第8話:空しい少年
「あれ樋口、部活終わったんじゃないの?何で外周してんの」
「お前のせいじゃ、どアホっ!」
羽稀は息を切らしながら、後ろから走ってついて来る紗織をどついた。
「いたっぁ。何、私のせいなの?」
「半分、な」
「・・・あと何週走るの?」
「5周走ったからあと15周だけど」
「そ。じゃあ、半分が私のせいなら10周だけ一緒に走ってやるよ」
紗織は羽稀の右隣につくと、出来るだけ羽稀のペースに合わせて走ってくれた。
「・・・俺、もっとペースあげようか?陸上部のお前からすると、このペースじゃ遅いだろ」
「そうでもないよ。私は短距離と高跳び専門だから持久力はあんまり自信ないんだ」
(それに・・・出来るだけ一緒に居たいし・・・ね)
いつもは憎まれ口の一つでも言い合える仲なのに、改めて二人っきりになると、二人とも言葉を交わせなくなってしまった。
「・・・そういやぁ、俺に用事あるっつってたよな、藤峰。何だよ」
無言で走るのに堪えられなくなった羽稀は、さも今思い出したかのようにそう言った。
「あぁ、そうだった。ホラ、来週テストがあるだろ?でも、今回全然勉強わかんなくてさ。勉強教えて貰おうかと思ったんだけど、ダメかな・・・?」
沙織は、頼み込むように手をパンッと合わせた。
「・・・ふーん、藤峰って成績は悪くねぇけど、頭は悪りぃのな・・・―」
(ゴン・・・ッ!)
ふざけてそう言う羽稀の後頭部を叩いて、沙織は素晴らしくいい音を出した。
「いて・・・っ!」
「だからこうやって頼んでるんだろ、余計なお世話だよっ。樋口は頭いいからいいよな!」
沙織は不機嫌そうに顔を歪めて毒づいた。
「・・・頼んでる態度とは思えないけど―」
「何か、言った・・・?」
「なんでも無いッス」
とか何とかやってるうちに、いつの間にか早足になっていたせいだろう。
あっという間に10周は走り終わった。
「はぁ・・・っ!疲れた・・・〜。樋口はあと5周残ってるんだっけ?」
「ふぅ・・・〜、まぁな。・・・一緒に帰るんだっけ?すぐ走ってくるからちょっと待ってろ」
羽稀はまだ息も落ち着かない状態ですぐまた走り出そうとしたが、沙織に腕をつかまれ、引っ張り戻された。
「も、いいんじゃない?十分走っただろ。もうすぐ暗くなっちゃうし帰ろうよ」
「ば・・・っ、何言って・・・」
「誰も見てないんだし、いいじゃんっ。さ、帰ろ!」
そのまま納得いかない様子の羽稀を、沙織は無理やり引きずってスタスタと歩いていった。
(だ、だったら最初から走らなくてもよかったじゃん・・・!)
何だか無償に虚しさを感じる少年が、ここに一人。
「でさぁ、勉強。教えてくれるの?教えてくれないの?」
腕を組みながらなんともでかい態度の沙織。
「だ、っから。その偉そうな態度は何なんだ・・・?!」
「・・・別に、嫌なら嫌って言ってくれれば・・・」
沙織はでかい態度から一変して、急に申し訳なさそうにうつむいた。
「な・・・っ、べ、別に嫌じゃねーよ・・・」
「・・・本当に?」
「あぁ、・・・俺は嘘は言わねぇ」
羽稀は沙織の表情を伺うように、静かに言い放った。
すると、たちまち沙織の表情はパァッと明るくなった。
「樋口、ホントだなっ?約束だぞ」
「お、まえ、・・・俺を騙したなっ」
「何とでもいいなっ、勉強教えてくれるんだよな?嘘は言わないんだよな?」
悪戯っぽく笑いながらそう言う沙織に、羽稀はグッと言葉を飲み込んだ。
(してやられた・・・っ!)
何だかとてつもなく空しく感じる少年が、ここに一人。