第二章 代償
法廷の空気は、ひどく乾いていた。
検察官は落ち着いた声で、しかし確実に俺を追い詰めていった。
「被告は、被害者がナイフで幼馴染の女性を傷つけた瞬間、どのようなお気持ちでしたか」
俺は少し考えて、正直に答えた。
「殺すしかないと思いました」
傍聴席がざわめいた。
国選弁護人が小さくため息をするのが聞こえた気がした。
検察官は表情一つ変えなかった。
「殺すしかない、と。つまり被告には、明確な殺意があった」
「——はい。」
「被告は今、『殺すしかないと思った』とおっしゃいました。格闘技の有段者である被告は、殺さずに制圧する事も出来たはずです。それをしなかったのはなぜですか」
俺は答えられなかった。
あの瞬間、さくらの腕から血が滲むのを見て、俺の中で何かが爆発した。
加減を考える余裕があったかと問われれば、正直わからない。
ただ、止めなければならないと思った。
それだけだった。
しかしその「それだけ」を、法廷の言葉に翻訳する術を、俺は持っていなかった。
検察は「過剰防衛」の烙印を迷わず押した。
さくらは心神耗弱と診断され、証言台には立たなかった。
懲役八年、執行猶予なし。
刑務所の中で俺は黙々と日々をこなした。
後悔がないと言えば嘘になる。
もっと加減できたはずだ、という声が夜になると耳元で囁いた。
しかしどれだけ反芻しても、あの一瞬に別の選択肢を見つけることはできなかった。
さくらの血を見た瞬間、俺はもう止まれなかった。
それだけだった。
刑期を終えた年の春、俺は三十二歳になっていた。




