ちょろいヤツめ
インターハイ・ベスト8ってことは、ボクサーか。
蹴りがないのは助かるかな。
「暴力沙汰起こして退学してからM.M.Aもやっている。蹴りも寝技も割といけるぜ」
並木は、私の心の中を読んだようにニヤリとする。
私は申し訳ない気持ちになる。
急所ばかり狙う異世界武術は、こちらでは卑怯の塊みたいな武術である。
なんだか正々堂々的な流れだが、ご期待には沿えん。
せめてものお詫びというか、金的と目つぶしは止めておくか。
一番効くんだけどなあ。
てか、今も少し股開いているしなあ。
あれ、蹴ったら一発なのだが。
金的と目つぶしが禁止されているのが格闘技だから、そこへの意識は大分緩いんだろう。
異世界では致命的だな。
だから、異世界武術では、金的と目つぶしを最も警戒するスタイルになるんだよね。
並木はボクサースタイルで私に対峙する。
オーソドックススタイルである。
私も異世界武術の基本の型で向かい合う。
傍から見ると突っ立っているように見えるだろう。
腰を落とすようなこともしない。
足はバレエのパである。
外に開く感じ。
パとはなんぞや、というのは皆実に教わった。
常に体軸は真上である。
体軸が斜めになることはない。
戦闘中でも移動中でも常に真上。
急所は横を向くことで正面にはさらさない。
相手がオーソドックスなので、私はサウスポーにする。
異世界武術は左右両利きが当たり前である。
右手は少し肘を緩ませて、前へ。
左手は防御とここ一番での攻撃用。
ただ左手は攻撃にはあまり使わない。
というのも、異世界武術は剣を持つことも想定している。
剣を持つ場合は、左手は盾を持つので防御のみである。
もし使うとなれば、捨て身の場合になる。
こちらの世界で使うことはあるのだろうか。
拳は基本的には握らないのが異世界の型である。
異世界武術では、パンチは推奨されない。
硬いものを殴れば骨折してしまうし、連戦になれば、拳というのは消耗してしまう。
攻撃は掌底打ちが基本。
軽くダメージを与える為の裏拳はある。
後はハンマーのように叩く打撃もよく使う。
握った拳の小指側から叩きつける打撃だ。
机を拳で叩く要領である。
手刀と突きもあるが、こちらの鍛えていない手では無理だろう。
ただ、今回は仕込みがあるので少し握っている。
「ほら、攻めて来いよ」
並木がボクサーステップを踏みながら、手招きする。
「いやですよ。攻撃の瞬間が一番の隙なんですから」
私はその挑発には乗らない。
「攻撃こそ最大の防御とも言うぜ」
「それは嘘です。証明しますからどうぞお先に」
「ふん」
並木はボクサーステップで回りこもうとする。
私は踵を軸に人形のように回転するだけだ。
「フッ!」
並木のジャブが入る。
私はパリィし軌道を逸らす。
やはりインターハイベスト8は伊達ではない。
めっちゃ早い。
パンチの早さは実のところさほど脅威ではない。
こちらはそれに対応する型を作ればいいだけだ。
それより、引くのが早い。
ジャブではほとんどの隙が無い。
並木もジャブがパリィされるのがストレスなのか、踏み込み右フックを狙う。
右フックは軌道が大きいので、私も大きめに右腕を使って跳ね上げる。
本来はここでカウンターだが、それだと戦闘が長引く。
並木は左フックを狙う。
ここだな。
私はパリィする。
パンチが流れる。
異世界武術はパリィが基本である。
拳をパリィするのは難しいが、肩から伸びている腕を叩くのは難しくない。
それでパンチの軌道は大きくズレる。
これは剣を持った時も同じである。
フェンシングはスポーツではあるが、割とあれは実践的だと思う。
日本の剣道の方が形骸化しているというのが私の印象だ。
パリィすればパンチは流れる。
止まるわけではなく、流れる。
だから戻りが遅くなる。
そしてパリィするために右腕が、ウェイターがトレイを持つような形になることがイメージできるだろうか。
そう。
もう攻撃の型になっているのだ。
相手のパンチはまだ戻っていない。
つまり防御が手薄である。
私は、パリィからの流れのまま、拳を握りこみハンマーのように並木のこめかみに叩きつける。
「ガッ!」
並木はよろけながらステップバックする。
「並木さん!」
誰かの気遣う声が聞こえる。
「黙ってみてろ」
並木はダメージを散らすように頭を振る。
こちらをにらみつける。
「並木さん」
私は語り掛ける。
「あ?」
「死んでましたよ」
「あ?」
私は先ほどハンマーのように殴りつけた拳を開く。
ボールペンがポトリと落ちる。
戦闘の前に胸ポケットに入っていたので、仕込んでいたのだ。
それをみた並木が目を見開く。
「これでこめかみを刺していたらどうなっていたと思います?」
「……」
「スポーツじゃないんですよ。殺し合いです」
「……。なぜ殺さなかった」
「前途ある若者を導くのも私の役割だから?」
「お前は一体いくつなんだよ!」
並木が殴り掛かる。
挑発が効いたらしく、並木にしては大振りだ。
ちょろいヤツめ。
私は、今度は左手を開く。




