第9話:RPGのバトル
「ちょっとぉ…!何で羽稀ってば私を置いて藤峰さんと帰ってるのよっ」
怒り口調の茗の声を聞いて、羽稀の肩がピクンと反応する。
恐る恐る羽稀が振り返ると、やはり茗は眉を釣り上げて睨みをきかせていた。
動けもしない様子の羽稀と、嫌悪の表情を浮かべている紗織に、茗は素早く駆け寄った。
「羽稀、聞いてるの?」
羽稀は、どこからどう説明すれば良いのか全くわからず、結局助けを求めるようにウサギのような目で紗織を見る事しか出来なかった。
紗織は羽稀のそんな視線に気づいて、眉をしかめながら茗に毒づいた。
「別に、樋口が誰といつ帰ろうが勝手だろ」
あまりの態度にすかさず茗も反撃をする。
― 紗織VS茗 ―
ファイトッ!
「勝手じゃないもんっ、言ったでしょ?私は羽稀の彼女だって」
茗の攻撃は紗織にヒット!ダメージ30。
いつもは穏やかな茗も、紗織の態度を前にして、いつになく強気だ。
…火花が散りに散っている事は言うまでもない。
二人ともものすごい速さでつかつかと並んで歩いている。
羽稀はというと小走りで、二人に追いつくのがやっとといった感じだ。
「そんな事聞いた覚えはない」
紗織の必殺技“すっとぼけ”が茗にヒット!ダメージ50。
「ずるいっ、すっとぼけないでよっ」
茗の攻撃を紗織はヒラリとかわした。
「何でも良いけど、随分束縛心の強い彼女だな」
追い討ちをかけるように紗織の攻撃がヒット!ダメージ20。
「な…っ、言ったわねぇっ。ちょっと羽稀も黙ってないで何とか言いなさいよ!」
「そうだよ、樋口!!何とか言えよっ!!」
矛先は完全に羽稀にロックオン!!羽稀にダメージ200。
二人は突然足を止め、今まで後ろをついてくるだけだった羽稀に詰め寄った。
ハムスターのようにオロオロするばかりの羽稀が、あまりにも可哀想だ。
「あ…っ、の…―」
『男ならハッキリしろ!!』
クリティカルヒット!羽稀に大ダメージ。
羽稀はもうろうとした意識の中でこう思った。
(誰カ助ケテクダサイ。上手ク呼吸がデキナイノデス)
「近所迷惑だよ」
羽稀の声を、神様はちゃんと聞き逃さなかったようだ。
その声の持ち主は苛立ち気に微かに眉をひそめて、そこに立っていた。
(ナツだ…。神様ありがとうっ!!…あぁ、ナツが天使に見える…)
羽稀に仲間が増えた。チャラララッチャラ〜♪
「何でナツってばここにいるの?」
茗は今まで怒っていた事を忘れ、以外な人物が現れた事にすっかり興味が移っていた。
「僕がここに居るのならば、それは多分ここが茗の家の前だからでしょう」
茗は、ナツにそう言われて初めて気がついた。
「…ここ私の家じゃん!!」
ナツはイライラした様子で、腕を組みながら足を小刻みに踏み鳴らして、茗の家の塀に寄りかかっていた。
「どうしてそれを僕に言われなきゃ気がつかなかったのか、ミステリーだね」
長時間留守番を喰らったからだろう、ナツは朝よりももっと子憎たらしかった。
「…ところでさぁ、そっちのお姉さんは何?茗の新しい友達?」
ナツは紗織をじっと見つめた。
紗織も稀に見る美少年に目を見張っている。
「紗織よ、藤峰紗織よろしく。君は水無月の…弟?」
「残念だけど違うよ。強いて言うなら僕は茗のクラスメイトかな。ナツって言うんだ」
ナツは、決して羽稀には見せないような素晴らしい(余所行きの)笑顔で紗織に言った。
「とにかくさ、別に僕は『近所の人にジロジロ見られて嬉しがる』ような趣味は無いんだから、家の中で話すべきだと思う訳だよね」
可愛らしい笑顔とこの毒舌の激しいミスマッチがどうにも絡みにくい。
紗織のナツに対する第一印象は、『可愛い子だけど、生意気だな』だ。
たぶん、おそらく。
ほとんどの人がそう思うんじゃないかと思うけど。
「それはさ、羽稀が悪いんじゃないの?騒いでた二人もどうかとは思うけどね…―」
羽稀は茗の家に入ってからずっと、ナツにグチグチ言われていた。
「あたしは樋口に用事があったから一緒に帰っただけだ」
沙織はいやに落ち着いた様子で、家の中を眺め回しながらそう言った。
「用事って何よぉ」
茗はまだ不機嫌そうな表情を浮かべている。
「別に、もうすぐテストだから勉強教えて、って言っただけ。樋口も良いって言ってくれたし」
「ウソ!羽稀良いって言ったの?」
茗はキッと羽稀を睨んだ。
羽稀は言葉を詰まらせ、ナツをチラリとみた。
ナツは「仕方ないなぁ」とでも言いたそうに大きくため息をついた。
(まぁ、タジタジになる理由もわかるけど…ね。情けないなぁ)
「じゃあみんなで勉強すればいいんじゃないの」
ナツは男の情けとばかりに助け船を出す。
それを聞いて、羽稀は激しく頷いた。
「お、俺は別に良いけど…。二人はいいの?」
「いいわよね?藤峰さん」
「どうぞ、ご自由に」
二人とも、笑顔で火花を散らしている。
(笑ってれば二人共モテるけど、こうなると誰も敵わねぇな…)
「明後日は土曜日だからその日がいいんじゃない?」
「そうね、その日がいいな。羽稀もそれでいいよね?」
「…いいけど、どこでやるの?」
「羽稀の家でやってもいいんだけどねぇ、私の家でやる方が親も居なくて気楽でいいわよね?」
「…それとは違う理由で、俺ん家じゃない方が嬉しいよ」
羽稀はそう言って笑ったが、かなり引きつっていた。
「茗、僕その日は用事があるから出掛けるね。帰ってくるのは夜になると思うから」
ナツは思い出したようにそれだけ言うと、二階に消えた。
「…そういえば、樋口の家ってこの近くなの?」
「近くって言うか、この家の向かいの家なんだけどね」
「ふーん」
沙織はそう言って、窓から羽稀の家を見た。
「おい、藤峰。俺も、もう家に帰るからお前も帰れ」
「うっわ、偉そー。」
笑いながらそう言う沙織の頭を、羽稀は軽く叩いた。
「アホ。いくら夏だから日が落ちるのが遅いって言ったって、こんな時間に女が一人で出歩くのは危険だっつってんだよ。俺が珍しく気を使ってやってんだから、大人しく言う事聞けよ」
「ハイハイ、わかってるってば」
沙織はすばやく立ち上がって、玄関へと急いだ。
「じゃあね羽稀、藤峰さん」
茗の不機嫌はすっかり直っていて、笑顔でそう言った。
羽稀が(お向かいの)家に帰ると、見計らったように電話が鳴った。
今日は部活で散々走らされた挙句女のバトルに巻き込まれ、ヘトヘトだった羽稀は電話に文句を言いながら受話器をとった。
誰だよ…くそっ
「…―もしもし、樋口です」
「樋口か?俺だ」
嫌になる程聞き飽きた熱血部長の声が聞こえただけで、羽稀はドッと疲れるような感じがした。
「…あぁ、部長ですか。どうかしたんです?」
しかしその気持ちを隠すように、羽稀はわざとらしく明るく返事をした。
「お前今日、ちゃんと走っていたようだな」
「そうですよー、部長が言った通り走りましたよ」
「ほほぅ、俺が『20週走れ』と言った通り15週きっかり走ったようだな」
「はいっ、そうなんです…って、え…?な、何で知ってるんですか?!」
「フフフ、俺を侮ってはいかーん!!まぁ、15週は走ったようだから、明日走るのは10週でいいぞ、樋口」
部長の優しさが微妙すぎる…っ
「ま、また走るんですか…っ」
「誤魔化せると思うなよ樋口!!フフフ…―ガチャ、ツ―…ツ―…」
羽稀は受話器を握り締めたまま愕然とした。
(恐るべし熱血部長…っ、何で15週しか走って無い事知ってんだ部長…!こわ…っ)
羽稀がしばらく筋肉痛でダウンしたことは言うまでもない。
大分久しぶりの投稿になってしまいました↓↓私も高校受験でそりゃぁもう大変でしたヨ(‐‐;)しかし!それももう終わり!無事受かりましたぁ!パチパチ・・・―改めまして、李と書いてスモモと読む、こんにちわ♪これからは出来るだけ早く、たくさんの作品を書いていきたいと思っています。なにとぞよろしくお願いしますm(__m)ペコリ。すももでした☆