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さようなら異世界駅改札口前  作者: 酒とゾンビ/蒸留ロメロ


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24/29

青白い女

 背嚢(はいのう)のような大きなリュックを背負い、ラムゼンは異世界駅のホームに立った。


「寂しくなるのお」


 彼は赤竜のビンへ別れの挨拶を済ませた。


「もうここへは来ないのか」


「そのうちまた顔を出す。あの改札を潜るつもりは、もうないがのお。バベルはもう飽きた。あそこで学べることは学びつくした、もう用はない。それに、いつまでも気狂いなおじんたちの相手などしておれんしのお」


「そういえば、さっきあの迷子が改札へ上がってったぞ」


「戻ってこぬということは、そういうことじゃ」


「上手くいった」


「儂は魔法を教えただけじゃ、使えとは言うとらん」


「だが結果、あの迷子は魔法を使い、あんたの前にまた電車が止まる」


「まあ、確かに上手くいったのお。しかしあの小童め、親切心で“モイライの(はさみ)”までくれてやった言うんに、突き返してきよって」


「純粋なのだろう」


「阿保いうことじゃ。普通はバベルへ通わんと学べん」


「だがむかしのあんたもそうだったんだろう?」


「だからこそじゃ。自分が恵まれとることに気づいとらん。もっとあの魔法を楽しめばよかろうに……お、電車が来る」


 線路の遠くに逆様電車の姿が見えた。


「久々じゃ。これで戻れる」


 ラムゼンはびっくりしたように目をひん剥き、輝かせた。そして黄色い線の外側へやや身を乗り出し、電車の先頭部を見ようとした。お尻に衝撃を感じた。体がぐらついて前のめりになり、そのまま背嚢といっしょに彼は線路へ頭から落ちた。


「くそぉ、なんじゃ。誰が蹴った。ビン、おまえか!」


 ラムゼンは悪態をついた。線路上で両手をつき、起き上がろうとしながらホームを見上げた。

 赤いドレスを着た女が立っていた。ラムゼンの鼓膜から音が消えた。血の気が引いた。


「……ミア?」


 濡髪の隙間から血眼が見えた。女の口元が笑った。

 警笛が鳴り、ラムゼンは線路の先を見つめた。逆様電車が近づいてくる。


「助けっ──」


 電車が通過した。ラムゼンを形成していた血肉が、砕けたスイカのようにホームに飛び散った。


 エンヴリヲがどこからか天使の羽をはばたかせてやってきた。彼は赤い女の頭に乗った。

 興奮したような大声がきこえた。赤竜のビンだった。


「嘘だろ、ラムゼンの呪いが解けてやがる!」


 嬉々とした咆哮を上げ、赤竜は大きな翼を広げた。飛び上がるとき、線路上のラムゼンの残骸を振り返り見て、「ざまあみろ」と吐き捨てた。





 赤竜が見えなくなってしばらくあと、異世界駅に逆様電車が到着した。扉が開くと大学生くらいの若い女が下りてきた。


 女は俯き気味で、肌が蝋細工のように冷たく、青白かった。


「あなたも誰かに殺されたの?」


 ホームに立っていた赤い女が訊ねた。


「……はい」


 間があって、肌の青白い女は応えた。


「……という人を探しています」


 聞き取りづらい声で、女はある男の名を言った。


「ママ、あの迷子の大学生のことなのだ」


 赤い女の頭の上で、エンヴリヲが教えた。すると赤い女は彼女へ歩み寄る。


「あの青年なら、さきほど改札を潜って出て行きました。宮城という女子高生と一緒です」


「そうですか。教えていただきありがとうございます」


 彼女の頭がやや傾いて、力なくお辞儀した。


「手持無沙汰ではありませんか? こちらをお使いになられてください」


 赤い女は、彼女に(はさみ)を手渡した。


「こちら、一九世紀のフランスでつくられた“モイライの(はさみ)”です。わたしくからの餞別です。きっとお役に立つでしょう」


「ご丁寧にありがとうございます」


 青白い女は(かんざし)で後ろ髪を上げていた。(うなじ)が美しかった。清楚な雰囲気だった。背後で逆様電車が出る。

 (はさみ)を握りしめると女は改札口へとつづく階段を上がっていった。

 女の瞳が、血眼だった。

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