絶交するためのハサミ
「やつれてるね」
フェンスの傍まで来ると宮城さんが外から言った。彼女が手に何か持っているような気がした。
「ああ、これ。このあいだ渡しそびれたから」
ぼくは彼女から紙を受け取った。開くと電話番号が書かれていた。
「相談、乗るよ」
携帯を出して番号を打ち込み、ワン切りした。
「ワン切りしときました。あの、宮城さんも迷子ですか?」
宮城さんは首を振った。
「わたしは別ルートで来たから。異世界転移ってやつ」
「ああ、あれですか」
「そうそう」
当たり前に“異世界転移”だなんて言われてもな。ぼくが赤竜のビンさんを見ていなかったら、ラムゼンの魔法が本物でなかったら、この人のことも頭のおかしいやつだと思っただろう。
「ぼくも、何かあったらそっちへ行こうかな」
「何かって?」
「いえ、別に……」
「ラムゼンと何か揉めてなかった?」
「見てたんですか」
「見てないけど、そんな気がしただけ」
ぼくは話そうかどうか迷ったが、やめておいた。いまはもう話す元気がない。帰って寝たい。
「それじゃあ」
ぼくは跨線橋を上がった。
〇
改札前の広場にエンヴリヲが浮いていた。窓から線路を見下ろしているようだ。ホームにいる姿しか見たことがないからびっくりした。ここは異世界駅と駅名札にある割に、どこにでもある田舎の駅と変わらない。
「使え」
エンヴリヲが鋏を突き出してきた。ぼくは狼狽して下がった。
「ちょっ、なんだよ。危ないな」
「ラムゼンからだ」
「何これ」
裁縫に使うような大きな鋏だった。
「絶交するための鋏だ」
「絶交?」
「これで糸を切るのだ」
意味がわからない。
「ラムゼンは?」
「どっか行ったのだ。ホームにはいないのだ」
ぼくはエンヴリヲから鋏を受け取り、ホームへ下りた。ラムゼンの姿はなかった。向かいのホームのフェンスの向こうに、まだ宮城さんの姿が見えていた。
〇
自宅に帰り、風呂に入って飯を食い終わった二〇時頃、携帯が鳴った。
「受け取ったか」
出ると老人のしわがれた声がした。
「はい?」
「エンヴリヲに渡すよう言うておいた」
ラムゼンだ。
「ラムゼン?」
「そうじゃ」
「何ですか」
「首筋に糸が見えたら、あの鋏でちょん切れ。絶交じゃ」
「絶交?」
エンヴリヲもそんなことを言っていた。
「悪かったのお、説明せんで」
「……いえ」
電話が切れた。なんだ、気持ち悪いな。




