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魔剣の品格  作者: 時雨煮
魔剣転生
17/33

拾六、ヴァルプルギスの夜

 木漏れ日の射す山中の道を進む軍勢があった。少なからず傷を負った者がいて、繋がれた虜囚りょしゅうが曳かれている。その様子から、彼らが戦を終えた後であることが窺えた。

 その中で、弓を背負い、黒漆の太刀とは別に舶来の長剣を腰に下げたひとりの武将が、ゆっくりと馬を進めている。柄と帯を金で装飾した剣に手を置いたまま、蒼い瞳の男は誰にともなく言葉を発した。


「抜けば(まじな)いを与えてしまうのなら、抜くこと叶わぬ木剣(もっけん)に転ずるのでは、どうかな」

『この姿を棄てて、転生てんしょうせよと。そういうことであるか、征東将軍よ』

(しか)り。合わせて名も封じるか」


 肯首し、言葉を続けた男に対して、呪われた剣は拒否するようにわずかに震えた。


『山を越え、海を渡った果ての地で、姿も銘も失うか。もはや其れは我であるのかどうか』

「真っ当な芯だけ残せば、願う形に成るだろうよ。毘沙門天の手にあるは宝棒であろう」


 黙り込み、応えない剣に男は苦笑を洩らし、軽く柄を叩いた。


「さて、此の上は(やつがれ)には分からぬ。行者ぎょうじゃ様に訊ねるがよい」

『……うむ。そうであるな』


    ○


 七月最後の土曜日、夕暮れ時。普段は人気の少ない能登島の神社も、この日ばかりは帰省した人たちや観光客で賑わっている。

 篝火かがりびの近くにいるとうっかり飛び込んでしまいかねない俺は、境内の片隅で大人しくたこ焼きを食べながら、祭が始まるのを待っていた。


「あー、縁部へりべ君。こんな所で何やってるの」


 声のした方に振り向くと、参拝に来たらしい女子の集団から、浴衣姿の仁谷にたにが抜け出してくるのが見えた。

 手提げの小さなバッグをくるくると回しながら、彼女は俺の横に移動する。


「一緒に行かなくていいのか」

「うん。まだ全員集まってないしね」


 仁谷はバッグから携帯電話を出して手早くメールを送信すると、「これでおっけー」と親指を立てた。いや、何がおっけーなのかさっぱりだけど。

 《魔剣》に取り憑かれている間に散々振り回していた左腕は、どうやらちゃんと治ったように見える。


「もう大丈夫なんだな、左手」

「大会には間に合わなかったんだけどね。補習のせいで応援も行けなかったし」


 残念そうに小石を蹴る仁谷。夜に勉強できなかったために、アキと仲良く赤点を取ってしまったらしい。


「ごめんな、仁谷。もうちょっと早く気付けたはずなのに」

「縁部君は命の恩人じゃん。お礼言おうと思ってたのに、謝られても困るってば」

「でもなあ」


 クロの報せを真面目に調べていれば、目覚めたばかりの《魔剣》に対処できたんじゃないか、と考える。

 とはいえ、それを仁谷に言っても仕方ないか。


「じゃあさ、一個で許してあげるよ」

「え?」


 俺の回答を待つことなく、彼女の右手がたこ焼きに刺さった爪楊枝に伸びる。まだそれなりに熱が残っていたことに、丸ごと頬張ってから気が付いて、仁谷の孤独な戦いが幕を開けた。


「……まあ、いっか」


 無理をしているようには見えないし。しばらくして死闘を制した仁谷は、お茶を口にして一息ついた。


「そういえばね」

「ん」

「実家の山向こうの開発なんだけど、地割れから温泉出たとかで、また計画変わるみたい」


 マジか。クロの奴、どんだけ深く斬っちゃったんだよ。


    ○


 情報料としてたこ焼きをもう一個収奪していった仁谷を見送って、これ以上誰かに奪われる前に、と急いで残りを胃に収める。

 容器を捨てようと参道を歩き始めたところで、ばったりと阿倍野あべの先輩に出くわした。


「ばんわっす」

「ええ、こんばんは」


 ラフな格好で左手に扇子を持った先輩と、道の脇に寄って話し始める。


「東京に比べたら全然ですが、人が多いですねえ」

「修学旅行、行ってきたんでしたっけ?」


 先輩は頷くと、暗くなりつつある空を見上げた。つられて顔を上げてみる。雲がまばらに見えるけれど、今日の予報は晴れだったはずだ。


「大変だったんですよ。文庫本一冊分くらいの話になるんで、詳しくはまたの機会にしますけど」

「はあ」


 霊感ゼロのはずの先輩に何があったんだろうか。空を見上げたまま何かを考えていた先輩は、ふと思いついたように口を開いた。


「でもこう、“無能力者”って言うと主人公っぽい属性ですよね」

「いきなり何すか」

「考えてみれば、傍若無人な先輩にアホの子、スポーツ少女、男の()まで完備しているわけですし。もう主人公と公言してもいいんじゃないですかね、自分」


 自信満々の発言だけど、扇子を持って佇む姿はどう見ても軍師とか、お助けキャラとか、そっち系なんじゃないかと。


「ってか、今の例え、誰が誰っすか」

「それはともかくとして。お土産は保国ほくに先生の車に置いてありますから、祭が終わったら忘れずに持って帰ってくださいね」

「あれ、保国先生も来てるんすか」

「先輩と一緒に、駅から車に乗せて貰いました」


 足にされたんだろうか。そんなことを考えていると、噂の当人、白衣に髭面の大男が人ごみの間から姿を見せた。


    ○


 赤い《魔剣》を真っ二つにしたことによって、現実世界の万年筆もたいへん残念な状態になってしまった。そのため、“レガシィ”は再び修理に出され、まだ戻ってきていない。先生の白衣の胸ポケットには、まだ安物のボールペンが収まっている。


拝島はいじまに顛末の説明を任せたんだが、事態が深刻だってんで、今後の対応を検討しているみたいなんだよ」


 あの赤い《魔剣》の力を利用した万年筆“レガシィ”は、本来は心霊治療の道具として造られたものだったらしい。精神的な消耗はあるものの、夜明けには傷が癒えるというところに利用価値があるらしかった。

 返ってきた手紙にはあれこれ書かれていたようだけれど、先生に理解できたのはその辺りだけで、


「親父がそっち方面の人種だったんだがな。俺はまあ、ちゃんとした医者を目指しちまったもんだから」


 ほとんど何も知らんのよな、と先生は苦笑した。隣で話を聞いていた阿倍野先輩は、興味深そうに言葉を挟む。


「一度は先生のお宅に伺って、資料を拝見したいところですね。せっかく顧問になって頂いたことですし」

「顧問?」

「ん、まだ聞いてなかったか。拝島が部室棟に移動したいって切実な顔で言うもんだから、今回の件のお返しってことでな」

「悪霊と戦ってる最中でも、あんな真剣な表情は見たことありませんでしたよ」


 サウナ物置は確かに、会長でなくても耐えられない暑さだったもんな。


「でもなんで、そんなに暑いの駄目なんすかね」

「名は体を表すって奴じゃないのか。アイツの名前、たしか霙子えいこってんだろ」


 先生の言っている言葉の意味を理解するのに、少しだけ時間がかかった。そういや、“英”じゃなくて“(みぞれ)”の子、なんだっけか。

 そこから考えれば、凍らせるのが得意で暑いのが苦手なのも分からなくはないか。

 しかし雪女ならともかく、みぞれ女はちょっと格好付かないような──


「どうも失礼なことを考えているようだねえ」


 拝島会長の声が背後から聞こえてくるのと同時に、俺の首筋に冷たい何かが当てられる。

 不意の悪寒から逃れようとしたものの、金縛りにあったように身体が動かない。


「少しばかり涼をとってみるというのはどうだい、オリト君」


    ○


 首の後ろに貼られた封じの御札には“氷に閉ざす”という意味が込められていて、会長が剥がしてくれるまでの間に感じた悪寒は相当なものだった。

 ほっと息を吐いた横で、私服姿の会長は札を丸めてズボンのポケットに突っ込んだ。


 会長の格好を見て、先輩と俺は首を傾げる。


「ってか、浴衣じゃないんすか」

「自分も似合うと思うんですけどねえ」

「なんだい、ふたりとも。まだ僕のトラウマを掘り返すつもりかい」


 いやいや、滅相も無い。何の事だか全然わからないけれど、先輩と揃って首を横に振る。会長の名前については触れないようにしよう。


「……まあ、いいや。しかし、名前の話だったら、オリト君も大概じゃないのかい」

「異民族がどうとかって奴でしたっけ?」

「いいや。名字じゃなくてさ」


 “縁部”じゃなくて“織人おりと”の方か。


「この伊夜比咩いやひめ神社は火祭りで有名だけれど。その由来のひとつとして、御祭神の女神が年に一度、東の海の向こうにいる男神を呼び寄せるために火をつけるのだ、というのがある」


 昔、そんな話をアキから聞いたような気もする。豊作祈願とか大祓おおはらえとか、他にもいろいろ単語だけは覚えている。


「ふむ。それだけ聞くと、七夕みたいだな」

「旧暦も近いですね」


 先生と先輩の感想に、会長は頷いて話を続けた。


「七夕は元々は中国発祥だけれど、日本で様々なアレンジがされている。ここの火祭りもその一例で、御祭神を織姫になぞらえているわけだ」

「えっと……俺、今月末が誕生日なんすけど」

「それならまず間違いないかな。君の名前の一文字はきっと、“織姫”から取ったんだと思うよ」


 そっかー。

 親父に聞いたときは、布を織るように人生を云々、とか言ってたのになぁ。


「偶然でしょうけど、縁部クンの名前にはもうひとつ意味をこじつけられるんですよ」

「おや。他には無いだろうと思っていたのだけど、それは気になるね」


 俺の反応を見てにやにやしていた会長が、興味深そうに先を促す。先輩は頷いて、ゆっくり話し始める。


「魔剣ティルヴィングの死の呪いを受けなかった、ただひとりの所有者。アンガンチュルの娘、ヘルヴォルは、男装の海賊に身をやつした際に、ヘルヴァルトという名を名乗っていたそうですよ」

「ヘルヴァルトに、へりべおりと……確かに、こじつけだねえ」


 それでも、と先輩はこちらに顔を向けた。


「血筋と名前に(わず)かにでも繋がる部分があったからこそ、《魔剣》は君の手に渡ったのかもしれませんね」


    ○


 日が沈んでからかなり経った。そろそろ時間だということで、会長たちは祭が行われる広場の方へと歩いて行った。

 誘いをかけた人たちがみんな来てくれたようなので、準備を手伝った甲斐があったというものだ。


 参道脇の石段に腰掛ける。神事が終わり、台車に乗った大きな行燈キリコが進んでいくのをぼんやりと眺めていると、良く知った気配を背後に感じた。

 振り向けば、ポニーテールに眼鏡の巫女が、黒い木刀を片手にこちらを見下ろしていた。


「やはりここにおったのか、主よ」


 左手を腰に当ててふんぞり返っている相手を見上げる。暗くて表情は良く見えないけれど、雰囲気でクロじゃないことは分かる。


「どうした、アキ。休憩時間か」

「そうだけどー。そんなにクロちゃんに似てなかったかな」


 アキは首を傾げて不満そうに呟いた。すぐバレたことがお気に召さないらしい。

 口調はそれなりに似てたと思うけど、アキとは長い付き合いだしな。とは口にしない。絶対ににやけるし。


「精進しろよ」

「むー……まあいいや。ちょっと替わるね」


 アキの身体がわずかに揺れた後、俺の隣にしゃがみ込んだ。俺が見ていた広場の方に視線を向けたまま、クロは膝を抱えて沈黙を続けている。


 “レガシィ”を倒した翌日に、クロは真銘しんめいの封印を会長に頼んでいた。木刀の柄に再び刻まれていた元の名前は、今は特別製の黒い御札で隠されている。

 真銘の封印によって再び力を失ったクロは、力が安定するまでこの神社に安置することになっていた。


    ○


 大松明の周りを行燈が回っているのを眺めつつ、黙ったままのクロに声をかけてみる。わざわざアキの身体を借りて出てきたんだから、俺に用があるんだろう。


「ってか、クロだよな。まだアキじゃねえよな」

「うむ……」


 どうにも歯切れが悪い。木刀のくせに、一人前に悩み事かね、と推理してみる。


「名前、封印するのやっぱ止めるか?」

「いいや、それはいいのだ。我自身が望んだ姿が、今の我であると()ったが故」


 違ったらしい。現状に満足しているなら、何の話だろうか。


「“クロ”って名前は、さすがにいまさら変えられないんじゃねえの」

「記憶を取り戻した今となっては、このまま主の下にいて良いものかと思ってな」


 俺の方を向いたクロの表情は、真剣そのものだった。名前についてはスルーされた。


「我を手放すなり棄て去るなりした方が、主の為になるやもしれぬ」

「あー、そういう話か」

「そういう話である」


 奥能登の病院で、拝島会長から同じようなことを言われたことを思い出す。

 クロがいたから起きた事件もあったけど、それ以上にクロのおかげで助かっている。というか、損得で考えるのは違う気がする。なんとなくだけど。


「先のことはわかんねーけどさ。俺は今んとこ困ってないし、手放そうなんて考えてないぜ」

「そう、であるか」


 仮に手放したとして、ろくでもない奴の手に渡ってしまって、とんでもないことになる可能性も無いとは言い切れないし。

 とりあえず、会長が卒業してしまう前にいろいろ教えて貰おう。あと、もう少し身体を鍛えた方がいいか。


    ○


 若者たちが手に持つ小さな松明が、広場の中央に立つ大松明に投げ込まれ、ひときわ大きな火の手が上がる。


「我の記憶にも、篝火を焚く祭があるのだが」

「北欧で火祭りっつったら、前に先輩から聞いたことがあるな。確か、春分を祝う祭とか。何て名前だったかな」


 なんとかの夜、とか言ったっけか。こっちは七夕の夏祭りだけど、けがれを祓うという点では一緒だったはずだ。


 浄化の炎が燃え盛り、火の粉が宙を舞う。広場の方から聞こえてくる歓声が、祭の大詰めを告げていた。

 どちらからともなく腰を上げた俺たちは、立ち昇る煙を追って東の空を見上げる。


「ま、これからもよろしくな。“クロ”ちゃん」

「ふむ。それは此方こちらの台詞であるな。“オリコ”よ」


 記憶喪失の《魔剣》の話はここで終わり。


 けれど。“クロ”と俺の付き合いは多分、まだまだ続いていく。

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