もう死んでますよ、皆実さん?
外に出ると件の初老のタクシー運転手がお辞儀をしながら迎え入れる。
今回は私と皆実が三列目、並木と上野が二列目に座る。
「港湾事務所へやってくれ」
並木が運転手に伝える。
「はい。ご指示は頂いております」
衝立越しに会話が聞こえる。
私と皆実は無言である。
とは言え、実は会話し続けていた。
異世界で取り決めたモールス信号のような手法を使って、繋いだ手で通信していた。
(どこらへんか?)
(カワナカらへんのにおいがする)
(こどもはいったらダメというところだな)
(すえたにおいとアルコールのにおいがつよい)
皆実は一度嗅いだ匂いは忘れない。
それもめっちゃ鼻が利く。
犬に負けないというのはあながち大げさではない。
私の耳が一度聴いた音を忘れないのと同じ特殊能力である。
異世界に呼ばれたのに、もし理由があれば、この能力なのかも知れない。
耳の良さは私の方が上だが、皆実は実父が音楽プロデューサーであり、
幼少期から音楽教育を受けていたので絶対音感がある。
私の場合は先天的な絶対音感だが、皆実の場合は後天的な絶対音感であろう。
この絶対音感も異世界では非常に役立ったものだ。
10分ほどで到着したらしい。
タクシーは止まり、私達は車外に出る。
いきなり目の前に見える
おっぱぶ☆女学院
という看板につい、目が行ってしまう。
「そんなもん、見ないの! あと五年もしたらでっかくなるだから!」
私の視線をめざとく察知して、皆実は私の腕をギュッとつねる。
「みてない、みてない」
「じーーーっ」
「天気がいいなって」
「ふん」
私と皆実の会話に並木が小声で
「これから命がけのカチコミやるのに痴話げんかしている場合か」
という冷静なツッコミを入れてくる。
おっぱぶ☆女学院の横に
豊川橋ポートワークプラザという看板のビルがあった。
一階は情報通り、行政窓口のような体になっている。
その前の数段の階段には、日雇い労働者っぽい数名のおじさん達がボーっと日向ぼっこしたまま座り込んでいる。
公的には豊川橋ポートワークプラザは港湾の仕事の斡旋をしているらしい。
ガラス越しに中をみると、何人ものおじさんやらおじいさんが張り紙みたいなのを読んでいる。
仕事の募集要項とかなのだろう。
奥には制服を着た女性受付の人達がお喋りに興じているのも見える。
まさか、これから大量殺人事件が起きるとは夢にも思わないだろう。
豊川橋ワークポートプラザの横の道に入ると、自動ドアがあり、カードをかざす白いパネルがある。
このビルは5階建てだが、一階はあの通りだし、五階は中ボスの住居らしい。
中ボスとは総長が上の組織と言っていたトップのことを便宜上私が名付けた。
アンヘルの総長は小ボスである。
この中ボスにあたる人間はこの湾岸一帯に何十人もいて、
それぞれ縄張りが割り当てられている。
そこにアンヘルのような小ボスが何百人といる。
そして中ボスのその上の組織、いわば大ボスが私達のターゲットだが、まずは中ボスを潰す必要がある。
アンヘルは少女を犯すような変態はいなかったから、死なずにすんだが、上野の話からすると、この中ボスの組織は容赦する必要がない。
中ボスは普段は五階の住居部分で酒を飲んでいることも多いらしいが、今回は超大物の皆実という金の卵の面会ということで、四階の会長室にいるらしい。
並木がカードを取り出し、白いパネルにかざすと自動ドアが開く。
私は白いパネルに手を当てる。
手に意識を集中する。
どうかな?
こちらの身体でも出来るかな?
「どう?」
皆実が訊ねる。
「多分、いけた」
私は頷く。
自動ドアが閉まる前に私達は中に入る。
「何していたんだ?」
並木が訊ねる。
私は並木の胸に手を当てる。
「うわっ!」
並木が吹っ飛んで尻もちを着く。
「な、なんだそりゃ」
並木が目を丸くしている。
私は並木に手を出して引き起こす。
「まあ、合気道みたいなものですよ」
「……。動画で見たことはあるが、ほんとにあるのか」
「あれで自動ドアはとりま開かなくなりました」
「アレを壊したのか?」
「そういうことです」
私は頷く。
異世界武術の技術の一つではある。
ただ、まあ余興みたいなものだ。
こちらで言うところの勁みたいなものかな。
「どういう原理なんだ?」
並木が興味深そうに訊いてくる。
「そんな面白いもんでもないですよ。加えている圧力は同じです。ただ、なんというか、その物質なり物体の持つ特性を把握して伝わりやすい波動を打ち込む感じです。だから少し時間が掛かるんです」
私の説明に並木は首を振るだけだ。
分かってもらえなかったのかしらん。
ビルの中に入る。
一階は人がいない。
私達四人はエレベーターに乗り込む。
「四階でいいんだな」
「はい」
並木はカードをエレベータにかざしてボタンを押す。
私は背中のリュックからスチール製の棒を取り出す。
別に武器というわけではない。
四階に着くとエレベータのドアが開く。
私はそのスチール棒をつっかえ棒にしてエレベータのドアを閉まらないようにした。
エレベータのドアは閉まろうとするがガタガタするだけだ。
これでエレベーターから敵が来ることはなくなる。
階段の下からの攻撃に集中できる。
四階を歩くと、声をかけられる。
「おう、並木」
三十歳代とおぼしきスーツを着た男がポケットに手を突っ込んだまま近づいてくる。
「山下さん、ちわす!」
と並木と上野が深々とお辞儀をする。
「お。それが川瀬皆実か」
と山下は皆実をみてニヤニヤとする。
「こんにちはー。皆実でーす」
皆実は後ろ手にしたまま、上目遣いで天使のような笑顔で微笑む。
「ふーむ、こりゃカワイイなあ。ククッ、並木、いい仕事……」
「shhh!」
皆実は天使の笑顔のまま、一閃する。
山下の首から大量の血しぶきが噴き出る。
それっきり山下は永遠に言葉を発することはなかった。
「ほ、ほんとに躊躇ねえな」
上野が唖然としている。
「いきなり殺すなよ」
並木がため息を吐く。
「こいつ、わたしに発情しやがった! キモい! キモい!」
倒れた山下の顔面を何度も踏みつける。
「死ね! 死ね! 死ね!」
もう死んでますよ、皆実さん?




