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魔剣の品格  作者: 時雨煮
魔剣転生
3/33

弐、言葉にしなけりゃ伝わらない

 灰色の空を見上げて現実逃避を続けるのにも、さすがに限界がある。仕方なく、手元の黒い木刀に視線を戻して問いかけてみる。


「ってことはさ、名前もわかんねえの? まさか、まけん(・・・)って名前じゃないよな」

『無論、銘はあるはずである。しかし思い出せぬ』

「さっき一瞬だけ出てきた燃える丘とか、あの幽霊とかはどうなんだよ」

『分からぬ。我が思い出せる唯一の記憶ではあるのだが』


 肝心の剣そのものはぼやけてて、よく見えなかったしな。今はこんな木刀で、柄に落書きのような文字が刻まれているだけで、


「って。ここに何か刻んであるけど、これじゃねえの」

『かもしれぬが、何と読むのやら』

「そーですかー」


 これはまた、筋金入りの記憶喪失だ。


「名前のある剣、ねえ。エクスカリバー? 斬鉄剣? 違うよなあ」

『うむ。合っているかどうかも分からぬ』

「さよかー」


 しかし、ここまできちんと会話が成立するなんて、なかなか珍しいモノに遭遇したらしい。

 そう考えながら木刀を眺めていると、少しばかり沈んだような声が聞こえてきた。


『銘がわからぬのは、《魔剣》として問題であるな』

「そうなのか?」


 そういえば、名前についての話なら阿倍野あべの先輩から聞いたことがあったような気がする。


「“名は体を表す”だっけか。人でも物でも、その性質は名前と深い関わりがあるとかなんとか」

『うむ。この姿であるが故に銘が思い出せぬのか、あるいはその逆であるのか……何にせよ、このままではいずれ、我の存在は薄れ消えて仕舞いかねぬな……』


 後半は、俺に聞かせる意図を持たない独白のようになってしまっていた。

 まあ、気が付いたら木刀になってました、って状況なら、愚痴りたくもなるかもしれないな。


「そんなに気を落とすなよ。何なら、こういうの詳しい先輩に聞いてやるからさ」


 木刀がぴくりと揺れる。


『詳しい、とな?』

「あちこちの伝説とか伝承とか、オカルト話とか。剣についての話もいくつか知ってるだろうし、刻んである文字を読めるかもしれないしな」


 しばらく沈黙した後、何かを決意したように木刀が話し始める。


『……であるならば』

「ならば?」

『我の所有者として、我を存分に振るうがよかろう!』


 存分に振るう機会なんて、素振り以外では無さそうだけどな。木刀のくせになんか生意気な奴だ。


「そうだなあ。《魔剣》って呼ぶのも何だし、ひとまず適当に名前考えるか。ああ、九百八十円きゅーひゃくはっちじゅーえーんとか」

『却下である』

「ぴったりなのにな。“魔剣・九百八十円”!」

『──ッ!』


 本日二度目となる言葉にならない怒りによって、右手の木刀が小刻みに震えた。


「駄目か? じゃあ、“魔剣・ブラックサンダー”とかどうよ」

『“黒き稲妻”の意であるな。捻りは無いが、それはなかなか──』

「駄菓子だけどな。一個三十円の」

『もう知らぬわ!』


 その言葉を最後に、木刀はぴたりと静止した。からかいすぎたか?


「ま、冗談はこの辺にして」

『……ふん』


 そんなに拗ねるなよ。


「俺、そろそろ外に戻りたいんだけど、いいよな?」

『いや、待て。待つのだ』

「話聞いてやったんだからいいだろ。俺も暇じゃないんだよ」

『しかし、だな……』


 しつこい奴だな。まだ何か言い足りないのか。


『主の名を、まだ聞いておらぬ』

「あー、そっか」


 右手の木刀を振り上げる。名前くらいなら、教えてやってもいいか。


縁部織人へりべおりと。織人でいいぜ」

『“オリト”であるな』


 振り被った木刀を目の前にまっすぐ振り下ろす。世界を斬ったその軌跡が白く輝き、左右に広がって、現実世界への扉となる。

 光り輝く扉へと足を踏み入れながら、最後に思いついた名前を口にする。


 この先、どれだけの付き合いになるかわからないけれども。


「ま、よろしくな、“クロ”」

『待て、まさか、それは我の──』


    ○


 心話とか、念話とか、そういったテレパシー的な会話というのは便利なようで、実際は面倒なのではなかろうか。

 要は慣れなのだよ、頑張りたまへと拝島はいじま会長は言うのだけれど、俺にはちょっと向いていない気がする。

 試しに、“昨日の晩御飯は何を食べたのか”を、近くに居る誰かに心の中で聞いてみるといい。声に出すとすらすら言えた言葉が、出力先が無くなっただけでなんだかつっかえたりしないだろうか。いや、すらすら聞けたよ? って人は才能があるに違いない。少し分けて欲しい。


 何のことかって?

 店先で独り言を呟くわけにもいかず、右手を陳列ケースに突っ込んだ姿勢のまま、その慣れない行為に勤しむ羽目になった俺の愚痴だと思ってくれればいい。


(……なあ、クロ。手、離してもいいだろ)

(否。我を捨て行くつもりであろうが)

(そんな、滅相もない。ただ、少しばかり心の準備を、な?)

(オリトよ。主は既に名乗りを上げ、約束もしたはずだ。というか、クロはなかろう!)


 過ぎていく時間に焦りを覚える。持久戦には自信があるものの、我慢比べを続けるには少しばかり注目を集めそうな場所と恰好である。こんなことなら、こっちに戻ってくる前にきっちり片をつけておくべきだった。

 落ち着いて考えてみれば、《魔剣》の記憶なんて想像するだに物騒じゃないか。そんなものを取り戻す手助けなどして、極秘の退魔機関に目をつけられるとか勘弁して欲しい。そんな秘密組織、あるのか知らんけど。


 しかしこの場合、約束を交わしてしまっている俺の方が若干不利なのだろう。木刀を握った右手の指だけは、俺の命令を一向に聞いてくれない。呪われていて外せない、って感じだろうか。教会はどこか、神父を呼べ!


「あれ? まだ買うかどうか迷ってる?」

「……いや」


 買い物を終わらせて戻ってきたアキが声をかけてくるが、それどころじゃない。長い付き合いのアキは、脂汗を浮かべた俺の顔を覗き込んで、おおよその状況を把握したようだ。


「もしかして、何か憑いてた、とか」


 黙ったまま、ゆっくり頷く。よーしよーし、偉いぞ。その調子でなんとかこの状況を解決してくれ。

 そんな俺の願いが届いたのかどうかはともかく、アキは思案しながらゆっくりと話し始める。


「後ろから引っ張るのは……駄目、だよねえ」


 手が離れない限り、無駄だろうなあ。アキからも見えるように、黒い木刀をしっかりと握りしめた右手を少しだけ引き出して、左手で指差して見せる。

 アキはそれを見て、納得したように頷く。さらに、俺を手伝おうかと手を伸ばしかけて、すぐに引っ込めた。おや、珍しく賢明な判断だ。


「オリコが手を離せないくらいだから、私なんか一発アウトだね?」


 だろうなあ。これは、どうにも手詰まりの予感がする。顔を上げて店内の時計を見れば、集合時間まであと十分を切っていた。木刀と戦ってたら遅くなりました、では言い訳はもちろん、洒落にもなりそうにない。

 もう一度手元の木刀に注意を向けると、状況を理解しているのか、どことなく勝ち誇ったような声が聞こえてくる。


(そろそろ観念せよ、主よ)


 お前に負けたんじゃないからな。俺は学校行事に負けたんだ。っていうか、元々買うつもりだったんだから、別に悔しくなんかないんだぜ。危険だと判断したら、問答無用でへし折ってやるからな。

 そんなことを考えながら、木刀を右手に握り締め、左手で饅頭の箱を拾い上げてレジへと向かう。


(待て。ちょっと待て)

(……何だよ。まだ何かあるのか?)

(我と饅頭を一緒にするでないわ!)


 知らんわ。鹿せんべいと一緒じゃないだけ、ありがたいと思っとけ。


    ○


 果たして黒い木刀は、こんなの置いてたっけと店員が首を傾げたりしたものの、無事に俺の所有物となった。


 バスへと戻る道を走りながら、饅頭の入ったビニール袋を学校指定のスポーツバッグへと放り込む。続けて木刀を持った右手を刺し込んで、手を開く。もとい、開かない。

 いちいち頭の中で考えてたら時間がかかって仕方ない。周りに聞こえないように小声でささやきかける。


「ちょ、大人しく、鞄の中に、入ってろって。危険物なんとか罪とかで、補導されるっつーの」

(我は《魔剣》ぞ。饅頭と同等の扱いは断固拒否する)

「ほら、いい子だからな、クロや」

(その名前も認めた覚えは無いぞ!)

「面倒な奴だな、コノヤロウ……アキ、ちょっといいか」

「はえ?」


 右手が塞がっているために無理な姿勢になりながら、バッグに入れたばかりの袋を取り出して、後ろからのたのたとついてくるアキに手渡す。中身が饅頭くえるものであることを認識したアキの顔が、にへらー、とだらしなく緩む。


「お土産なんだから食うなよ」

「あいよーう」


 こうやって念を押しておいても、今夜の夜食として食われてしまう可能性はゼロではない。馬鹿を侮ってはならない。


「これでいいだろ。手ェ離すぞ」

(……まあ、よかろう。だが、ゆめゆめ忘れるでないぞ。我は主の物であり、主は──)

「あーもう、続きは後でな」

(──!)


 話が長くなりそうだったので、遠慮なく右手を木刀から解放させてもらう。首にかけていた白いタオルを手に持って、バッグからはみ出した柄の部分に触れないように気をつけながら簀巻きにする。

 これでひとまず、アキがうっかり触ってしまってややっこしい事態に、ってことは避けられるだろう。


 公園の端にある駐車場に整然と並んだ観光バスの群れ、そして見慣れたジャージ集団が遠く視界に入ってきたところで、後ろを走っていたアキがスピードを上げて追い越していく。いい笑顔だ。饅頭の生還率がぐんと下がった気がする。


「おっさきぃー!」

「おい馬鹿、ちゃんと前向け。転ぶぞ」


 お前、自分で思ってるほど運動神経良くないからな? 俺も人のこと言えた義理じゃないけど。

 姿勢が悪くてどうにも安定しない走り方のくせに、アキは少しずつ俺を引き離していく。これはアレか、コンパスの違いなのか。



 アキに負けるのは納得いかないな。そう思って俺も加速しようとしたとき、道の脇に植えられた低木ががさりと揺れ、小さな影が飛び出してきた。

 俺たちの走る先に立ちはだかったそいつは、黒いもやに包まれた子供のようで、片手には何か、カナヅチらしきものを握っている。

 その姿は曖昧で、時折見かける人畜無害な幽霊たちと似たような雰囲気ではある。けれども、こちらに向けている禍々しい威圧感に、足が止まってしまう。

 前を走るアキには“見えて”いないようで、そのまま黒い影の方へと近付いていく。ただの幽霊なら実害は無いが、あいつからは危険な感じがする。


「アキ、ストップ!」


 俺の呼びかけに、首を傾げながらも速度を落としたアキだったが、完全に止まる前に相手の方が動き出してしまった。

 黒い人影はこちらに向かって走り出し、アキをすり抜けるように重なって、薄れて消えていく。それと同時に、アキは足をもつらせてバランスを崩した。


 いけない。


 アキは脱力したまま、すとん、と尻もちをつき、斜めに倒れていく。その頭が地面にぶつかる直前になんとか駆け寄って、襟首を掴んで抱きかかえる。アキの頭がぐらりと揺れ、焦点の合わないままの瞳だけが俺の方に向いた。


「アキ!」

「……ああ、ようやく……ようやく、みつけたぞ」


 その口から漏れ出したのは、普段とはまるで違うしわがれた声。アキの右手が震えながら持ち上げられ、俺を指差そうとして力尽きて垂れ下がる。

 周波数がズレたラジオのような。規格の違う機械を無理矢理繋げて動かしているような、いつ壊れてもおかしくないと思わせる動作。アキの目と口、アキの手を勝手に使っているのは、さっきの黒い奴なのか。


「ふたたびつるぎを、てにしたものよ。こたびこそ、のろわれよ」


 本人の意思とは関係なく発せられる言葉に、アキの体が震える。なんだよこいつ、無理矢理にも程がある。こんなの長続きはしない。しないはずだ。

 けれども言葉は続けられる。こういうのは拝島会長の領分で、俺にはどうしようもない。


「ばるはらに、ゆかせはせぬ……あしきねがいを、ささげよ……」

「うっさい」

「……ぜつぼうに、しずみ……おぼれ、よ」

「もう、黙れよッ」


 俺の言葉に従ったわけではないだろうけど、アキは一瞬大きく震えたあと、ゆっくりと目を閉じた。

 力を使い果たしたのか、それとも言いたいことを言って満足したのか。完全に脱力した重さが両腕に掛かってくる。


    ○


 アキをバスまで運べるほど恵まれた身体ではなかったので、近くにあったベンチまで引っ張って行って横向きに寝かせる。

 ちょうど通りがかったクラスメイトに、同行しているはずの保健室の先生を連れてきてもらおうと声をかけた。


兼塚かねづかの奴、また倒れたんか」

「大丈夫だとは思うんだけど、一応は保国ほくに先生に診てもらった方がいいだろ」

「わかった。いつもお守り御苦労さん」


 うっせ、早く行け。からかわれるのには慣れてるが、今は相手をしているだけの気力が残っていないんだ。

 クラスメイトが駐車場に向かって走っていく足音を聞きながら、放置していた荷物を回収し、自分もベンチに座って一息つく。


「おお、縁部へりべ。ここにいたか」


 ぼんやりと地面を眺めていると、思いのほか早く、目当ての人物の大声が聞こえてきた。

 顔を上げ、声の方を窺う。白衣を着た大柄な男が、彫りの深い顔に真剣な表情を浮かべ、顎髭をさすりながら近付いてくる。医師の免許を持っているのに、わざわざ地方の学校で保健室の常勤になっている変わり者だ。


「移動の準備してたら、兼塚が倒れるのが見えたからな。頭、打ってないか?」


 保国先生はそう言いながら、アキの前に屈みこむ。瞳孔を確かめたり、脈をとったりと、手慣れた様子で診断していく。やがて、ペンライトを白衣の胸ポケットに戻し、かわりに万年筆を取り出した。


「縁部、なんか紙あるか」

「えっと。旅行のパンフなら」

「それでいい。まあ、いつもの自律神経失調みてえだから、少し休めば良くなるだろ。しっかし、浮かれ過ぎて疲れたか、人に酔ったかね」

「ですかね」


 保国先生はアキの“霊媒体質”のことを知らない。

 “研修旅行のしおり”と書かれた小冊子を手渡すと、先生は余白のページに電話番号らしき数字をガリガリと書いていく。


「仕事用の携帯が充電切れそうなんでな、何かあったらこっちに電話してくれ」

「うっす」

「兼塚が目を覚ましたら、先に宿に行っとけ。タクシー代出してやる……ってか、悪い紙使ってんなァ。また手入れせんと」


 大事に使っているらしい万年筆のペン先を見て、保国先生は厳つい顔を曇らせた。御愁傷さまである。

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