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魔剣の品格  作者: 時雨煮
魔剣転生
14/33

拾参、剣士の選択

 土曜日は朝から珍しく快晴で、校舎裏の日陰に立っていてもかなりの暑さを感じるほどだった。この調子だと、真昼の陽射しを十分に堪能している物置の中はサウナ状態になっているに違いない。最後のテスト用紙を回収した後、担任が熱中症に十分注意するようにと言っていたのを思い出す。

 俺の隣では、黒い木刀を持った幼馴染が背筋を伸ばして立っている。つまり、今はアキじゃなくてクロなわけだ。暑いからって横着し過ぎじゃないか。


「なあ、オリトよ。我はいつまでこの小娘の愚痴を聞いておらねばならぬのであるか」

「会長が来るまでかな」

「しかし、テストの結果がどうとか、“パトなんとか”でドーナツ自棄食いがどうとか言われてもな」


 どうやら、アキの奴は駅前のショッピングモールに寄って帰るつもりらしい。

 眼鏡越しに鋭い視線をこちらに向けているのを感じるけれど、クロに対して助け船を出すつもりは無い。こうしていれば俺が愚痴を聞かずに済むのである。


「“主の望むままに”だろ。ちゃんと役に立ってるじゃないか」

「我にはどうにも、これが《魔剣》のすることとは思えぬのであるが……」

「しっかし、先輩たち遅いなー。ふたりとも掃除当番かな」

「いま思い切り無視したであろう。なあ?」


 問い詰めてくるクロをさらにスルーして駐輪場の方を見ると、ちょうど阿倍野あべの先輩が姿を見せたところだった。

 校舎沿いに速足で近づいてくる先輩に会釈して、声をかける。


「遅かったっすね」

「この暑さで体調を崩した人が出ましてね。保健室に連れて行ったんですが、どうやら保国ほくに先生はもう帰られてしまったようで。仕方ないので、職員室で手の空いている先生に引き渡してきました」

「先輩って、保健委員だったんすか」


 なんというか微妙だ。似合ってるようで、配役ミスのような。どっちかっていうと参謀委員的な雰囲気があるんだけれど、そんな委員会無いしなあ。


「そうそう。クロ君の記憶について調べてみたんですがね」

「何かわかったっすか」

「ええまあ。ほぼこれだろう、というところまでは来たので、あとは細かい記憶を元に証拠を固めていく感じでしょうかね」


 テスト前に送っておいた、奥能登で見た《魔剣》の記憶についてのメールから、先輩はクロの本当の名前を調査していたのだけれど。


「ってか、反応薄いな、クロ。お前の話だろ」

「ああ、うむ。そうであったな。しかし……」

「しかし、何だよ」


 俺と先輩の視線を受けて、クロは困ったような表情を見せた。


「このまま、真銘しんめいを取り戻して良いのかと、思ってしまってな」

「どういうことだよ」

「我が銘を失いこの姿となってこの地に()るのにも、何かゆえがあるやもしれぬ。であるならば、記憶を取り戻そうとすること自体が、意に沿わぬ行為ではなかろうか」


 おお、なんかクロが難しいこと考えてるな。でも正直、怖気づいたんじゃないかって気もする。

 先輩の方はといえば、クロの言葉になるほどなるほど、と頷いている。


「そういうことなら、調査結果について伝えるのはしばらく止しておきましょうか」

「我儘に付き合わせてしまっておるな」

「いえいえ、なかなか興味深いですよ。しかしそうですね、代わりと言っては何ですが、いろいろ性能実験してみたいところですねえ」

「うむむ」


 細い目をさらに細めて微笑む先輩に、クロはわずかに身を震わせた。いくら頑丈だからって、無茶したら多分ぽっきり行くんじゃないかと思う。

 助けを求めるようにこちらを見るクロに気付かない振りをしていると、ようやくやってきた拝島はいじま会長が視界に入ってくる。しかしその足取りは遅く、いまいちおぼつかない雰囲気だった。


「会長、大丈夫っすかー」


 俺の呼びかけに対して、右手を上げて応えてはきたものの、見るからに調子が悪そうだ。


「寝不足っすか」

「……それもあるけれどね、僕は暑いのが駄目なんだよ。こんな世界、いっそ滅びてしまった方がいいんじゃないだろうか」

「いや、さすがにそいつは」

「オリト君はなんだか暑いの平気ですみたいな感じじゃないか。これだから“炎憑き”は、ねえ」


 別に“炎憑き”だからって、物理的に暑いのに耐えられるわけじゃないんだけどな。


    ○


 物置の扉を開けた途端、中から流れ出してきた熱気に全員が撤退の意を示したため、俺たちは一旦解散することになった。

 アキと俺は自転車で、先輩たちはバスで駅前まで移動した。その後、ショッピングモールで合流してからドーナツ屋に入り、各自が注文を済ませてテーブルに座る。しかしあの部室、夏の間は使い物にならないかもしれないな。

 暑さに心底やられていた会長も、冷房の効いた店内でアイスコーヒーを一口飲んで、安堵した表情になった。どうやら世界の滅亡は避けられたらしい。


「それで、何だったかな。話すことがあったような気がするんだけれど」

「昨日のコトっす」


 ああ、そうだった、と呟いて、会長はストローを口にしたまま俺の方を見た。


「不審者情報をチェックしたことは?」

「なんすかそれ」

「おや、オリト君も高校のサイト見ていないのかい」

「見てないっす。俺のケータイ、一番安いプランなんで。確かランキングとかあるんすよね」


 なんか食べるラー油っぽい長ったらしい名前の奴とかが。会長も投票したりしてるんだろうか、と一瞬思ったけれど、それなら俺()とは言わないだろう。


「まあ、僕もちゃんと見ているわけじゃないから、オリト君のことは言えないのだけれど。アベノ君によると、学校近辺のニュースや不審者情報も見られるらしいよ」

「あー、なるほど」


 そういえば、入学したときにそんな説明があったような気がする。なんか世知辛い感じだなあ、と思った記憶がある。


不審者ふひんひゃ情報って、これですか?」


 横でドーナツを頬張りながら携帯電話を操作していたアキが、全員に見えるように液晶画面を見せてきた。画面には、ここ数日間に寄せられた何件かの注意情報が表示されている。


「公園とか裏道とかで、通り魔が出たって話みたいな」

「まあ、読んでみてくれたまえよ」


 先輩たちに促されるまま、俺とアキで交互に内容を読み上げていく。

 時刻は日没後から明け方、場所は人通りの少ない住宅地などで、どれも見知らぬ人物から鋭利な刃物で切りつけられたという報告だった。


「いや、こんなん普通にニュースになる事件じゃないか?」

「しかし、新聞にはそれらしい記事は出ていないし、テレビでも報道されていない」

「被害者の人たちの話がどうもおかしいようで、報道されないのはそのせいでしょうね」


 事案のひとつを選んで、詳細を確かめてみる。


「“確かに怪我をしたはずなのに、朝になったら傷が消えていた。夢だったかもしれない”……何だこれ?」

「ちなみに、昨日の被害者も朝には“呪い”が消えていた。精神的な消耗はそのままだったけれどね」


 会長が補足することで、ようやく話がつながってきた。


「つまり、昨日のアレは、呪いを振りまく連続通り魔の仕業ってことっすか」

「恐らくは。僕たちは二日前から調査を始めているけれど、実際の被害者は報告の数倍はいるだろうと思われる」


 下手に霊感があって“怪我をした”と錯覚した人だけが通報しているってことか。そうでなければ、熱中症か何かと勘違いするんだろう。


「それにしたって、昨日のは見た感じかなり酷かったっすけど」

「確かに、そうだったね。どうやら日が経つにつれて“呪い”の力が強くなっている節がある」


 携帯電話を操作して、昨日登録されたらしい別の事案を見てみることにする。


「えっと。“大きな剣を持った髭面の大男がいきなり襲ってきたと、うわ言のように呟いていた”ってのは、別の人が通報した内容か」

「こんなに報告があるのに、犯人の目撃情報は全然無いんねー?」


 最後のドーナツを食べ終えたのか、しばらく静かだったアキが横から口を挟んできた。


「ってか、お前どこまで昨日の話知ってるんだ? 俺は話してないよな」

「学校でクロちゃんから一通り聞いたよ。私は役に立てそうにないから家で大人しくしてるけど、どうせオリコはクロちゃんとエーコ先輩と一緒に、悪霊退治するんでしょ」


 一通り情報を見終わった携帯電話をバッグに収めると、アキは少し咎めるような目つきで俺を睨んでくる。


「やるかやらないかって話だったら、まあ」

「いや、手伝ってくれるというのなら正直助かるけれど、今回はかなり危険だよ」


 答えようとした俺を遮って、拝島会長が口を開く。会長は手に持っていたアイスコーヒーのカップをテーブルに置き、真面目な表情で言葉を続ける。


「さすがに同好会として活動するレベルの話ではないし、月曜日には本部から応援が来るはずなんだ。オリト君が無理をする必要は無いからね」

「クロの奴がいるから、まあ“呪い”に関しては大丈夫じゃないすか。手に負えない相手だったり、土日で解決できなかったりしたら、後は本職に任せる感じで」


 この先も同じようなことが起きないとも限らないし、先輩たちから対処法を教えてもらういい機会だ。別に興味本位で参加しようってわけじゃない。

 腕を組んで思案していた会長は、しばらくしてからゆっくりと頷いた。


    ○


 太陽は既に西の山の向こうに沈んでいて、街灯がまばらに灯り始めている。いったんアパートに戻って私服に着替え、仮眠をとってから外に出てきたところだ。

 橙から深い青色へと変化しつつある景色の中、自転車に乗って駅前に向かう途中で、阿倍野先輩からのメールが携帯電話に届いた。自転車を止めて内容を確かめていると、クロの声が頭の中に流れてくる。


(どうであるか)

「今のところ警察も救急も動きなし。予定通りに市街地の北側を回ってくれってさ」

(ふむ)


 警察の動きとかどうやって把握してるんだか気になるものの、とりあえずそれは置いておいて。

 昨日までに被害があった場所を中心に、会長かクロが気配を探知するまで巡回を続けることになっている。


 踏切を渡り、駅前の通りを走って市街地へと入った。週末の夜であっても、駅前から離れてしまえば人通りは少なくなる。

 まっすぐ走っていると、ほどなくして海沿いの道まで辿り着いてしまった。正面に見える七尾の内海は既に暗く、その先にあるはずの能登島の姿も見えない。


「で、どうだよ」

(今のところ、気配は感じぬな)


 海岸沿いに少し走ってから、再び駅前方面へと向かう道に入る。時間的にはもう出てきていてもおかしくない。今日に限って休養日とかは勘弁して欲しいところだ。

 駅前の近くまで戻ってきたところで、再びクロの声が聞こえてきた。


(オリトよ)

「っと、出たか」


 自転車を止めて、ポケットから携帯電話を取り出す。拝島会長に対する発信は、数回の呼び出し音の後に通話状態になった。


『はい、お待たせ』

「クロが探知しました。小丸山公園の北側っす」

『結構遠いねえ。急いで向かうけれど、無茶はしないようにね』

「うっす」


 再び自転車を走らせ始める。無茶はしない。しかし、のんびりしているつもりもない。


「どっちだ、クロ」

(右である)


 クロが示したのは市街地の端の方、温泉街や能登島へと向かう県道がある方角だった。指示を聞き逃さないように気をつけながら、ペダルをこぐ足に力を入れた。


「距離は?」

(判然とせぬ。が、昨日よりはっきりと感じるな。あの女の云う通り、日毎に力が増しておるのか)

「放っておいたらそれだけ厄介な相手になるってことだよな」

(しかし、この血生臭い“赤”の気配、“狛犬”よりも性質が悪いように思えるわ)

「“赤”、ねえ」


 色で例えられても良く分からないのだけど。“黒小人”の悪意とは違う感じなんだろうか。


(次の角を左。動き始めたようである)

「おう」


 速度を落として角を曲がったところで、交差点近くの道路脇に停められていた赤い小型車にぶつかりそうになって、両手でブレーキを握り締めた。

 横向きに方向転換しつつ、自転車から飛び降りて足でもブレーキをかける。

 ギリギリのところで回避に成功した俺は、迷惑駐車の犯人を確かめようと運転席を覗き込んだ。しかし、エンジンがかかっていてヘッドライトもついているのに、中には誰も乗っていなかった。


「ってか、これ保国先生のか?」


 天井部分が白い特徴的な車は、先生が運転していたのと同じもののようだ。後部座席を覗き込もうとして、すぐに思い直す。今はそれどころじゃない。

 前を向く。車のヘッドライトと古い電灯が照らす路地の先に人影が見えた。道路の真ん中に倒れている女性と、その横にしゃがみ込んでいる白衣の男。周囲には、女性のものらしいバッグや買い物袋が落ちている。


 男はゆらりと立ち上がると、こちらに向き直った。白衣のあちこちが、紅く染まっているのが“見える”。

 その大柄な男の、左手で顎鬚を擦る仕草。夕闇の暗さでも、その顔は間違えようがなかった。

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