第18話:打ち水
俺を乗せた「それ」はパキパキと音を出しながらゆっくりと、少しずつ、でも確実に上にのぼっていく。
もうこれ以上のぼれないってところまで来ると、一瞬の停止がある。
その瞬間の景色がたまらなく良い。
風を頬に感じながら少しずつ引っ張られるように落ちていく。
最高だ。
「ぎゃあああぁぁぁぁ……」
俺が最高の瞬間を味わっている時ドスの聞いた叫び声が辺りに響いていた。
ジエットコースターからかろうじておりた部長は気の毒なくらい顔が真っ白で生気がなかった。
「怖かったわ…」
肌は同じくらい真っ白だがいつもとなんら変わらない様子でつぶやくまなみは、言葉とはうらはらに微塵の恐怖も感じていないようだった。
『楽しかったー!最高!!』
そう声が揃ったのは俺と茗だった。
「やっぱ絶叫ランドってだけあるね!風が気持ち良くて最高だった!ね、羽稀」
「だな!絶叫マシーンマニアの俺達からしたら今日は全部制覇するしかないな」
脇を肘で突かれて見ると、藤峰が呆れた目で勘弁してあげたら?と言って、顎で部長の方を見るように促していた。促されるままにそちらを見ると静の目は焦点があわないままどこか遠くを見ていた。
「と、とりあえずそこの売店で飲み物でも買って座って休みましょうか」
楓はいかにも生徒会長っぽい気遣いを見せたが、部長は魂が抜けたまま微動だにしなかったので仕方なく俺が引きずるようにして引っ張っていった。
飲み物を飲み終わって10分くらいたったころ、ようやく部長は落ち着いたようで顔に赤みも戻っていたが、俺と茗がジエットコースターに乗る順番についてあれこれ言っているのを聞いてまた少し青ざめていた。
「あなた達は二人で乗ってきたらどうかしら…?私は怖いから静くんと一緒に怖くないものを探して乗るわ…いいかしら?」
その瞬間だれもが
え、もしかしてこの二人って上手くいっちゃう系的な感じ系?
って思った。
「ま、まなみさんは何に乗りたいんだ?」
静はさっきとは打って変わってとびきりの笑顔である。
「そうね…コーヒーカップなんていいんじゃないかしら」
じゃあ行ってくるわね、と二人は人込みの中に消えて行った。
「ね、ね、これって結構いい感じなんじゃない?やっぱり吊橋効果のおかげかな?」
茗は嬉しそうにきゃあきゃあはしゃいでいるが、絶対に違うと思う。
「まぁ、上手くいくならいいんじゃない?あたし達も次行こうよ」
藤峰は別段興味もないといった様子でパンフレットの地図を広げている。
「じゃあ次は…」
「お化け屋敷!!」
茗は今までよりも更にキラキラとした目でお化け屋敷を指さしている。
「前から行きたかったんだ!さ、みんな行こう!」
俺達の手をぐいぐいと引っ張るように茗はお化け屋敷に近づいていく。
その時俺は藤峰の顔が明らかに引きつっていたことに気が付いたが、声をかける間もなく(藤峰はというと声にもならない様子だった)お化け屋敷に到着してしまった。
「はーい!私いっちばーん!
茗はスキップしながらさっさと入り口を通過してしまった。
茗よ、お前どんだけ楽しみなのか。
というか少しは恐がれ。
「あー…藤峰。お前怖いなら別に無理して入らなくてもいいぞ」
「べ、別に!怖いわけないだろ!あたしらも行くぞ!」
お前はツンデレか。
まぁ、さすがに一人は可哀相だし、俺も楓も少しは怖かったから結局3人で一緒に行くことにした。
「…わぁあ!!」
入り口をくぐってから5分は過ぎた。
俺達はまだ10mも進んでいなかった。
「なぁ、藤峰。お前やっぱ入り口戻った方がいいんじゃ…」
「ひゃあぁあ…!!!」
藤峰は一つ一つのなんでもない物音にまで敏感に反応していちいち悲鳴をあげている。
「本来なら20分程で出口につけるはずなんですが…この様子じゃ1時間以上かかりそうですね」
楓は少し困ったように笑っている。
その時、
「ぎぃやぁああ!!!!」
断末魔のような叫び声が建物全体に響いた。
「まさか…茗か?!」
声のした奥は暗くて少しも先が見えなかった。
だが、おそらく一本道なので迷うことはないだろう。
俺はすぐさま走りだしたが、急にに服の裾を引っ張られて転びそうになった。
「樋口…待って…行かないで…」
藤峰は今にも泣きそうな声でその場にしゃがみ込んでしまっている。
俺はそっと藤峰の手握ってやった。
「楓、こいつを連れて入口まで戻ってやってくれ」
恐怖で涙目になっている藤峰を楓に任せて、振り切るようにして俺は走り出した。
「樋口…!」
藤峰の俺を呼ぶ声に、後ろ髪をひかれるような思いだったが、茗を一人にはしておけない。
楓もいるし大丈夫だろう。
脅かしてくるお化けを無視しつつ、俺を足を速めた。
樋口が居なくなってしまって、あたしは途方に暮れてしまった。
樋口は水無月が好きなんだ。樋口の後ろ姿を見たら、勝てる気なんてちっともしなかった。
恐怖のせいなのか、胸が苦しいせいなのか、あたしは本当に泣きそうだった。
その時、急に真後ろから笑う声が聞こえた。辺りは静まり返っていたから、笑い声はダイレクトに響いた。
何がなんだかわからなかった。なんで笑っているのか。
生徒会長の楓が、腹をかかえて声を立てて笑っていた。
一体どういうことだ?
「あっはは、おっかしー。あんた全然相手にされてないんじゃん!」
なんなのだ?この男は。
いつもの丁寧な口調も態度もどこかに消えてしまっている。
彼の放つ雰囲気を明らかにいつもと違っていた。
あたしは小さなパニックをおこして、ちっとも言葉が出てこなかった。
「あんたあいつが好きなんだろ?でも、水無月茗を前にして諦めようとしている。でも、そんないい子ぶっても、欲しいものは手に入らないぜ?」
「あんた…なんなの…」
楓はにやにやと笑いながら、眼鏡をとった。眼鏡の下に隠れていた目は、冷徹な鋭さを放っていた。
「水無月茗が欲しいんだ」
夏だというのに鳥肌がたつのは
お化け屋敷のせいなのか
この男の不気味さのせいなのか