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さようなら異世界駅改札口前  作者: 酒とゾンビ/蒸留ロメロ


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図書館前のベンチ

 月曜日の午前、階段教室での心理学の授業を終えたぼくは、あの人から目視で三メートル以上距離をとって後をつけたが、今は無理だと気づいた。


 あの人はいつも友人二人といっしょに行動する。

 あの人は読書が趣味らしく、よく大学図書館前のベンチで本を読んでいるところを見かける。そのときはひとりだ。声をかけるならそのときがいいだろう。


 月曜日は学部全体を巻き込んだ大きな講義がある。大学側が学生の就職率を上げるために導入されたプレゼン主体の講義で、グループごとに話し合いをし、その結果を代表者がグループごとに壇上へ出てプレゼンする。

 夕方まで講義を詰め込む人は少ない。午前中心に履修し、午後は一つか二つ出て、遅くとも一六時には帰るのが大半の学生の傾向だ。

 午前午後の学生が多い時間帯は履修できる講義が多い。夕方以降もないではないが、選べる講義は少ないし、みんな遅くまで大学に残っていたくないから午前に講義を詰めて午後は遊びたいという感じだ。朝が苦手な人は午後の講義を好む。


 この講義は時間帯が遅く、学生たちに嫌われている。

 夕方の一六時二〇分から九〇分あるので終わりが一七時五〇分を過ぎる。一番早いバスが一八時ぴったしに出るので、講義が終わると同時に大教室を走り出してゆく学生も珍しくない。ぼくは走ったりしないが、家に帰れるのは二一時前になる。必修科目だから単位を落とすと留年する。


 時刻は一五時を過ぎていた。ぼくはこの時間、講義を入れていない。“一六時二〇分”待ちだ。あの人も同じだった。

 彼女は変わりなく図書館前のベンチに腰を下ろしていた。いつもの友人たちはいない。ひとりだ。

 ベンチの傍に屋根はない。ぼくは平井に教えてもらった名前を頭に呼び起こすことができる。漢字も含めて。

 あとは彼女の前まで行って呪文詠唱するだけだ。


「よし」


 周囲に聞こえないくらいの声で意気込んだ。その際のぼくと彼女との距離は、実に一〇〇メートルはあった。高校の体育の授業で直線五〇メートルを走った記憶があるが、いまはあれの二倍以上ある気がする。

 食堂へ行くふりをしてぼくは五〇メートルほどそのベンチへ近づいた。そのままいちど食堂へ入った。意味なんかない。別に腹が減っているわけでもなく入った。すぐに出て、そのままベンチから遠ざかった。

 何をしてるんだ、ぼくは……。

 彼女との物理的な距離が縮まらない。アスファルトを見下ろして立ち止まった。やや首だけ振り開けると、遠くのベンチに米粒サイズのあの人が見える。図書館へ向かうふりをしようか、それともその傍の講義棟へ向かうふりをしようか。それもおかしい。講義があるならいまここにいること自体がおかしい。講義室にいて講義を受けているはずだ。

 ぼくは何をやってるんだ……?

 何のためのふりだ、カモフラージュだ。彼女に見られている気がする。曽根のせいだ。あいつの言葉を思い出した。あいつ曰く、あの人はぼくに気づいているという。ぼくの好意に。だとすると、ぼくのアスファルト上の迷う足取りも、いまこのときも、見られているということになるのか。


「ばかばかしい……」


 そのあと何度か試したが、食堂までしか足を運べなかった。図書館傍の講義棟にすら近づくことができなかった。ぼくは必修科目をほっぽりだして帰った。

 ベンチで本を読んでいる彼女の姿が頭から離れない。

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