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さようなら異世界駅改札口前  作者: 酒とゾンビ/蒸留ロメロ


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異世界駅

 あの人のことで頭がいっぱいだった。逆方向の電車に乗ってしまったと気づいたときには、一つ隣の駅に着いていた。

 大学の最寄りの駅と同じホームだった。見える風景も同じ。なのに見知らぬ駅だと感じた。


「異世界駅……?」


 駅名札にそうあった。やはり知らない駅だ。

 それにしても変だ。そんな駅はないはず。頭がこんがらがる。背後で扉の閉まる音がして、電車が出たのがわかった。


「迷子か」


 電車の音に交じってしわがれた声がした。

 仙人のようだった。低い背丈で、ぼくが生まれてからこれまでに見たことないくらいの長い白髭を蓄えている。髭がもぐもぐ動いている。冬でも寒くなさそうなクリーム色のローブは、汚れてその色になったようだった。


「あの……」


「迷ったのじゃろう」


 言葉の意味がわからず訊ねようとして、ぼくは言葉に詰まった。


 辺りは田園地帯だ。いまは収穫の時期を過ぎた頃だからだろうか、景色一体が枯れた色をしている。青々としていない。


 ふと、空に鳥の黒いシルエットが見えた。小粒だ。それが見るみる近づいてきて、大型旅客機並みの大きさになった。

 そいつは鱗があって、駅のフェンスの向こう側に着陸し、蛇のような首をぬうっとホームへ伸ばしてきた。瞳も蛇のようだった。生えそろった牙は犬みたいだった。


「なんだ、新入りか」


 赤い竜が喋った。


「迷子じゃ。いま“逆様電車”から降りてきた」


 竜が、ふうん、と頷いたような気がした。


「ほれ、薬じゃ」


「助かる」


 指が三本しかないトカゲみたいな巨大な腕が伸びてきて、老人の手の布袋を摘まんだ。すると竜は軽く辺りの視界が一瞬にして変わるくらいの砂埃を巻き上げ、飛び立っていった。


「ステロイド点鼻薬じゃ。ビンは花粉症でのお」


「ビン?」


「あの赤竜(せきりゅう)の名じゃよ」


「あの、ここって何ですか」


「ん?」


 ぼくは夢のなかにいるようだった。ベタな感想しか出てこない。小説をもっとたくさん読んでイメージ力を着ければ、明晰夢をコントールできるかもしれない。そうすれば夢のなかで彼女に話しかける練習ができるだろうか。

 老人がどこかを指差した。ぼくは振り返って見上げた。


「なんと書いてある?」


「“異世界駅”?」


「お主にはそう読めるのか。ならそれでええ。ここは異世界駅じゃ」


「異世界?」


「ビンを見たじゃろう。お主の世界にも、あのような大きな生き物がおるのか?」


「いません。初めてみました」


「じゃろ」


「あの、あなたは?」


(わし)? 儂はラムゼンという者じゃ。お主はぁ……まあ、よい。まずお主の話をしよう。お主は何か思い詰めておるのじゃろう?」


 頭にあの人の顔が浮かんだ。


「ここはそういう者の迷い込む駅じゃからのお」


 会ったばかりの、それも“ラムゼン”などというふざけた名前の老人に話すことなどない、とひとまずそう思った。

 しかしこれは夢だ。ぼくはそのうち、いたくてもこの夢にいられなくなる。竜がみられるなんて楽しいじゃないか。できればもうしばらくここにいたい。夢に彼女が出てきたときと同じように、ぼくはそう思った。


「好きな人がいます。でも話しかけたことがないんです」


「見ているだけ、というやつか」


 ラムゼンの白い髭がむにゃむにゃ言った。


「そんな感じです」


「お主にひとつ、魔法を教えて進ぜよう」


「進ぜよう?」


 変な言い方だ。かっこつけてる。


「いま魔法っていいました?」


「魅了の魔法じゃ。それで相手は一瞬にしてお主の虜となる。どうじゃ、欲しいじゃろ。理想の女子(おなご)が」


 ラムゼンの目つきがいやらしかった。


「そんなことが可能なんですか?」


「可能も可能じゃ。なぜなら魔法は空気を読む。覚えておくことじゃ。魔法は、辻褄を合わせるでのお」


 ぼくは言っている意味がよくわからなかった。


「でも虜にしたいわけじゃ……」


「しかしそれが怖くて話しかけられんのじゃろう?」


「それ?」


「拒絶されることがじゃ」


「……そう、ですね」


 図星だった。


「これを使えばまず拒絶されん。むしろ好かれる、そういう魔法じゃ。好かれることが確約されておる。それもお主が日ごろ頭の中で思い描いておる、理想的な好かれ方をされる」


 ぼくは「理想的な好かれ方……」とラムゼンの言葉をなぞった。


「呪文は“ライトニング”。詠唱すると彼女とお主とのあいだでびびっとくる(、、、、、、)。あとは好きにするがよい。何もせず放置でもええぞ」


 ラムゼンは伸びをしながら言った。まるですべての説明を終えたというように。


「そうやって何もせず、何かできたかもしれん若い時間を溶かせばええ。それもそれで、ありじゃろうて。後悔を得られるでのお」


 むかつく言い方をしてくれる。


「夢のくせに……」


「ん?」


「なんでもないです」


 なんだ“ライトニング”って。電撃? 魅了の魔法じゃないじゃないか。


「魔法とか、本気で言ってます?」


 ぼくは遠慮した苦笑いを向けた。


「なんじゃ、信じんのか?」


「普通信じないですよね」


「ビンを見たじゃろ」


「見ましたよ。見ましたけど」


「だったらわかるはずじゃ」


 ありえないものを見たから魔法まで信じろと言いたいらしい。だがUMAと超常現象を同類とみなしていいのだろうか。あと駅だ。“きさらぎ駅”って都市伝説がむかし流行ったが気がするが、その類だろうか。ぼくはそういうものは全く信じることができないので、あればいいなと願うこともあるが、胡散臭い。

 しかし夢とはいつもそういうものだ。終始、胡散臭い。


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