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第七章 皇都の激戦

異変に気づいたのは、俺だった。

三つ鐘を過ぎた頃、西の空の色が変わった。

暗闇の中に、無数の光点が揺れている。

灯りではない。


目だ。


何千、何万という数の、暗闇に光る目。

地響きが、遠く伝わってくる。

俺は城壁を駆け下り、兵舎の扉を叩いた。


「起きろ、魔王軍が来る!」


兵舎の中が、一瞬で騒然となった。


騎士団の詰め所にアリアを訪ねると、すでに鎧を着込んで地図を広げていた。


「やはりこの機を逃さずに来たか……!」


アリアは地図から目を離さずに言った。


「斥候から報告が入った。魔王軍、総勢二万以上。霊体部隊に概念魔導士、そして屍霊騎士団」


「屍霊騎士団?」


「死者を操る部隊だ。奴らは完膚なきまでに破壊しない限り何度でも立ち上がってくる。しかも指揮官は魔王軍四大将軍の一人、死天使アズリエルと見られている」


アリアは地図を机に叩きつけた。


「……まずい」


珍しい言葉だった。アリアの口から、そういう言葉が出るとは思っていなかった。


「正直に言う」


アリアは俺を見た。その目に、騎士団長としての矜持と、現実を直視する冷静さが混ざり合っていた。


「古竜との交戦で、うちの騎士団は半数近くを失った。残った者も、まだ傷が癒えていない。装備の損耗も激しい」


「この戦力で二万以上の魔王軍を正面から受け止めれば、玄鉄盾(くろがねのたて)騎士団は壊滅し、皇都は陥落する。近衛騎士団は戦闘の練度が低く、戦力として期待は出来ない。城塞都市に駐屯してる各騎士団に援軍を求めているが、間に合うかどうか……」


沈黙が落ちた。

俺は地図を見た。

王都の構造。城門の位置。街道の幅。


「提案がある」


アリアが顔を上げた。


「俺が一人で正門を抑える」


「……お前一人で、だと」


「守護者の力がどこまで持つかはわからんが、少なくとも正面突破は防げる。その間に騎士団が側面から挟撃すれば、不利を多少は埋められる」


アリアはしばらく俺を見ていた。


「……やれるのか?」


「俺と古竜の戦いを見たお前ならわかるはずだ」


アリアはまっすぐに俺の目を見つめた。

そしてしばらく黙っていたが、やがてアリアは地図に向き直った。指が城門の位置を叩いた。


「わかった。守護者が正門を抑える。玄鉄盾(くろがねのたて)騎士団は左翼と右翼に展開、側面から圧力をかけて援軍到着まで耐えろ。弓兵隊は城壁から破城槌部隊と魔導士部隊を集中的に狙え!近衛騎士団は皇族と廷臣、民衆の避難誘導だ!」


アリアは俺の目を見て言った。


「無茶をするな。危なくなったら必ず声を上げろ、救援に行く」


その時、フィレーネが侍女たちが止めるのも聞かず、鎧と剣を身につけて現れた。


「私も守護者様と戦わせてください!」


「殿下!なりません!」


「守護者様がたった一人なんてあんまりです、幸い私には剣の心得があります。決して足手まといにはなりません」


「そういう問題ではありません!殿下に何かあれば、この国はどうなりますか!それに殿下が最前線にいれば、殿下を守るためにあの男の注意が分散します!」


「そ、それは……」


フィレーネはアリアの目を見て言った。


「あの人は、本当にたった一人で大丈夫でしょうか」


「……守護者です」


「わかりました。では城内であなた達の後方支援をします、ただし、夜明けになったら、城門を開けてください」


「……殿下」


「お願い、アリア」


アリアはしばらくフィレーネを見ていた。

それから、小さく溜息をついた。


「……夜明けまでは、必ず城内にいてください」


「約束します」


アリアは天を仰いだ。

夜明けになったら城門を開ける。

つまり自分は今、皇女が戦場に飛び出すことを許可したも同然。


「……胃が痛い」


アリアは小さく頷いて、そして立ち上がり、号令をかけた。


玄鉄盾(くろがねのたて)騎士団、出撃準備!」



———


屍霊騎士団の攻撃は熾烈を極めた。


屍兵の群れが波のように押し寄せる。

腐った肉が裂ける音。吐き気を催す死臭。


俺は襲い来る死者の軍団を、蹴り、殴り、投げ、地面に叩きつける。鈍い音。

屍兵は動かなくなる——はずだった。


次の瞬間、首のない胴体が蠢き、再び立ち上がる。


倒しても倒しても、地面に伏した屍体は再び立ち上がる。


ほどなくして恐ろしい音を立てながら破城槌部隊が迫ってきた。


これを通す訳にはいかない。


「耐えてくれよ、俺」


俺は三戦(サンチン)——呼吸と共に筋肉を鋼鉄化させる構えを取り、息吹を行い、全神経を丹田に集中する。

そして、凄まじい勢いで突進してきた破城槌の先端を腹筋で受け止めた。


「ぐふっ!」


恐ろしい衝撃と痛みに倒れ込みそうになる。

だが、俺は足を地面にめり込ませながらも破城槌の突撃を耐え、正門を守った。


破城槌を押してきた敵兵士たちに動揺する。


俺はそいつらに走り寄る。

連中は慌てて剣を抜き、俺に向かって振り翳したが、それを躱し、剣を持つ腕を脇固めでへし折り、全員を無力化した。


俺はなんとか踏みとどまっていたが、玄鉄盾(くろがねのたて)騎士団の隊列が、少しずつ押されていた。


———


「左翼、後退するな!踏みとどまれ!弓兵隊は押し込まれてる前衛を援護射撃しろ!」


アリアの声が夜の空気を切ったが、その目は悪化する状況を正確に見ていた。


まずい。

このままでは、じり貧だ。


剣を握る手に力を込めた瞬間、戦場を支配していた屍兵の呻きと、味方の怒号が、嘘のように掻き消えた。

いや、掻き消された。

上空から降り注ぐ、あまりに巨大な「圧」によって。


鼓膜を震わせるのは、風を切る音ではない。

世界を圧し潰すような、重低音の羽ばたき。

巨大な、聞き覚えのある翼の音。


アリアは空を見上げた。

血の気が引いていくのが自分でも分かった。


脳裏に、城塞都市カルドナの惨劇が蘇る。

鎧ごと溶かされた騎士たちの悲鳴。

鉄が焼ける臭い。


あの時、我々を半壊させた古竜が。


城塞都市カルドナを陥落させ、玄鉄盾(くろがねのたて)騎士団を半壊させた古竜が、皇都アルディアの上空に飛来していた。


「まさか……最悪だ……」


「全軍、上空からの攻撃を警戒!古竜だ!」


アリアが叫び、騎士団が地面に伏せた。アリアも片膝をついて盾を構えた。


月を覆い隠すほどの巨大な影。

古竜が口を開くのが見えた。

その喉奥が、脈動するように赤熱していく。

周囲の空気が熱に歪み、音を立てて爆ぜた。


炎が来る。

すべてを無に帰す、あの灼熱の業火が。

アリアは目を閉じ、来るべき衝撃に身を硬くした。


しかし、衝撃は来なかった。

代わりに聞こえたのは、魔王軍の側から上がった、聞いたこともないような絶叫だった。


古竜の吐き出した業火は、魔王軍の左翼を一息で薙ぎ払っていた。

屍体が灰になっていく。霊体が蒸発していく。

激しい光と爆風が押し寄せ顔を叩き、アリアは目を細めた。


古竜は旋回しながら、再び翼を広げた。


「……竜が」


アリアは呆然と呟いた。


「我らの味方をしている?」


騎士団の誰も、声が出なかった。

アリアは視線を正門に向けた。

蓮が古竜を見上げていた。

その口元が、わずかに動いた。


「街に来るなって言ったのに……来ちまったか」


低く、独り言のような声だった。


「……まあ、歓迎するぜ」


アリアの号令が夜の帳を切り裂いた。


玄鉄盾(くろがねのたて)騎士団総員、反撃に転じろ!」

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