あらやだお下品
体勢を崩していた皆実は宙返りで、攻撃をかわしつつストンと、
うずくまっている男の背中に降り立つ。
男は顔や胸にガラス破片を押し付けられバタバタともがいている。
「蹴りは無理かあ」
皆実のつぶやきが届く。
まあ今の体では片足になるリスクは避けたいところかな。
「あんたも参戦しなさいよ!」
思い通りにならないでイライラした皆実が叫ぶ。
「いや、荒事嫌いなんで」
「愛する妻がどうなってもいいの!?」
「どうかなるなら、ちゃんと参戦するって」
「クソボケカス!」
「あらやだお下品」
「ムカつく!」
叫びながらも殴り掛かる男たちを華麗なステップで避けつつ、
的確に相手の急所に掌底を打ち込む。
「追加の援護」
私は足元に転がっていた詰め替え用洗剤の袋を千切り、床にぶちまける。
割れた瓶や缶から噴き出たビールやらアルコールが反応してしこたま泡が出ている。
もうこうなると皆実の独壇場だ。
「う、浮いている……」
誰かのつぶやきが聞こえる。
様々な障害物と泡だらけの床を平然とステップしていると、
確かに浮いているように見える。
実際は足を付けた瞬間に障害物の重心を感知し、真上に体軸を調整している。
体軸が真上だから、滑らない。障害物の上でも安定する。
私も皆実も体軸が真上ではない、という状態の違和感が凄まじい。
何十年も無意識になるまで叩きこまれた感覚である。
皆実の掌底を受けて倒れた男達は、
手や尻に刺さったガラスの破片でうめき声をあげている。
それでも起き上がろうとする男もいるが、
足元が滑ってもんどりうって、再び背中や手に破片が刺さる。
もう大勢は決まったかな。
私は周囲を注意深く見る。
刃物や飛び道具が出たら無力化するつもりだった。
その場合の無力化は加減できないから、殺すことになるだろう。
私の年齢だと少年院なのかな?
どうだっけか。
まあ、こっちの人生はもうどうでもええわ。
左の端の方でキラッと光るものが見えた。
ナイフだ。
私は即座に動く。
「クソがーーー!」
茶髪ロン毛がナイフを振り上げて皆実に突進する。
そいつの膝裏を蹴り上げる。
茶髪ロン毛がもんどりうって倒れる。
ナイフを持つ手を掴んで捻り上げる。
ゴキッという音がする。
茶髪ロン毛はナイフを手離さない。
奪うのも面倒なので力を失った腕を捻じ曲げて、頚動脈めがけてナイフを突き立てようとした瞬間。
「やめてくれー!」
と茶髪ロン毛の上に飛び込んできたヤツがいた。
危うくそいつを刺すところで止める。
見ると総長だった。
「謝る!もうお前らには手出ししねえ!だから助けてくれ!」
と叫ぶ。
「いやナイフ出したんだから、生き死になるのは分かるでしょう」
私は諭すように言う。
こちらの世界はよく知らんが、異世界じゃ剣を抜いたら即殺し合いだ。
殺されても文句は言えない。
というより、基本殺す。
あいつに剣を抜いても、殺されないなんて噂が広まったら、
次から次へと襲われること確定である。
確かこちらの江戸時代なんかでも、鯉口を切ったらどうのとかあったはず。
暴力が支配する世界では、致死性の高い武器を出せば、必ずどちらかが死ぬ。
「分かっている!こいつが悪い!でもこいつを殺さないでくれ!もう仲間を失うのは嫌なんだよぅ……」
むちゃ言うなあ、と思ったら他の連中も皆実との戦闘を止めて集まってくる。
総長が土下座すると、みんなも土下座する。
「申し訳ない!許してやってくれ!」
とみんな口々に言うもんだから、どうしたものかと皆実を見ると、
皆実はやれやれという風に手を広げる。
「いいんじゃない?この人達弱いから面白くないし。それに私に発情する匂いもないしね」
「総長の話にウソは?」
「あんたも分かるでしょ? まあウソの匂いもないよ」
私は頷く。
皆実の嗅覚は嘘を吐く時の体臭の差異を把握できる。
私は音程の響きで嘘を見抜ける。
二人が、嘘がないと判断出来たら、ほぼ嘘はないと思って間違いない。
私は、茶髪ロン毛の指をほどいてナイフを手にする。
並木を筆頭に気絶している連中に水をぶっかけ、全員を並べて正座させる。
念のため、ガムテープみたいなのを持ってこさせ、
全員の腕を手錠のようにぐるぐる巻きにして反抗できないように拘束した。
私と皆実は倒れていたソファーを引き起こして、正座している連中の前に座る。
こうなるとおっさん顔に見えた連中が年相応の表情になるのは興味深い。
異世界では、私と皆実は領地を管理したこともある。
三権分立なんてないから、領主が裁判を担ったりした。
その頃の気分で
「申し開きせよ」
と私は総長に顎で促す。
そこで話された内容は極めて不快なものだった。




