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さようなら異世界駅改札口前  作者: 酒とゾンビ/蒸留ロメロ


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14/29

第二人格

 ぼくは地下鉄に走り込んだ。京都駅まで行って、乗り換えて、それから大学の最寄りの駅へ向かった。

 駅につくと行きたい方向と逆のホーム、つまり行く予定のない方面のホームに立った。しばらくして無人の電車が現れた。ぼくは逆様電車へ乗り込んだ。


 異世界駅で降りたぼくをラムゼンが出迎えた。傍にエンヴリヲが浮遊していて、相変わらず線路を見つめている。ぼくの背後で逆様電車が出発する。


「何なんですか、あの魔法」


 ぼくはラムゼンに言った。


「何なんですか!」


 言い放った。


「しばらく見んうちに、随分と肌が青白くなったのお。血でも抜かれたか? どうしたんじゃ、今日はやけに機嫌が悪い」


「あの人に魔法を使ったんです」


「おお! ついにやったのか、でかした」


 ラムゼンの晴れた表情に「違うんです」とぼくはきつく言葉を被せた。彼は黙った。


「聞こう。違うとはどういう意味じゃ」


「ラブホに誘われたんです」


「ラブホ?」


「ラブホテルのことです」


「それはわかっとる。それの何が問題なのかと聞いておる」


「大問題ですよ。だって、初対面ですよ?」


 ラムゼンの目線が宙を漂った。数秒あって「なるほど」と彼は言った。


「気に入らんのじゃな、そういう女が」


「わかってます?」ぼくは細目をして訊いた。「ぼくが問題だって言っている言葉の意味、ちゃんと理解してます?」


「もちろんじゃ、理解しておるとも」


「いや、理解してないな。あなたは理解してない。初対面でセックスしようなんて言ってくる人じゃないんですよ、あの人は」


「やけに詳しいのお、初対面じゃというんに」


 ラムゼンがへらへらした。


「おまえ、ぶっ殺すぞ」


 ぼくは自分の頭に血が上ってゆくのがわかった。ラムゼンの表情は微妙にも変わらなかった。


「いったい何が不満なんじゃ。セックスでもなんですればええじゃろ」


 ラムゼンは、ええじゃないか、ええじゃないか、と踊り始めた。気でも狂ったか。


「あの魔法はなんですか! ほんとうのあの人はどこに行ったんですか!」


「どこ?」


「あれは本当のあの人じゃない」


「第二人格というやつじゃ、言うならばのお」


「第二人格?」


「言っておらんかったか?」


 ぼくは首を振った。


「そうか……。確かに、それはその女の本当の人格ではない。しかしお主にとって都合のいい人格ではあったはずじゃ。お主を受け入れ、即ラブホテルへ誘い、交接の誘いまでしてきたのじゃろう? その女と寝るのが嫌なんけ?」


「そういうわけじゃ」


「では好きなように寝るがよい。それがお主の悩みを解決する。魔法の影響を受けた者は、お主を拒絶せん。つまり博打する必要がないんじゃ。必ずお主を好く。どんな年齢のどんな女もじゃ。どうじゃ、夢のようじゃろう?」


「人前でセックスしようとか言ってくるんですよ、おかしいじゃないですか」


「なんじゃ、周囲の目を気にしとるんか? それなら心配ない。この魔法は辻褄を合わせようとする。彼女がそういう言葉を使い、お主を巻き込んだ何か人間関係に、支障をきたすと魔法が判断すると、第二人格は女の奥底へ潜る」


「潜る?」


「安全が確保されるまで表に出て来んというわけじゃ。早い話が、お主の前にしかその人格は現れん。彼女の友人には魔法をかけたか?」


「かけてません」


「ならば彼女が友人たちといるときにでも、いちど声をかけてみぃ。第二人格は表に出て来ん。彼女の本人格は、第二人格のときにしたお主との会話や交接のことを知らん。もし彼女との関係を公のものにしたいのであれば、より多くの者に魔法をかけることじゃ。まずは彼女の友人からかけるとええ。そして彼女たちとも楽しめばええ、色々とな。お主は自由じゃ」


「それってあの人から人格を奪うってことですよねぇ」


「魔法のかかっておらん者の前では本人格じゃ。気にするな。その女子(おなご)は確か心理学科じゃったな。誰もがペルソナを持つ」


「ペルソナとかそういう次元じゃないでしょ」


「何が不満なんじゃ、お主は儂に言うたではないか、拒絶されるのが怖いと。だから儂は解決策をお主に提供してやった。とても合理的(スマート)で、幻想的(ファンタジック)な解決策をのお。選んだのはお主じゃ」


「こんな魔法だって知ってたら」


「使わんかったか? ほんとうか?」


 ぼくは唾を飲んだ。


「お主は正直者か? 嘘ではないと言えるか? その魔法は男にも効くぞ、誰にでも効く。その意味がわかるか?」


「……わかりません」


「お主はもう食うに困ることがないということじゃ。上手く使えば贅沢の限りを尽くせる」


「あなたがその限りを尽くせばいいでしょ、なんでぼくにこんなもの教えたんですか」


「魔法使いだから」


 ラムゼンはかわいこぶったように微笑んだ。ぼくは耐えた。きっと顔が真っ赤だろう。色白だから余計に真っ赤だろう。

 答えになってない。なのにラムゼンは、それ以上説明する必要がないとでも言うような、堂々とした顔をしている。


「他に聞きたいことは?」


 もう話が終わったと思っている。やばいな、この人。サイコパスだ。


「詠唱したとき……呪文を叫んだとき、周りの人がぼくを見てませんでした。大声を出したのに気づいてないみたいだった」


「みたい、ではなく、そうじゃ」


「叫んでも気づかれない?」


「魔法がちゃんと発動したときはな。失敗したときは気づかれるでの。魔法が発動しなかったということじゃから」


 もうあまりラムゼンの声が頭に入ってきていなかった。

 錦市場で声をかけた瞬間のあの戸惑った感じ、歯切れの悪さ、あれが本来の彼女なのだろう。すらすらと猥褻的な単語が口から飛び出るくるあれは、彼女ではない。でももう会えない。


 なんだか疲れた。


「あなたのせいで……悩みが増えました」


 やれやれ、とでも言いたげにラムゼンが首を振った。

 ふと向かいのホームのフェンスの外に、宮城さんが見えた。目が合うと宮城さんは手を振った。

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