零、七尾駅前 ショッピングモールにて
八月初頭の炎天下、停留所でバスを何十分も待っていられない、というのは拝島霙子の切実な願いだった。果たしてその願望は叶えられ、三人の女子高生は駅前の商業施設の中にあるドーナツ店で寛いでいる。
小声でぶつぶつと滅びの言葉を呟いていた三年女子が、冷たい紅茶を口にして落ち着きを取り戻していく。頃合いを見計らって、一年女子の片割れである仁谷更紗は停留所での会話を再開する。
「それで拝島先輩。伝奇同好会の合宿って、何をやるんですか」
「ああ、うん、そうだねえ……とりあえずは、水着持参で海かな」
おおー、と腰を浮かせたのは、もうひとりの一年生、兼塚亜輝だった。海と聞いて俄然勢いづいたものの、うまい話はそうそうないのだ、と自身に言い聞かせ、気を落ち着かせて姿勢を戻す。
「えーと、日本海ですか? それとも太平洋?」
「太平洋だねえ。三重だから」
「よしっ!」
小さなガッツポーズに揺れるポニーテール。それを横目に、仁谷更紗はドーナツを手に取りつつ、話の続きを催促する。
「ただ泳ぎに行くとかじゃないですよね。何か曰くつきの場所があるとか?」
「まあね。ウチの男衆が何だかやる気になっているし、彼らには少しばかり職業体験してもらおうと思ってね」
進路としてはお勧めしない仕事なんだけれどねえ、と続いた言葉に、兼塚亜輝は表情を曇らせる。小さく唸りながらライオンの鬣を八分の一ずつ食い千切り始めた彼女に対して、拝島霙子は困ったように弁明する。
「そんなに心配しなくても、今回はオリト君に危ない事をさせるつもりは無いよ。『封印』の年次更新に付き合って貰うだけだから」
「……今回は、ですよね」
七月の騒動を思い出して、テンションはさらに低下する。伝奇同好会の会長は、さらに言葉を続けていく。
「彼が『魔剣』を所持している限り、平穏な生活は望むべくもないだろう。だとしたら、最低限の身の処し方、立ち回り方を教示するのが先達の務めだからね」
幼馴染の同級生は高校を卒業するまでに準備を終えて、能登を離れていってしまうだろう、という予感が兼塚亜輝にはある。それに対する自身の釣り合わなさに、焦りを意識し始めたのは何時頃からだっただろうか。
「移動や宿については心配無用だ。細かいスケジュールはこれから詰めることになるけれど」
「部外者ですけど、ホントに私も行っていいんですか」
「もちろん構わないさ。先日のお詫びも兼ねてだからね……と、そろそろ時間かな」
仁谷更紗の問いかけに頷いてから、拝島霙子は壁の時計を見上げて、冷えたコップから名残惜しそうに手を離した。
席から立ち上がり、片付け始めた彼女に合わせて、一年生ふたりも手を動かしてトレイを運んでいく。
「エーコ先輩」
「何だい、アキ君」
先輩が立ち止まって振り返る。
三歩遅れて歩いていた私は、俯いていた顔を上げて、ゆっくりと口を開いた。
「私にも、何か役に立てることあったりとか、しますか?」




