プロローグ
一馬が死んだ。
この世界の英雄が、この世を去った。
異世界に来て150年。
わたしが12歳、一馬が15歳の時だった。
文明の遅れた、一馬がいうところのチートや魔法もなく、命の軽い世界だった。
その理由の一つに寿命の長さもあると思う。
こちらでは、なぜかヒトの寿命が長い。
成長も遅い。
だからすぐに人が増えてしまう。
それを間引く意味もあるのかもしれない。
そんな現代日本とはかけ離れた世界に、わたしと一馬は放り出された。
そして傭兵団のみんなと戦場を駆け回り、大陸を統一。
その後、異世界の文明を大きく進めた功績から、わたしと一馬はこの世界の英雄とされていた。
一馬を看取っていたみんなが落ち着いたころ、私は一馬と二人っきりにしてもらった。
穏やかな表情の一馬は、今にも目を覚ましそう。
わたしは一馬に心の中で語りかける。
わたしは、前の世界では美少女天才子役と呼ばれ、色々なドラマで活躍していた。
ママは元モデルで色々なバラエティーに出演していた芸能人だった。
川瀬母娘は多くの人の憧れだっただろう。
でも、それは虚像だった。
わたしは道具だった。
あれは、10歳になったばかりの頃。
10歳になったから、もう大丈夫ね、と冷たく言い放ったママの指示でホテルに行った。
最初、何をされているのか分からなかった。
痛かった。
ハゲオヤジの口が臭かった。
それからも、いろんなオヤジとやらされた。
でも疑問にも思わなかった。
ママがやれということをやっていればいいんだ、と思っていた。
わたしは人気者になった。
なりたいわけではなかった。
わたしはママの愛情が欲しかった。
でも、ママは私にお金をつぎ込みはするけど、愛してはいなかった。
仕事がもらえるからと、わたしはハゲやブタの汚い体液にまみれていたの。
結局わたしは、ママがスポットライトを浴びるための道具に過ぎなかった。
それが苦しかった。
わたしは意識的に人格を創り出すことができた。
それを演技の才能と呼ぶのだろうか。
わたしは、苦しさから逃れるために、そうすることが出来るようになっただけなのに。
わたしがあの汚らわしい連中を猛烈に憎んだのは、あなたと出会ってからよ。
あなたは、最初はヌボーとしたお兄さんという感じだった。
わたしは男が怖かった。
痛いことをする男が怖かった。
汚らしい体液でわたしを汚す男が怖かった。
だから、わたしは可愛い妹を演じた。
庇護すべき可愛らしい女の子。
そして肉親の情を持たせる呼称。
わたしは、あなたのことを
「お兄」
と呼んでいたわね。
その時のわたしは、可愛い妹と言う人格を創り出していたのよ。
後にあなたの優れた聴覚が、他人の嘘を見分けると知ったけど、わたしの演技は見抜けなかった。
なぜなら、正確には演技をしているのではないから。
人格を入れ替えているのだから、嘘ではないのよ。
そんなあなたと異世界の日々。
少しずつ、自分の身体が成長していった。
生理が始まり、胸は思った以上に大きくなり、
兄だと思っていたあなたが眩しく見えるようになっていった。
決定的だったのは、あなたが私の胸をみて”発情の匂い”を発した時だったわ。
わたしの嗅覚は、あなたの聴覚と同様に常人の域を超えた能力があった。
こちらの世界で生き残れたのは、この能力のおかげね。
怒り、焦り、恐怖、畏れ、安心、嘘、諦め、色々な感情を嗅ぎ分けられる。
だから、わたしに発情すると匂いでわかるの。
それをあなたが発したのよ。
あれほど嫌だった男の発情臭。
吐き気がするほど嫌悪していたのに。
あなたが、わたしに発情したと感じた時の嬉しさは、人生で一番の喜びだった。
すぐにでも抱かれたかった。
でも……。
わたしは気づいてしまった。
自分がひどく汚れていることに。
こんなに汚れている自分は、あなたにはふさわしくない。
このことを、あなたに知られるくらいなら、死んでしまいたい。
そうなると、わたしを汚したハゲやブタに対する憎しみが込み上げてきた。
ゆるせないゆるせないゆるせないゆるせない!
ころすころすころすころすころす!
二度と道具にされないためには、強くなるしかない!
そう思い込んだわ。
その一心で師匠の元で強くなったわたしは、傭兵団一の戦士と呼ばれるようになったのよ。
そんな汚らしいわたしを、あなたは受け入れてくれた。
そして愛してくれた。
妻にしてくれると言ってくれた。
一馬。
わたしにとってあなたは生き甲斐だった。
あなたの為なら何でも出来た。
あなたを守りたかった。
そうしてあなたの為に死ねれば、わたしのクソな人生にも意味があったと思えたわ。
あなた。
死んだなんてウソよね?
また会えるよね?
ギューと抱きしめくれるよね?
「皆実、よくやった!」
と頭を撫でてくれるよね?
また会おうね。
世界の外でまた会おうよ。




