第12話:存在
先ほどからうるさい程鳴り響いていた蝉の声が遠くに消えていく。
「私、樋口のこと・・・」
言ってしまえ
楽になれる。このままもどかしい思いを抱えているよりも言ってしまった方がいっそ楽だ。
言ってしまおう
目の前の鈍感男が私の思いに気づくことはない。
このままじゃ切なくてたまらない
好きなだけでいられたら幸せだったのに
「・・・?」
好きだ
「・・・す」
ガチャッ
玄関の扉の開く音がした。茗が戻ってきたのだ。
「お、飲み物がきた」
待ってましたとばかりに玄関の方に向かう羽希。
「あっと・・・。で、藤峰なんだって?」
この、鈍感男め
「・・・、別にっ。今日はありがとっ」
「どーいたしまして」そういって無邪気に笑う羽希は子供のようだ。
諦めない、チャンスはまだあるんだから
「・・・茗」
「なぁに?」
「なんか、増えてないか?」
「気のせい、気のせい」
「いや・・・」
「増えてる」
「増えてるな」
「すみません、増えてます・・・」
みんなの指摘に申し訳なさそうに答えたのは眼鏡の男。
楓宗介。生徒会長である。
茗が出かけた帰り道に生徒会長とばったり会い、勉強会中だというと「ご一緒してもよろしいですか?」と聞かれたので「いいよー」と軽くOKしたらしい(話を要約するとこういうわけだった)
「樋口くん、しばらくは僕が代わって藤峰さんに教えますので、休んでいて構いませんよ」羽稀はそれを聞くと待ってましたとばかりに目を輝かせた。
「あぁ、さんきゅー。助かるよ」
まぁ、あと1時間もすれば、こいつも俺と同じ状態になるだろうな。
とりあえずカラカラの喉を潤そうとキッチンに入ると、すでに茗が氷をたっぷりいれたグラスに飲み物を注いでいるところだった。
「はい」
茗はにこりと笑って冷たそうなグラスを俺に渡した。
茗の笑顔はいい
茗の泣き顔はほとんど見たことはないけれど、茗は笑顔の方が絶対いい。
でも時々思う。辛いことがあっても人前では泣かない茗は、苦しい時一人なのではないかと。茗にとって俺は頼られる存在でありたい。俺は茗に頼られているのだろうか?
そんな思いをのみこむように、俺は一気にグラスをカラにした。
よく冷えたジュースがのどを通っていく感覚は、何とも言えず心地よい。
グラスを置くと茗は(俺にしか聞こえないような声で)生徒会長が教えてくれてる間は私の羽稀だね、と悪戯っぽく笑った。楓をあっさり入れたのはそのためか。理由がわかるとなんとも簡単なことだ。
俺は茗を抱きしめてやりたい衝動に駆られたが、リビングに二人が居るので必死にこらえ、そのかわり茗の長くてキレイな髪をくしゃくしゃに撫でてやった。
柔らかい茗の髪はすぐにアトがついてしまう。
「バーか」俺がそういうと茗は口を尖らせて文句を言おうとする。
「いつだって俺はお前のもんだよ」
そういうと茗は文句を言えなくなってしまい、照れたようにはにかんで「知ってる」といって笑った。
そんな茗をみると、心にストンと、好きだという気持ちがおりる。
いつまでも側にいたいと心の底から思った。