第25話:違和感
茗の落胆ぶりは相当なものだったが、それもそのはずだ。
連日練習を重ねて、やっとセリフを覚えたと嬉しそうに報告してきたのも最近のことだったし、馴れない衣装作りに悪戦苦闘して、指に絆創膏を貼っていることもしばしばだった。
こんな言い方をしているとまるで人事のようだが、その実俺も怒りが込み上げていた。
今回の事件は単に衣装が布切れと化したという事ではない。人の時間や苦労を奪うような行為だ。悪戯という言葉で片付けるには少々悪質過ぎる内容だ。
どんな理由があるにせよ容易に許せることじゃない。
犯人を見つける。それが俺達に出来る唯一の解決策のように思えて仕方がなかった。
「楓が事件に気付いたのは何時だ?」
「そうですね…確か8時頃だったと思います。いつもは朝から部室に寄ることはないんですが、昨日ペンケースを部室に忘れたのでそれを取りにいこうとして…」
「普段鍵はかけてないのか?」
「いえ、普段は鍵をかけているんですが昨日はたまたま部長が早く帰ってしまって。そういう時は僕が代わりに鍵をかけることになってるんですが、生憎と家に鍵を置いてきてしまったため、顧問の先生にお願いしておいたんですが……この様子だと忘れてしまったのかもしれません」
確かに楓の言う通り、鍵を壊して入った様な形跡は一切ないので、単純に鍵をかけるのを忘れたんだろう。
「ということは昨日の下校時間から8時頃までの間は鍵がかかってなかったって事だな」
俺と楓は放課後を利用して、再び演劇部の部室の前に来ていた。
茗は帷原部長と共に、新しい台本を作るのか衣装を作り直すのかを部員と話し合っているので、必然的に俺と楓でこの作業を行う事になったのだ。
「とりあえず中の様子をもう一度確認してみよう」
「そうですね」
部室の中に入ると、今朝見たままの殺伐とした光景が目に写った。俺達はしばらく無言で全体を眺め回しながら手がかりを探る。
と、突然後ろから肩をたたかれて俺は一瞬体を竦ませた。
「あんたたち何やってんの?」
振り返ると藤峰が不思議そうにそこに立っていた。
「藤峰か。実は……」
事情を説明して部室を見せると、藤峰はその惨状に言葉も出ない様子だった。
「それで俺と楓で調べてみてるところなんだ」
「そう……頑張って。見つかるといいな」
そう言うと藤峰は足早に消えてしまった。てっきり「あたしも手伝ってやろうか」とか言い出しそうだと思っていたので、すっかり拍子抜けしてしまった。
「なんだ、冷てーなぁ」
俺達は念のため、状況をメモしたり携帯で写真を撮ったりした後、部室を出た。
俺は何か違和感を感じながらも、その違和感がなんなのか分からずにいた。
どうやら楓も何かしらの違和感を感じているようだが、俺と同様に頭を抱えている。
「せんぱーい!」
聞き覚えのある声に振り向くと、バスケ部のマネージャーである笹原やすみが駆け足でこちらに向かっていた。
「先輩今日部活来ないんですか?」
「あぁ、今日はちょっと行けないんだ。部長には伝えておいたんだけど…、聞いてない?」
「部長も今日まだ来てないんです。…何かあったんですか?」
やすみは俺の横にいる楓をチラと見遣ると心配そうに声を潜めた。
「実は部室がちょっと荒らされてな…」
俺はやすみに今朝の出来事を簡単に説明した。
「それは大変ですね…。私も衣装作りの手伝いくらい出来ますから、いつでも声をかけて下さい!では失礼します」
やすみは礼儀正しく軽く一礼すると、また駆け足で戻っていった。
なるほど。バスケ部員をはじめとする様々な学年に人気があるのも頷ける。
長い髪を一つにキュッと結わえている髪型は清潔感があるし、礼儀正しい言動や、嫌味がなく明るい性格は男女問わず好感が持てる。裏表のなさそうな性格は、ほんの少し俺に茗を思わせた。
「とりあえず部長のところに戻りましょうか」
「そうだな」
帷原部長と茗のところに戻る道中も、俺の違和感は何故か拡大していた。
何だか上手く出来過ぎている。