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あれが一晩の夢といわれてもなあ

ふと、目が覚めた。


驚くほど、痛みがない。


ずっと胸が痛かったが、なんだか楽だ。


「あら。目が覚めたのね」


私の顔を年老いた皆実がのぞきこむ。


胸が苦しくて、意識を失いかけた時は多くの人がいたが、今は皆実しかいない。


夢の続きのような気もする。


「夢を見たよ」


「どんな夢?」


「ああ。お前がこちらで初めてカレーを作った時の夢だな」


「ほほほ。食いしん坊な夢ね」


皆実は私の胸に手を当てる。


「また一緒にカレーを食べましょうね」


「そうだな。お前のカレーが一番旨いからな」


「それはそうよ。この世界でホンモノを知っているのは、わたしとあなただけなんだから」


「不思議な人生だったな」


「本当に」


「でもこの世界でお前と一緒になれて本当に幸せだった」


「わたしも幸せでしたよ」


「ありがとう」


「こちらこそ」


皆実は微笑む。


でも、その瞳からは涙がこぼれ落ちている。


なぜ、泣くんだ皆実。


泣かないでおくれ皆実。


私はお前の笑顔がみたくて生きてきたんだ。


だが、もう言葉を発することが出来ない。


そもそも私は、もう呼吸をしていないのだ。


でも、苦しいとは思わない。

不思議だ。


急速に意識が薄れゆく。

私が私でなくなっていく。

私が溶けていく。


皆実は私の手を取り、口づけをする。


「お疲れ様、あなた」


多分、それがあの世界での私の最後の記憶だと思う。




中学への通学路を歩く。


なんと懐かしい光景だろうか。


実に150年ぶりである。


それが現実に存在している。


不思議な感覚だ。


私は150年間異世界にいたが、戻ってみれば一晩の夢だった。



あれが一晩の夢と言われてもなあ。


起きた瞬間、何が起きたのか分からなかった。

スマホのアラーム音が懐かしかった。


混乱したまま、カレンダーを見てみると確かに150年前のあの日だった。


戻ってきたのか、と愕然とした。

これはどうしたものか、と頭を抱えた。


これから中学生?


ええ?


いや、もう165年も生きたんだけど。


若くなって嬉しいとかまるでなく、妙な徒労感でいっぱいである。


少なくとも私はこちらの世界には何の未練もなかった。


異世界で精一杯生き抜いて幸せを手にし、

愛する妻にありがとうと伝えて死ねたのだ。

大満足である。


それを中三からやり直しって……。


布団の中で丸まる。

四月初旬の朝はまだ布団が恋しい。


このまま登校拒否ってもいいんじゃないか?

中卒で、こちらでは人手不足だと重宝される肉体労働でいいか、とか考えた。


何しろ向こうの世界での職業は傭兵である。


油断するとすぐ死ぬし、24時間どころか48時間ぶっ続け労働なんて当たり前。


見張り番中に寝たら敵兵に襲われるか、軍事裁判で死刑確定だ。


ああ、自衛隊がいいかもしれない。


戦争のない軍隊。


資格も沢山取れるらしいし。


そうだな。それがいい。


私は一人で勝手に納得した。


私が中卒でも、ネグレストしている母は何も言わないだろうしな。


あれ。


そういや、皆実はどうなんだろう?


と、思い至り布団から出て通学の支度を始めた。



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