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魔剣の品格  作者: 時雨煮
吸血剣と鞘の魔女
29/33

拾壱、凶星より降り来たる

 鎧神社から神田川を挟んで北東に位置する御留山(おとめやま)には、東山藤稲荷(ひがしやまふじいなり)という小さな神社があった。ヒロシ君の話によると、平将門(たいらのまさかど)にとっては、たいそう縁起の悪い神社であるらしい。

 ヒロシ君の同級生、正真正銘の一般人という「眼鏡の委員長」くんを後ろに乗せて、途中で道に迷いながらも、その神社には二十分ほどで到着した。坂道から細い路地に入り、バイクを置いて階段を登っていく。

 転ばないように気をつけつつも、焦りで歩調が早まっているのは自覚している。それもこれも、この土壇場で別行動を提案してきたヒロシ君のせいだ。まったく。


「こんなことになるなんて、上手くいかなかったらどうすんだべか」

「どうかしましたか?」


 後ろから声をかけてきたメガネ君に、何でもないよと首を振る。彼もまた、ヒロシ君の考えに振り回されている被害者のひとりなわけだし。

 階段の踊り場で振り向くと、赤い鳥居の向こうに街並みを見下ろすことができた。近くのビルの合間から見える、新宿の高層ビルらしき明かりを目印に、おおよその方角を確かめた。ヒロシ君の方は大丈夫だろうか。


「付き合わせちゃってごめんね。手早く終わらせるから」

「問題ありません。これも経験ですし」


 肩から弓の入った袋を降ろしながら、彼は神社の方を見上げて、少しだけ残念そうな顔をした。小さな社に照明はなく、山の木々に囲まれているせいで暗闇に包まれている。

 鞄から『魔劍大鑑』を取り出して、『イペタム』のページを開く。羽根ペンを口にくわえたウシュカが肩の上に飛び乗って、私の方を見つめてきた。


「地図見た感じ、二キロも離れてないはずだから。頼んだよ」


 使い魔のネバーモアと違って、彼女の考えていることは良く分からない。けれど、これまで指示を違えたことはなかったはず。

 どうにも反応の薄いウシュカから、手袋をして破魔弓の具合を確かめているメガネ君へと視線を向ける。


「ええと。委員長くん、矢をこの上に」

山霧(やまぎり)です」


 そうそう、そんな名前だった。破魔矢を乗せた『魔劍大鑑』を、彼に預けて支え持ってもらう。

 空いた両手で柏手(かしわで)を二回。周りの空気の変化を感じたのか、山霧君も表情を引き締めた。そういえば、何をやってもヒロシ君は平然としていたなあ、と頭の片隅で考えながら、目を閉じる。


「──請うは我。富士の命脈、稲荷(とうか)の実りに願い(たてまつ)るは、争乱招く悪霊を討つ《天の一擲(いってき)》。書に記されし竜神の刀を鎮める権能を、()れなる一矢(いっし)に与え給え。宇伽之御魂大神うかのみたまのおおかみかしこみ申す──」


 いつも頼りにしている(サヤ)の神、御柱(おはしら)様ではなく、稲荷の神様への願いを詠む。ヒロシ君によれば、これは必須条件らしい。ぶっつけ本番でアレンジした祝詞(のりと)にちゃんと応えて貰えるのか、心配なんだけど。お前さん、それはお門違いじゃよ、と言われたらどうしようか。


 何かに頭の中を探られるような気配がちょっとだけあった後、お社の方にあった力の一部が動き出したのを感じる。それは、私の足元まで流れ下りてきて、正面でふわりと浮かびあがった。


「うわっ」


 山霧君の声で目を開くと、そこには淡く光る破魔矢があった。どうやら一応、お願いは聞き入れて貰えたらしい。

 『魔劍大鑑』を返してもらい、矢だけを山霧君に差し出す。


「じゃあ、お願いね」

「え、ええ」


 光る矢を恐る恐る受け取って、彼は弓を構え直した。その間に携帯を取り出して、今日の昼間に登録したばかりの相手をアドレス帳から呼び出した。

 すぐに通話中になった携帯を耳に当て、南の空に注意を向ける。数秒後、遠くにひときわ明るい光が現れた。


 あのいけ好かない男と遭遇したヒロシ君が、しっかり足止めに成功しているからこその、作戦決行の合図だった。

 山霧君の方も照明弾の光に気付いたのか、矢をつがえた弓を、ゆっくりと引いていく。


「本当に、これでいいんですか」

「うん。方角さえ合ってれば、勝手にあたってくれるから」


 ちらりと私の方を見た彼に向って、自信満々で頷いて見せる。こういうものは、信じてなんぼなのだ。

 携帯電話からヒロシ君の声が聞こえてきて、慌ててそちらに注意を向ける。


『何のことだと言われましても……北斗九星なんですから、もうひとつ星が必要でしょう? 北斗七星に付き従うふたつの星は、セットで吉兆と凶兆を司っているんですが、御存知ありませんか』


 どうやら彼は、無事でいるらしい。私たちも、やるべきことをやって早く戻らないと。

 少しずつ小さくなっていく照明弾の光へと、息を止めた山霧君が引き絞った弓を向ける。その左手が、夜空の星を狙うように上げられて。弦を引いていた右手が、すっと後ろに離された。


「ウシュカ、行って!」


 光の尾を引いて夜空に放たれた矢の後を、肩から飛び出した白い式神が追っていく。ウシュカの(まじな)いを運ぶ力があれば、破魔矢に与えられた力を損なうことなく、あの光の下まで届けることができるはず。

 混じり合うように遠く薄れていく破魔矢と式神を見据えながら、山霧君は大きく長く息を吐いていた。


    ○


 二発目の照明弾の光も消えかけて、境内はふたたび暗くなってきている。携帯電話から聞こえてきたシズカさんの声からして、光はちゃんと向こうから見えたのだろう。

 もう少しだけ注意を引きつけておくために、こちらを睨んでいる茶髪男に向かって言葉を続ける。


鬼王(きおう)神社を吉兆の星に見立てて魔剣を生み出す儀式を行ったのなら、それは対になる凶星(まがつぼし)の存在も認めることになります」


 北斗七星を挟んで鬼王神社の反対側、高田馬場(たかだのばば)の辺りに、将門に叛意ありとの神託を与えた神社がある。そこを最後の星に見立ててやれば、それがすなわち『鬼王丸(きおうまる)』の急所になる、はずだ。

 こちらの発言を信じたものか、疑うような表情からして、この儀式は茶髪男が単独で考えたものではなく、誰かに入れ知恵されたのだろうと推測する。

 先にそちらの神社で儀式を行う可能性も考えていたのだが、どうやら杞憂だったらしい。


「ちなみに、平将門の最期については御存知ですか」

「飛んできた矢に当たっちまったんだろ。それくらい知ってるさ」


 忌々しげにそう吐き捨てると、茶髪男は夜空を見上げた。つられて首を動かしたらしい保国(ほくに)先生が、小声で話しかけてくる。


「本当に飛んで来やがったぞ、おい」

「それはなにより」


 信じていないと言いつつも、多少は霊感があるのだろう。自分には見えない矢の軌跡が、先生には見えているらしい。

 先生と同じものが見えたのか、茶髪男が首から下げていた護符を左手で外し、頭上へと掲げた。


「狙撃に注意しろってうるさかったからな。万一の備えくらいしてるっての」


 砂煙が舞い上がり、護符の周囲に集まっていく。すぐに平らな円盤状へと変化したそれは、見た目通りに矢を迎えうつ盾としての役割を持つのだろう。

 携帯電話のスピーカーから雑音が流れ出し、視線を向ければシズカさんとの通話が途絶えていた。どうやら、電波障害も引き起こされているらしい。


 硬い岩と岩とがぶつかりあったような重い音と共に、砂の盾に破魔矢が直撃した。茶髪男が片膝をつき、その分だけ盾が押し込まれた。

 暴れる独楽(コマ)のように揺れ動きながら、矢は音を立てて盾を削っていく。対して、飛び散った砂は再び護符へと集まっていき、拮抗状態を維持している。


「ったく、危ねえなァ──しっかり捕まえて『逃がすな』よ、パズズ!」


 茶髪男はゆっくりと立ち上がろうとしている。神域に客神として納まっているためか、想定していたよりも抵抗が強い。

 砂の盾は外側から破魔矢を包み込むように、半球状に形を変えていく。


「ちょっと、マズくないか」


 保国先生の危ぶむような言葉と対照的に、茶髪男はにやりと笑って左手を握り締めた。砂の球体は、少しずつ密度を高め、小さくなっていく。


「地の利はこっちにあるんだぜ。根競べなら負けやしねえよ」

「確かに、そのようですね」


 けれども、こちらにはもう一手。空を見上げて、その名を呼ぶ。


    ○


「ウシュカ!」


 螺旋を描くように降りてきた白い獣は、茶髪男の死角から、右手の小太刀へと飛び込んだ。

 甲高い金属音が響き渡り、男の口から驚きの声が漏れる。咄嗟に振るわれた『鬼王丸』を避けるように、式神はふわりと宙を舞い、距離を離して着地した。その口には、黒い羽根ペンが咥えられている。


「こいつッ、その魔剣は、あのチビの──」

「ええ、『小烏丸(こがらすまる)』ですよ」


 平貞盛(たいらのさだもり)が将門征伐の際に賜わったものだという、平家の宝刀。鬼退治の伝承を持ち、悪鬼の類には特に有効な武器である。なぜシズカさんの手元にあるのか気になるものの、本題はそこではなく。


「それにも、将門の首級(しるし)を獲ったという伝承がありまして」

「知らねえぞ、そんな話はッ」


 茶髪男はそう叫んでいるけれど、こればかりはそういうものだと諦めて貰うしかない。

 大鴉の羽根から現れたという伝承上の『小烏丸』は、実在する史実上の本物とは別物として扱うべきなのだろう。


 納得できるかと憤る茶髪男の右手に向かって、白い獣が再び飛び掛かろうと身構える。


「そこから、『近付くな』」


 式神の行動を妨げた茶髪男の様子は、かなり苦しそうに見えた。『コトワリ』を連続して使っているためか、いくつも維持しているためかははっきりしないものの、このチャンスを逃すべきではない。もうひと押しするべく、保国先生に声をかける。


「ウシュカの代わりで、行けますか」

「ああ。だが、どうやらその必要は無さそうだぞ」


 先生の発言に視線を戻せば、茶髪男の表情がそれを裏付けていた。右手の刀をまじまじと見つめるその顔には、驚愕が見て取れる。

 見た感じ、何も変わったようには見えないが。


「一体、何がどうなってるんです?」

「はっきりは見えんがな、刀から何か漏れちまってるようだ。あれは、もう駄目じゃあないか」


 さっきの不意打ちが既に効いていたのか。しばらく動きが固まっていた茶髪男は、舌打ちと共に刀を無造作に放り投げ、左手を下げた。

 崩れていく砂の盾を破魔矢が貫いて、『鬼王丸』に突き立った。


    ○


 破魔矢は原形を失い塵となって消えていき、後には綺麗に折れ曲がった小太刀だけが残された。

 静かになった境内で、茶髪男の呟きが聞こえてくる。


「マジかよ。たった、アレだけで?」


 踏み出した一歩が、ざり、と砂を踏む。茶髪男は顔を上げ、こちらに視線を向けた。


「……こいつの準備に、オレらがどんだけ手間かけたと思ってやがる」

「いや、さて、どうでしょう」


 時間を費やしただけではなく、いろいろな所に手を回していたのだろう。けれど、茶髪男が何故こんな儀式を行ったのか、そんなことは別にどうでもいい。

 この男さえ捕まえてしまえば、後はシズカさんや他の誰かが適切に処理してくれるはずだ。


「全部てめえのせいだ。てめえさえ、居なけりゃ」


 茶髪男の左手がこちらに向けられる。

 前言撤回。最低限の目標は既に達成されているのだ。犯人の確保は本職の方々に任せることにして、即刻この場を撤退すべきで──


「今度こそ、きっちり始末してやる」


 風が、吹き荒れる。庇うように前に出た保国先生が、砂の塊に吹き飛ばされ、呻き声を上げた。白い式神もまた、突風を受けて舞い上がっていた。

 砂嵐に囲まれて視界が奪われる。両手で顔を庇っていると、茶髪男の声が聞こえてきた。


「最後の命令だ、パズズ、そいつを『逃がすな』! ありったけの呪いを、お見舞いしてやれ!」


 大量の砂粒がぶつかってくる感触はあるものの、身を裂かれるような痛みや、骨を打つ衝撃を感じることはない。

 けれども、体が思うように動かなくなる感覚が、致命的な攻撃を受けてしまったことを確信させる。腕が下がり、ゆっくりと仰向けになっていきながら、つい、ぼやきが漏れてしまう。


「今度こそ、駄目かもしれませんねえ」

「だーかーらー、さァ」


 その声に合わせて、吹き荒れる砂嵐が離れていく。

 倒れてしまうはずだった身体が急停止した。慣性で首が空を見上げ、背後から自分を支えている人物が、逆さの視界に入ってくる。


「気をつけろっつったろ。アタシが間に合わなかったら死んでるぞコラ」


 ぼさぼさ頭の、洒落っ気の無い蛇神様が、呆れた顔で自分を見下ろしていた。

 そう言われましても、と答えようにも口が動かない。なんとか感謝の意を伝えようとしたものの、努力は実らず、意識は深い闇に沈んでいった。

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