表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔剣の品格  作者: 時雨煮
魔剣転生
12/33

拾壱、資格と覚悟

 薄曇りだった空にはいつしか黒い雨雲が混ざり始めていて、再び雨が降ってくるのも時間の問題と思われた。

 高校生五人と気を失っていた作業員ふたりを乗せた満員御礼状態のワゴン車は、下り坂のカーブを法定速度ぎりぎりのスピードで走り抜けていく。

 そうなると当然、急なステアリング操作の余波は車内の人間に向かうことになるわけで。


「あーもう駄目、吐くかも……」

「しっかりしろ仁谷にたに、諦めるなッ」


 車体の前後には若葉マークが燦然と輝いている。ハンドルを握る拝島はいじま会長の進撃はとどまるところを知らない。


 暴れていた“狛犬”を仕留め、ブルドーザーを止めた後、会長はプレハブ小屋の中から重機のスペアキーを探し出した。

 助け出した作業員はすぐに意識を取り戻したものの、衰弱が激しかったため、建設会社のワゴン車で病院まで運ぼうという話になった。しかし、会長が運転免許を持っていたとは意外だった。


 途中で仁谷ともうひとりの作業員を乗せて、車はいったん仁谷の祖父母の家に立ち寄った。そして、預けていた荷物を受け取り、会長と先輩がそれぞれどこかに連絡を取ってから、挨拶もそこそこに麓の市街地にある総合病院へと向かっている。


 助手席の阿倍野あべの先輩や二列目に座っている仁谷はかなり血の気が引いている。先輩はともかく仁谷は怪我人なんだから、もうちょっと考えてやって欲しい。

 俺はふたりの作業員がこれ以上余計な怪我をしないように、最後列の真ん中に座って時折支えている。


「アキ、そっちは大丈夫か」

「ん。変なのに取り憑かれるより全然楽だよ」


 仁谷の隣に座っているアキは、振り向いて元気そうに答えてきた。顔色を見るかぎり、強がっているわけではなさそうだ。

 どうも納得いかないが、そういうものらしい。


「会長ッ、もうちょっと、ゆっくり」

「頼むから今は話しかけないでくれたまえアベノ君」


 頼むから今は対向車が来ませんように。そう願った後のことはよく覚えていない。


    ○


 病院の待合室で、青色の長椅子に座って仁谷の診察が終わるのを待っている。ということは、どうやら無事に病院までたどり着けたらしい。

 家に電話をかけてくると言って歩いていくアキを見送りつつ、周囲を見回す。壁際で荷物番をしている阿倍野先輩が見える。

 いつの間にか手に持っていたペットボトルの紅茶を一口飲んで、床に向かって長々と息を吐いた。


「会長の運転する車には乗らないようにしよう……」

「奇遇だね。僕も同じことを考えていたよ」


 横を向けば、疲れた顔の拝島会長が隣に座っていた。会長は薄く笑うと、俺と同じように溜め息をつく。普段の会長からは考えられないレアな仕草だった。


「ってか、運転免許なんて取ってたんすね」

「こっちに転入する前にね。身分証明が楽だからと言われて取ったんだが、まさかこんなところで運転することになるとはねえ」


 和倉高校に来る前ってことは、去年の夏頃だろうか。何だか年齢制限的に計算が合わない気がしたけれど、深く考えるのは止しておこう。

 それよりも、確かめておかないといけないことがいくつかある。車の中ではとてもじゃないが聞けなかったし。


「お社の調査はもういいんすか」

「ああ。あの場所にはもう“歪み”は残っていない。社は土砂崩れで無くなってしまったし、そのせいで暴走していた“狛犬”は退治した。要石かなめいしの力も感じられなかったから、再建は難しいかな」

「そういや気配消してたはずなのに、何で戦ってたんすか」

「二体目が君の方に向かおうとしていたから、注意を引きつけようと隠形を解いたんだが、問答無用で攻撃対象になってしまったよ」

「“狛犬”の奴、アシハセとかヤマトとか言ってたんすけど」

「ふむ……となるとやはり、かなり古い社だったんだろうねえ」


 考えを整理するように何度か頷いた後、会長は俺の方を見て問いかけてきた。


「昨日、電車の中で君の名字の話をしていたのを覚えているかな」

蝦夷えみしの征伐がどうとかって奴っすか」

「うむ。その話の中で大和朝廷の水軍が戦ったという北方の異民族が、粛慎あしはせと呼ばれている。あの社は、東北のまつろわぬ民や大陸の異民族に抗する守護を願って建てられたのだろう」


 千何百年も前に建てられた神社が、いつの間にか本殿を残して無くなって、その辺りの来歴も失われてしまったということか。


「でも、なんで“鬼門さま”なんすかね」

「能登半島が、大和朝廷から見たら北東にあったからかな」


 なるほど。“狛犬”が俺を排除しようとしてきたってことは、本当に北方の血筋なのかもしれないな。


「さて。僕の方からも、オリト君に聞いておかなきゃならないことがある」


 会長はそう言うと、身体を少しだけこちらに向けて、表情から笑みを消した。


「何すか、改まって」

「《魔剣》を手放す気は無いかい?」


 言葉の意味を理解するのに、少しだけ時間がかかった。《魔剣》というと、つまり。


「クロを、っすか」

「本来の力を失っていてなお、崖をも両断したあの一撃。高校生の君が持つには余りにも大きすぎるとは思わないかな」

「それは……」


 確かに、あの暴発が市街地で起きていたら、大変だったろうと想像できる。けれど、おかげでブルドーザーを止められたのは確かだ。


「今回の件は、完全に秘匿しておくことができない可能性がある。君が《魔剣》の所有者であるということが知られれば、今回よりも危険な目に遭うことも考えられる」


 クロの力を狙ってやってきた能力者たちの異能バトルが大勃発、とかそういう感じだろうか。いまいち想像できないけれど。


「もし了承してくれるなら、《魔剣》が然るべき場所で適切に保管されるように計らうことができる。当然、君には相応の対価が支払われることになる」

「保管っつーと、どんな感じに?」

「悪用されないよう厳重に管理しつつ、その力を研究することになるだろうね」


 ああ、そうか。“極秘の退魔機関”的なモノがあるんだとしたら、拝島会長がその一員だとしても不思議じゃない。

 しかし、どうだろうか。会長は信用できる人だと思うけれど、その厳重に管理、って方には問題無いんだろうか。


「君に《魔剣》を持つ資格が無いと言っているわけじゃあない。ただ、持ち続けるには覚悟が必要だと思うよ」


 会長の言いたいことはわかる。普通の生活を送っていくのに、クロを持っていることはデメリットにしかならないだろう。

 それでも、すぐに手放せるかというと難しい。修学旅行のときにはアキを守れた。ついさっき“狛犬”と戦った。そして、王と対話する《魔剣》の記憶を見てしまった。


「何にせよ、答えは今すぐじゃなくていい。クロ君も力の大半を費やしてしまったようだし、君との相性も悪くは無さそうだから」


 考え込む俺に対して、会長はそれだけ言うと、表情を崩して元の姿勢に戻った。


    ○


 左腕にテーピングをした仁谷が戻ってきたのは、それからしばらく経ってからだった。


「ちょっとヒビ入ってるかもしれないから、一週間はあんまり負担かけるなってさ」

「悪ぃ、仁谷。怪我させちまった」

「いいってことよー。縁部へりべ君は悪くないし、これはテスト勉強に集中しろってことじゃんね」


 右手を振って元気アピールする彼女に対して、立ち上がった会長は頭を下げた。長い黒髪が肩から流れていく。


「どちらにせよ、責任は会長である僕にある。何か不都合があったら何なりと言ってくれたまえ」

「い、いやいや、カイチョーさんもこんなとこで謝んないでー」


 周囲からの注目を集めて慌てふためく仁谷。確かに待合室でこんなやりとりは目立ってしまうな。

 全員がここで待っていても仕方ないし、ひとまず外に出ていようかと立ち上がる。


「ああ、そうだ、縁部クン」


 近付いてきた阿倍野先輩は、俺に荷物を手渡しながら言葉を続けた。


「自分と会長はまだ建設会社の人との話が残っているので、三人で先に帰宅してもらえますか」

「あー、了解っす」

「迎えの車がそろそろ来る筈ですから、もう少し待っていてください」

「迎えって、駅までそんなに距離無いんじゃ?」

「家まで送ってもらう車ですよ。君たちもお疲れでしょうから」


 始発駅から終点まで乗ってるだけだから、手間や苦労は大したことないと思うけれど。と言おうとしたとき、先輩がポケットから携帯電話を取り出した。

 新着メールを確認したらしい先輩は、携帯電話を戻しながら入口の方を指差した。それにつられて顔を向けると、入口から見覚えのある人物が入ってくるのが見えた。


「どうやら着いたようですね。では、また明日、部室で」


 急いで離れていく先輩に、近付いてくる白衣の大男。というか、この人は休日でも白衣を着てるのか。

 保国ほくに先生は俺の正面に立つと、いきなり拳骨を俺の頭に落としてきた。


「──ッ」

「阿倍野は逃げたか。まあいい、明日呼び出してやる」


 頭を押さえて苦悶する俺や周囲の視線には構わず、先生は近くにいたアキに話しかける。


兼塚かねづか、仁谷はどうした」

「いま名前呼ばれて窓口に行って……あれ? 保国先生、なしてここに?」

「お前らの先輩方に呼ばれたんだよ、怪我人がいるから運んでくれってな。まったく、教師を何だと思ってるんだか」


 顔を上げれば、憮然とした表情で顎鬚を擦っていた先生と目が合ってしまう。


「何があったか知らんが無茶するな。女子に怪我させるな。あと休日を返せ」

「……すんません」


 返す言葉も無い。会長か先輩のどちらかが、保国先生に連絡して無理矢理来させたのだろう。

 しかし、休みだったんなら断っても良かったんじゃないかと考えていると、先生は少しだけ表情を崩した。


「最後のは冗談だ。生徒が困ってるのを放ってはおけんしな」


 それだけ言って、先生は窓口の方へと目を向けた。


    ○


 薬を受け取って戻ってきた仁谷に状況を説明して病院の外へと出る。暗くなった空を見上げれば、とうとう雨が降り始めたところだった。

 急ぎ足で駐車場に移動して、赤い小型車のトランクに三人分の荷物を放り込む。


「こんなことなら片付けとくんだったか。仁谷、適当に後ろに放り込んでおいてくれ」

「ほいさ」


 助手席側から後部座席に乗り込んだアキが、チラシや郵便物、医学書らしい分厚い本を上から次々に落としてくる。

 いや、さすがにもう少し丁寧にやった方がいいと思うぞ。俺のじゃないから言わないけれど。


「後ろは狭いから、仁谷は前に座った方がいいだろうな」

「オリコ、はやくー」


 急いでトランクを閉めて、助手席のドアから後部座席に滑り込む。背もたれを戻して助手席に仁谷が座り、運転席に先生が乗り込んでくる。

 小さい車体が揺れ、ダッシュボードの上に置かれていた小さな白い箱が助手席の下にことりと落ちた。


「すまんな、仁谷。邪魔じゃなけりゃ、とりあえずそのままにしといてくれ」

「あ、はい」


 それを拾い上げようとした仁谷を、先生が制止した。そのままエンジンをかけ、窮屈そうにシートベルトを締める。それを見て、俺たちもシートベルトを引っ張り出す。


「ってか、なんでこんな車なんすか」

「あ? ミニ馬鹿にしてんのか?」

「してねっすよ。ただ、先生とサイズ合ってないってだけで」


 ミラー越しに俺を睨んでいた先生は、「なんだ、そんなことか」とシフトレバーを動かし始めた。


「往診するのにな、小さい方が小回り利いていいんだよ」

「でも狭くないっすか」

「シート替えてあるから、そうでもないぞ」


 頭が天井にぶつかりそうに見えるんだけれど。どうやら問題無く運転できるみたいだし、これ以上は何も言わないでおこう。


    ○


 何というか、会長とは比べるべくもない安全運転で、保国先生の車は国道を南下していった。

 途中、西岸にしぎしの辺りで弁当のことを思い出し、道の駅の休憩所で弁当を広げたり、紛れ込んでいた先輩の分の弁当を先生が頂いたりした以外には特に変わったことも起こらず、学校までの道のりは順調だった。


 裏側の通用口から入った車は、校舎から部室棟へと通じる渡り廊下に横付けされた。学校の駐輪場に自転車を置いていた俺は、アキに続いて運転席側から車を降りて、車内を振り返る。


「じゃあ、仁谷。もう大丈夫のはずだけど、何かあったら連絡くれよな」

「ん。レポート出来上がったら教えてね」

「先輩に言っとくよ」


 非公認だけれど一応は同好会ということで、阿倍野先輩は事件のたびに二種類の報告書を書いている。ひとつはありのままを書き留めた身内向け、もうひとつは差し障りのある部分を省略したり脚色したりした学校向けだ。仁谷には、どっちを見せることになるんだろうか。

 座席を元に戻した先生が、仁谷に向かって話しかける。


「ちょっと保健室に行ってくる。すぐ戻るから待っててくれ」

「はい」

「お前らは真っ直ぐ帰るんだぞ」

「うっす」


 荷物を取り出しつつ返事をする。雨は止みそうにないし、そもそも寄り道する気力なんてもう残っていない。

 適当な挨拶で先生と別れ、雨合羽を着て校舎沿いを歩く。あちこちに水溜りができ始めているグラウンドを見ながら、自転車置き場へと辿り着く。

 自転車のカゴに放り込んだスポーツバッグから鍵を取り出そうとしたとき、黒い木刀に手が触れて、クロの声が聴こえてきた。


(ここは、学校であるか)

「学校であるよ。何だ、寝てたのか」

(いいや。“狛犬”とやらから得た力を安定させるのに集中していたのであるが……ふむ)

「とりあえず、話は後でいいか?」


 寒くは無いけれど、このじめじめした空気の中で長話は遠慮したい。アキも待ってることだし。


(どうも強い気配を感じたのだが。いや、まだ力が落ち着かぬ故の、勘違いだったやもしれぬ)

「何だよ、気になるな」

「オリコー?」

「ああ、ちょい待ち」


 木刀から手を離して、自転車の鍵を取り出す。バッグが濡れないようにビニールを被せて、通用口へと向かう。

 《魔剣》の記憶に、資格と覚悟。これまで、将来のことなんてあまり深く考えたことは無かったけれど、俺はこの先どうなっていくんだろうな。


 ……まあ、いま最優先にするべきなのは、期末テストの勉強なんだろうけど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ