、その上に黒い塊が蠢いているのが見えた。

 丸い胴体に、それを支える何本もの細長いあし。そこだけ蛍光灯の光を拒絶しているような黒い影は、まるで蜘蛛のようだ。けれど、廊下を塞ぐ程の大きさは現実には有り得ない。


「上で俺たちが騒いだから出てきたのかな」

「やもしれぬが、考えている時間は無いようだぞ」


 俺たちに気付いたのか、大蜘蛛はその胴体を持ち上げ、仕切りの上からこちらへと足を動かし始めた。

 《黒小人》のような禍々しさはないものの、強い敵意が俺たちに向けられているのを感じる。

 もう少し余裕があれば、俺がクロを使って戦うんだが。


「クロ、このままいけるか?」

「当然である。《魔剣》たるもの、あの程度の化生けしょうなど造作も無いわ」


 歩みを進めるクロの後を追う。大蜘蛛は動きを速め、廊下の奥から迫ってくる。

 大蜘蛛の迫力に身構えた俺の前で、クロは笑う。


「考え無しの突撃か。容易い相手だ」


 クロはそれだけ言うと、木刀を上段に構えた。数瞬の後、眼前に迫ってきた蜘蛛に対して勢いよく木刀が叩きつけられる。

 しかし、木刀が蜘蛛へと当たる直前、それは天井近くまで飛び上がった。


「うわッ」


 そのまま俺の頭上へと降ってくる大蜘蛛を避けようとしたものの、右足は思うように動かず尻もちをついてしまう。何故かと足元を見れば、白く細い糸が何本も絡みついていた。

 ヤバいと思う暇も無く、大蜘蛛が上から圧し掛かってきた。実体を持たないはずなのに、身体を動かすことができない。こいつは、結構な大物なんじゃないのか。

 音を立てながら近づいてくる蜘蛛の顎を防ごうと右手を前に出したとき、握っていたお守りが音を立てて輝いた。光は一瞬で消えたものの、ひるんだ大蜘蛛は顎を引き、こちらの様子を窺っている。顔を横に向けると、こちらに向き直ったクロの足元だけが視界に入ってきた。


「クロ、早く」

「わかって、おる!」


 次の瞬間、激しい音と共に、頭上の蛍光灯が明滅した。思わず両手で頭を庇ったものの、蛍光灯が割れた様子は無い。

 恐る恐る手を退けると、大蜘蛛の動きは止まっていた。その輪郭は薄れ、木刀を突き出したクロの姿が見えてくる。

 大蜘蛛だった黒い塊は、木刀に同化するように吸い込まれ、溶け込んでいく。


「おいおいおい、それはアリなのかよ」

「行き場を失った力が、落ち着く先を求めておるのであろう。此奴こやつは確かに斬り伏せた。問題あるまいて」


 確かに、廊下に漂う暗い雰囲気も、鼻をつく臭気もすっかり消えている。

 他に異常は無いだろうかと廊下の奥に目を向けると、仕切りの下に和服の女性が倒れているのが見えた。

 急いで近付いて、仕切り板に手をかける。思っていたより軽かったことに安堵しつつ板を壁に立てかけ、女性が息をしていることを確かめる。


「こういうときは……無理に動かさない方がいいか」

「であるか」

「であるんじゃね?」


 急いで上に戻り、女将を探し回っていたらしい従業員のひとりに声をかけて、居場所を伝える。後はひとまず、任せておいて大丈夫だろう。

 部屋で俺たちが騒いでいても誰も来なかったのは、彼女を探していたからだったのか。


 歩き回って疲れたのか、売店の近くに置かれた椅子に座りこんだクロが、こちらを見上げて愚痴を言う。


「しかしどうにも、人の身体というのは難しいな。思うように動かぬわ」

「そうなのか? 普通に喋ったり動いたりしてると思うけどな」

「こうして語るのは兎も角、所作の具合がな。この小娘、余り鍛えておらぬのではないか」


 そう言うと、クロは右手を振った。

 まあ、普段猫背だし、近眼だし、運動神経良い方とは言えないし。なんか長所あっただろうか。


「アキはインドア派だからな。無茶させるなよ」

「まあ、よいわ。一応、もう少し見て回るとしようぞ」


 クロはそう言うと、立ち上がって売店へと入って行く。


「おい、何を見て回るつもりだよ」

「良いではないか。主の懸念であったものは解消したのだ。少しは好きにさせよ」

「あーもう。ちょっとだけだぞ」


    ○


 飽きることなく土産物を物色するアキ、もといクロは、ときおり値札を眺めては「このような玩具風情が我より高い……だと……」などと呟いている。まだ九百八十円を引きずってるのか。


「おい、縁部へりべ


 いきなり掛けられた声に振り返ると、白衣を着た大男──保国ほくに先生が腕を組んで立っていた。どうやら、バスも宿に到着したらしい。

 というか、もうそんな時間なのか。しまった。


「お前なあ。宿に着いたら連絡くらいしろ」

「あ、すんません」


 そういえばすっかり忘れていた。保国先生は額を押さえて溜息をつくと、気を取り直してクロの方を見た。


兼塚かねづかはもう動いても大丈夫なのか。見たところ問題無さそうだが」

「ええ、まあ」


 正直に話しても冗談と思われるだけなので、適当に答えておく。


「この後の予定は他の連中と一緒でいいな? と言っても飯食って風呂入って寝るだけだが」

「了解っす」

「というか、兼塚は何で木刀持ってるんだ」

「あー。護身用っつーか、杖代わりっつーか。ほら、気分悪くなったときの支えとかで」

「ふーむ?」


 鹿の形をした知恵の輪のサンプルを片手で振り回すアキを見ながら、保国先生は納得いかない、といった声を出した。


「まあいい。で、タクシーの領収書は貰っただろうな」

「はい。鞄の中に」

「じゃあ、後で取りに行く。お釣りもな」


 さすがに忘れてなかったか。


「後でって、今渡すんじゃマズいんすか」

「旅館の女将が倒れたらしくてな。大事は無いが、出迎えはちょっと無理だって話を聞いちまったから、先に様子を見に行かにゃならん」

「あー、なるほど」

「っつーわけだから、お前らは荷物持って大部屋に戻ってろ」


 そう言い残して、保国先生はロビーへと戻って行った。俺たちも移動しないとまた怒られるな。


「おーい、クロ。そろそろ行くぞ」

「……む。時間切れか」


 俺の呼びかけに気付いた《魔剣》は、名残惜しそうにしながらも知恵の輪を置き、急いで俺の横に並ぶ。


「片手じゃ知恵の輪は無理だろ」

「であるか。道理で難解であると思ったわ」


 どうやら本気でやっていたらしい。

 長い廊下を通って、学校が借り切っている別館へと移動しながら、小声で本題に入る。


「で、どうだよ」

「他に妙な気配は感じぬな。どうやら、あれだけだったようだ」

「そか。なら安心して寝られるな」

「であるからして、ほれ」


 クロが左手の木刀を差し出してくる。眉根を寄せたその表情は、俺が怒鳴ったときに見せたのと同じだった。


「小娘が目を覚ました。我はもう休むぞ」

「部屋までくらい我慢しろよ」

「しかしな。こやつ、クロちゃんクロちゃんと騒がしいのである」

「ん? アキの奴、取り憑かれてるのに意識あるのかよ」

「いいから、早く受け取るのだ」


 木刀を押しつけられ、思わず受け取ってしまう。手を離したクロ、もといアキは小さく呻くと、右手の甲を額に当てた。


「──うぇ。いきなりはちっと気持ち悪いよ、クロちゃん。なんか手も痛いし……」

「だそうだぞ、クロちゃん?」

(最早いちいち否定する気にもならぬが、その名はどうにかならぬものか──!)

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