異世界逃避行
ぼくは逃げて、逃げて、逃げ続けた。
どのくらいの距離を移動し、どれだけの時間が過ぎたろうか。三日目までは数えていたが、以降は数えていない。
町から町へ移動し、そのたびに隠れ、ぼくは転覆先を変えていった。
余裕を持って移動した。宿に泊まる金もないので野宿した。朝には追いつかれ、急いでその場をあとにする。そんな暮らしを繰り返した。
飯は炊き出しを利用した。オリバーツイストに出てきそうな子供たちの真似をして、市場で掏摸を試みたが、異世界という得体の知れない文化の土地で悪事を働いて、腕を切断されたりしたら嫌なので、やめておいた。風呂は困らなかった。炊き出しの近くに無料のシャワーがあった。桶から汲んで洗うタイプで新鮮だった。山の近くに生活水の流れていない川があったので、日中はそこで洗うこともできた。夜は獣が出る。
寝る場所だけは、ぼくに限った話だが、困った。
彼女はぼくがどこへ逃げても追ってくる。隠れても無駄だ。まるでぼくが、どこにいるのか最初からピンポイントにわかっているようだ。最短距離でまっすぐぼくのところまで来る。
かつてぼくは、夢のなかで彼女のことを探しつづけた。いくら探しても絶対に見つからず、夢から覚めると地獄にいるような気分になった。彼女に会いたい、一目見たい、とそう思うのだが、絶対に会えないという悪夢だった。
でも、もう彼女を探す必要はない。彼女の方から会いに来る。そして逃げているうち、走る必要がないことに気づいた。
破滅の女は運動能力が著しく低かった。行動観察でわかった。彼女はぼくを追跡中、何度も躓き、転んだ。バベルで教えてもらったように、彼女は歩くことしかできないようだった。坂や階段を上がることはできても、道になっていような険しい斜面を登ることができない。
ぼくは走ることをやめた。体力温存だ、歩いて移動することにした。
ときどき追いつかれそうになった。それは街中だった。何とか気づいて逃げることができたが、あの人がぼくに鋏を突き付けてきたので、逃げるとき思わず悲鳴を上げてしまった。
「変な人」
通行人の誰かが、そんなことを言った。
それで思い出した。はじめてフェンス越しに宮城さんに会ったとき、駅前をスーツ姿の男が慌てて走り去っていったことを。「異世界だもん、変な人もいるよ」と宮城さんは言った。あれは変だったのではなく、ぼくに視えない何かから逃げていたのかもしれない。
次はぼくの番?
「嫌だ……」
ぼくは発狂した。
「嫌だあ!」
慌てて走った。ぼくも、ああなったんだ。




