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さようなら異世界駅改札口前  作者: 酒とゾンビ/蒸留ロメロ


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22/29

薄いターコイズブルーの膜

 あの人が死んでから半年が過ぎようとしている。ぼくは四回生になった。この頃はいい加減に講義を受けてきた三年間の付けを払うのでいっぱいいっぱいだ。

 卒業必須単位数というものがある。要は、ぼくは好きな講義ばかり履修してきたので、四回生の前期を迎えたいまになって、それが足りないことに気づいたというわけだ。本来ならば、もうほとんど大学へは来なくてよくなるはずが、ぼくは毎日登校している。


 あれから、よくあの人の夢を見る。

 ぼくは相変わらず斜め後ろから彼女の(うなじ)と横顔を見ている。正面ではなく、斜め後ろからだ。

 夢のなかですらその角度からしか顔が見えないのは、結局のところ、ぼくがあの人を知らないからだろう。

 夢のなかで、ぼくはあの人を探し続けている。大学、錦市場、河原町、四条通り、駅のホーム、ショッピングモール。場所は様々だ。探し続けるのだが、絶対に見つからない。心理学の授業に出ないといけない、そう思い大学を走りまわるのだが、そのうち気づく。ああ、そういえば、あの人は死んだんだった。


 曽根、平井、高木とは絶交した。三人はもう何も覚えていない。魔法が空気を読んで、辻褄を合わせた結果だ。


 その日の講義を終え、ぼくはまたバス停に立った。

 夕方の気怠さにあの人の姿を思い出す。大学の坂道をスキップしながら友人たちと下りていくあの人。大学図書館前のベンチでひとり本を読み耽るあの人。心理学の講義中のあの人。キャンパス内の階段や講義棟の階段、廊下ですれ違ったときのあの人。食堂で友人たちと談笑しているときのあの人。

 ついあの人がいつも乗る方面のバス停を眺めてしまう。ふとそこに、いま、あの人がいたような気がした。

 ぼくの恋は限りなく幻想に近い何かであって、あの人は初めからどこにもいなかった。記憶の中のあの人は、いまも清純で美しい。脳裏に過れば呼吸が苦しくなるし、内臓が引き締まる。この妄想のなかのあの人が、初めからぼくにとってのあの人だった。





 翌日のぼくは、橋の真ん中に立って山科川を見つめていた。


 川はほどよく浅く、ここから落ちて頭を川底にぶつければ死ぬだろうか、なんてことを考えている。自殺を考えているわけではない。自殺が目的ならば、こんな浅い川を見つめたりはしない。橋の真ん中にも立たない。


 橋に立つに至るまでの記憶がない。

 初めて自殺が過ったのは、いつだったろうか。昨年の十一月に近所のホームセンターで練炭を購入した。買ったあと、ぼくのHondaのTodayには積めないことに気づいて、駐輪場にそのまま置いてきた。

 その足で薬局へ向かった。時刻は昼前だった。何を買えばいいかわからなかったので、レジで「いちばん強い睡眠薬をください」とお願いした。外でアルコールと一緒に多量摂取して凍死してやろうと考えたのだ。出された薬を買い、レジを後にした。自動ドアを潜ろうとしたら、「高麗人参入りのジュースでもよく眠れますよ」とレジからその店員に声をかけられた。愛想笑いをしておいた。ぼくの求める眠りに、よくもあまりもないのだが、と心の内で皮肉を言った。


 外へ出て駐輪場に停めてある原付の座席下からハーフヘルメットを取り、被った。

 ふと気になって空を見上げた。

 視界のすべてに、薄いターコイズブルーのような膜が張っていた。そして気持ちは軽かった。

 ぼくは死を前提に生きている。

 すると誰かが言ったように、妙な幸福感があることに気づいた。非常にポジティブな後ろ向きのひとときだった。


 そんなことがありながら、ぼくが未だに生きているのは、死ぬのが怖いからだ。ぼくは自分ひとり殺すことができない。あの人を殺しておいて。

 臆病であるだけならまだしも、悲壮感に酔いしれている節がある。報われなかった恋路に酔いしれている節がある。救いようがない。

 あの人を殺したのは、ぼくだ。最近、ぼくの頭の中のヴィーナスの腕が変形している。変形していっている。

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