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僕等 〜約束〜  作者:
27/28

第27話:影と陰

 文化祭の直前まで学校全体はバタバタとしていてざわついた空気に包まれていたが、文化祭当日の朝はあまりにもあっさりと訪れて少し拍子抜けするくらいだった。こういったイベント事というのは存外そのようなものだと思う。待ち望んでいた時間が長すぎるせいで、肝心なイベント当日はあまりにも淡白であるかのように感じてしまうことがある。そんな風に考えるようになったのはいつからだろう?子供の頃は待っている時間も、その時も、帰路も何もかもが楽しくてたまらなかったのに。

 でもきっと、茗はそんな風に考えた事はないだろう。茗はいつだって天真爛漫で、純粋そのものだ。俺はそんな茗が大好きでたまらないけど、自分の擦れた部分が浮き彫りにされるような気持ちになって、少し疎ましく思う事がある。俺には茗がピュアすぎて、羨ましくも思うし眩し過ぎる時もある。

 そんな事を考えながら、俺は朝一番で学校に来た。まだ人の気配はなく、しんと静まり返っている。その静けさの中で、文化祭のために飾り立てられた校舎は、騒ぎ出したい気持ちを抑えているようだった。

 俺は学校に着くなり真っ直ぐ演劇部の部室に向かった。



「いいわね…みんな。練習の通りにやれば何の問題もないわ…。水無月さん…緊張する必要はないわ。あなたが楽しむ事が出来れば、観客も楽しめるわ…」

 いつもは多少怖くすら見える帷原まなみの無表情も、開演を5分前に控えたこの場においては、みんなの落ち着きを取り戻す事に大いに貢献しているように思えた。

「じゃあ、茗。後は俺は観客席の方で見てるから。頑張れよ」

「うん。でも羽稀…、結局犯人は誰だったの?」

「そうですよ!樋口くん。もし分かっているのなら放置しておくのは危険ですよ!」

「あー。その事なら大丈夫!話は後でするから今は本番の事だけ考えておけって。茗、俺を信じて」

「……わかった。羽稀の事は信じてるから大丈夫!」

 楓はまだ、心配そうな表情をしていたが、茗がすっかり安心しきっている様子を見て、渋々スタンバイに入った。

「樋口、そろそろ行くよ」

 藤峰に呼ばれて、俺は帷原部長が空けてくれた席に座った。藤峰は最初こそ、他人事のような言いぐさだったが、なんだかんだと演劇部の手伝いをして、衣装を作り直したり、スタッフ的な事をやってくれた。「藤峰は良い奴だからな」と俺がにやにやしながら言うと照れながら「うるさいな」と言ったが、俺はそんな藤峰を少し可愛いと思った。

 「まもなく演劇部によります『ロミエットとジュリオを開演致します」というアナウンスが流れて、程なく照明がすべて落ちてあたりは真っ暗になった。そしてほんの少しのライトが照らされ、楓扮するロミエットと茗扮するジュリオのシルエットが映し出された。

「しかし帷原部長は本当にすごいな」

 俺が感心したようにそう言うと、藤峰も同じように感嘆の声を漏らした。

「確かに。まさかライトで映し出されるシルエットだけで演劇をやるなんてね」

 映し出されるシルエットの演劇はとても幻想的で美しかった。顔も表情もわからないが、むしろどんな表情なのかを観客に想像させる事が狙いだ。これなら衣装もシルエットだけに気を使えば良いので、簡単に作り直すことができた。短期間しか残されていない中、このアイデアを思いつき、すべての段取りを整えてしまった帷原まなみは天才だと、誰もが思った。

「ところで、樋口。結局犯人は誰だったんだ?」 

 藤峰は、回りには聞こえないくらいのトーンで俺に耳打ちしてきたので、俺も同じように藤峰に耳打ちをした。

「あぁ、犯人は実は……」



「やっぱり犯人はお前だったか、出来れば違って欲しかったんだけど」

 誰も居ないはずの演劇部の部室に行くと、俺の予想通り犯人…と思しき人物がそこに居た。

「バスケ部マネージャー、笹原やすみ」

 俺が名前を呼ぶと、その人影は少し遠慮がちにこちらを振り返った。肩にかかる程の長さの髪をサイドに流すようにして一つに縛り、大きなくりっとした目でこちらを見つめ返すその姿はやはり、普段部活で良く目にしている笹原やすみ本人であった。

「樋口先輩、何言ってるんですか?私は……演劇部が今日ちゃんと公演できるのかどうか心配で、自分のクラスの出し物の準備のついでに衣装の様子とかを見に来ただけで……」

「いや、いいんだ。わかってるんだよ。そもそもそれがおかしかったんだ」

「??どういう意味ですか?」

「この間この部室の前であった時、俺が言っただろ?部室が荒らされてて……って」

「そうです!だから私大変だと思って、衣装作りとか手伝いますって……!」

「だからさ、俺言ってないんだよね」

「え?」

「演劇部の部室とは言ってなかったんだよ」

「っ……!」

 笹原は絶望的な表情で、膝からガクンと崩れ落ちてしまった。

「あーもう最悪。そんな事でバレちゃうなんて」

 そう言ってチッと舌打ちをする笹原は俺の知っているバスケ部マネージャーではなかった。

「なんでこんな事したんだよ」

 俺がため息混じりにそう言うと、笹原はキッとこちらを睨んできた。

「だって!樋口先輩ちっとも私の事好きになってくれないんだもん!」

「へ?」

「新入生のための部活説明会の時に樋口先輩に一目惚れして、いろんな子がマネージャーになりたがってる中苦労してバスケ部のマネージャーになったのに、先輩は全然私の事なんか気にしてくれないし……。それなのにあのポッと出の転入生に先輩獲られちゃって、悔しかったんだもん!」

 早口でそう捲くし立てるなり、笹原は堰を切ったようにわんわん泣き出してしまった。

 俺は予想外の展開にただただうろたえるしかなかった。男というのは女の涙に弱いのだ。泣いている女の子を前に(しかもどうやら俺が泣かしてしまったらしい)、どうしたら良いのかと困り果てた。

「おい、泣くなよ。なんで俺と茗が付き合ってるって知ってるんだ?」

 俺がそう声をかけると笹原はしゃくりをあげながら、弱弱しく口を開いた。

「きゅ、急に知らないアドレスからメールがき、来て、樋口先輩と水無月茗が手を繋いで帰ってる写真が送られて……、本文にはあ、あの二人は付き合っているって!」

 話し終わると、笹原は先ほどよりも大きな声で泣き始めてしまった。そろそろ初めの登校者が来てもおかしくない時間帯だ。とにかく俺は笹原を無理矢理立たせて、先生がきたらすぐに保健室に行くように促した。

「この事は公にはしないから……帷原部長にだけ後日謝ってくれ。あの人も言いふらすような人じゃないから」

 笹原はコクンと頷くと、フラフラと保健室の方へ向かった。



「と、いうわけなんだ」

 俺が今朝あったことの一部始終を話すと、藤峰は神妙な面持ちで何かを思案しているようだった。

「そんなわけだから藤峰も他言無用で頼む!」

「他言無用なのになんで私に話したんだよ。もしかしたら言いふらすかもしれないよ?」

「藤峰はそんな事しないだろ。俺、藤峰の事は結構信用してるからさ」

「……アホだな」

 劇はそろそろクライマックスで、男らしいジュリオ(茗)が女々しいロミエット(楓)を攫っていくところだった。

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