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さようなら異世界駅改札口前  作者: 酒とゾンビ/蒸留ロメロ


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19/29

絶交

 ぼくは(はさみ)を鞄に隠し、傍の男子トイレへ急行した。B. J. トーマス の『Raindrops Keep Fallin' on My Head』がまだ流れている。この曲が終わる前に、とそう思ってウィンドブレーカーを脱いで鞄へ押し込んだ。正面の鏡に写るぼくの顔が真っ赤だった。蛇口を勢いよく捻って水を出し、顔をよく洗った。髪や首筋も念入りに。

 悲鳴がきこえた。頭のなかの曲がぷつんと終わった。


 トイレを出ると女学生がヒステリックに叫んでいた。あの人が血を流してテーブルと椅子の間で倒れている。


「うぃーす」


 声がして振り向くと曽根、高木、平井の三人がこちらへ歩いてくるところだった。


「誰か叫んでね?」


 そのように訊いてすぐ、曽根が騒動に気づいた。


「なあ、あれ、あの人?」


 平井が空白な顔をして、ぼくに訊いた。

 ぼくは何も言い表せなかった。高木が倒れているあの人を、ほら、と指差す。ぼくが反応しないでいると、三人ともぼくがわかっていることを悟って何も言わなくなった。


「五十嵐」


 平井が傍を通った男子学生をそう呼んだ。指差して、彼に知らせた。五十嵐と呼ばれた男子学生が、あの人の状態に気づいて駆けつける。五十嵐があの人の名を呼んだ。不快だ。五十嵐が名を呼ぶたび、腹を下す前触れのような不快感がぼくの下腹部に広がった。


「やばいな、あれ」


 曽根が感想を述べると、「死んでる?」と高木が訊いた。わからないと、曽根が首を傾げる。


「外、出ないか?」


 ぼくは三人に言った。


「ここにいると邪魔になりそうだし」


「お、おう」


 三人は同意した。





 Y館の外へ出て、深く深呼吸した。今朝は雨が降っていたがいまは晴天だ。


「なあ、大丈夫か? あれ、あの人だろ」


「んあ?」


 ぼくは伸びをしながら曽根へ振り向いた。


「何があったんだ」


「“ライトニング”!」


 ぼくは叫んだ。三人のフルネームは漢字までちゃんと把握している。

 先生によっては学生証を機械へ通すだけでは出席認定してくれない場合がある。そのまま授業を抜け出して帰ってこない生徒が山ほどいるからだ。それをよく思わない先生は、授業の真ん中あたりで感想シートの提出を求め、それで出席を取る場合がある。帰り際に籠へ入れればいいだけの簡単なものだ。

 遅刻した友人の名前を記入して提出してやるのが友情だ。こいつらの名前なら何度か書いたから覚えている。ぼくも書いてもらったことがある。


 三人はぼくの目の前で奇妙な笑顔を浮かべて立っていた。もういつもの三人でないことはよくわかった。マネキンみたいだ。


「目を瞑ってくれ」


 ハサミを突き出してびっくりされるのも面倒くさい。ぼくは鞄を開け、押し込んだウィンドブレーカーの下にあるハサミを取り出した。

 通学してきたばかりの学生たちは、みんなY館内の騒動に注意を奪われている。

 三人の首元に巨大アニサキスが漂っている。確かめる必要がある。このままでは意味がわからない。ぼくにはもう、それくらいしかできない。


「なあ、俺からあの人に言ってやろうか?」


 平井が目を瞑ったまま言った。


「何を?」


「おまえと付き合ってやってくれって」


「それが俺が誘導してやろうか? 二人きりになれるところに」


 曽根が提案する。高木が「飲み会に誘う?」と言った。ぼくにとって都合のいいことを言ってくれる、ぺらぺらと。

 ぼくは三人のアニサキスをそれぞれ切っていった。それからハサミを鞄へしまった。

 目を開けた三人は、しばらく無言だった。血も飛び出していない。三善さんのときと同じだ。ぼくは、わからなくなった。あの人のあれは何だ。


「助けはいらない。自分でやるよ」


 ぼくは三人へ告げた。


「知り合いか?」


 曽根が隣の高木へ言った。高木が首を振る。


「何か用?」


 平井がぼくに訊いた。


 曽根がぼくを素通りした。高木がぼくをじろじろ見ながら曽根へ着いてゆく。平井も二人へ続いた。

 三人は、まるで何の面識もない赤の他人のようだった。

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