零、和倉高等学校 文化部部室棟にて
部室棟の三階、一番奥の小さな部屋が、(自称)の文字が取れた伝奇同好会(正式名称「伝奇伝承研究同好会」)に用意された新しい部室である。普通の教室の三分の一程度の広さであっても、前月までの活動拠点よりも少しばかり広くなっている。
向田の火祭りから二日後の月曜日、伝奇同好会の一同は本拠地の移動のために朝から登校している。とはいえ、引越し作業に勤しんでいるのは男性陣のふたりだけであり、同好会の筆頭たる拝島霙子は真っ先に運び込まれた扇風機の前に座り込んだまま、長い黒髪を強風にたなびかせている。
日本海側でもこの時期だけは晴れ間が続き、つまり彼女にとっては過ごし難い日々となっているのだった。
「うわ……何と言いますか、軽くホラー入ってますね」
「何とでも言いたまえよ」
「ではお言葉に甘えて。顔を合わせたら石化しそうな感じでしょうか」
引き戸を開け、台車を押して部室に入ってきた狐目の二年生、阿倍野博の感想にも、彼女は力なく応えるばかりである。
台車で運んでいたダンボール箱を部室の片隅へと移動させるのを眺めつつ、拝島霙子は八つ当たり気味に口を開く。
「どうせ君のような鈍感人間には、魔眼なんて効きやしないだろう。いい加減、神霊魔術に関わるのは止めて、普通の高校生活を送ったらどうだい」
「同好会に引き込んだ貴女がそれを言いますか」
「だって、あの頃の僕は君のその性質も、邪な野望も知らなかったからね。一生の不覚だよ」
「邪とは失敬な。純粋な願望と言って頂きたいんですが」
「純粋、ねえ」
呆れたように呟き、彼女は首を振る。乱れた黒髪が扇風機に巻き込まれないように押さえながら、胡乱な視線を阿倍野博へと向ける。
「修学旅行でまた女の子に手を出したようだけれど」
「手を『貸した』だけです。というか、『また』じゃないでしょう」
ダンボールを運ぶ手を休めて否定する彼に対して、拝島霙子はにやりと笑みを浮かべる。
「あっちの家とは付き合いがあってね。親御さん、『うちの静が手籠めにされた』と泣いているみたいだよ」
「何でまたそんな話になってますかね……」
「荷物運びが終わったら、その辺きっちり聞かせて貰おうじゃないか」
阿倍野博は右手の甲を額に当て、天井の蛍光灯を見上げる。
鞘の魔女、佐伯静と夜の東京を走り回った数日間は、思い出になるにはまだ近すぎる記憶だった。




