聖女の猛アタック
よろしくお願いします!
仕事を終えて城に戻ると、城内は何ら変わったことがなかった。騎士や使用人たちが忙しく行き交い、帰ってきた私に、
「エマ様、おかえりなさいませ」
挨拶をしてくれる。
何ら変わりない城内に安心しつつも、クリフさんのことを考えて不安になった。
里果のことだから、クリフさんの元へと直行しているだろう。そして、クリフさんに擦り寄って、甘い瞳で見上げているのだろう。
もしかしたら、クリフさんだって……
ひたすら悪いことばかり考えている私の思考は、
「エマ、お帰り」
いつも通りのクリフさんの声に遮られた。
視線を上げると、目の前には見慣れた騎士服姿のクリフさんが立っている。その瞳はいつも通り優しく、私を見て微笑んでいる。
いつも通りのクリフさんを見て、思わず頬が緩んでしまったのは事実だ。
「里果が来たというのに、城内はいつも通りですね」
思わず言ってしまった私に、
「聖女には、城内に入ることを禁止しているからな」
クリフさんは教えてくれる。
「城内で騒ぎを起こしそうで不安だったが、あいつらが早速街でやらかしてくれたみたいだし」
そう言って、クリフさんは意地悪い顔をして笑う。
「街でやらかしたって、まさか……」
今日の昼の出来事を言っているのだろうか。今日の昼、白ローブたちは、黒竜国の国民に無理矢理跪かせたり鞭打ちをした。やはり、クリフさんはちゃんと見ていてくれたのだ。
「黒竜国民の自由と尊厳を奪ったから、奴らを危険人物とみなし、王城へ入ることを一切禁止している」
してやったりと言わんばかりの言い方だ。こんなクリフさんの様子にホッと胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。
「さあ、エマ。外野は放っておいて、夕食の時間にしようか」
クリフさんがいつもの優しい瞳で私を見つめた時だった。
「だから!! 城内に入ってはいけないと言っただろう!! 」
男の慌てるような声と、バタバタという大勢の足音が聞こえる。続いて、
「黒竜王様!! 」
聞き慣れた女性の声が聞こえた。その瞬間、体をゾゾーッと寒気が走る。
私はこの声が嫌いだ。
この声が私の友達や、好きだった恋人を奪っていったからだ。
振り向くと、大きな黒い扉の前に、白いドレスを着た里果が立っていた。息を切らしながらも、潤んだ瞳で私の隣立つ竜王を見つめている。
「黒竜王様!! 私はあなたとお話がしたいんです!」
里果はそのまま、騎士たちを振り切ってこちらへ突進してくる。そして、わざと躓いたふりをし、足元をよろめかせる。そのまま、ぼふっとクリフさんの胸めがけて倒れ込んだ。
(うわー……)
ショックを受けるというよりも、むしろその大胆な行動に引いている。
(いくらモテるからといっても、私にはこんな行動出来ないわ……)
そして里果は、クリフさんの胸に顔を押し付けたまま弱々しい声で話し始めた。
「黒竜王様は、私のこと、何か誤解をされています。
私は無理矢理白竜王様の妻となるのが嫌なんです。
私は、美しくて高貴で、そして強い黒竜王様の妻となりたいのです」
こういう態度に、勇輝は堕ちた。男は誰でも、自分を慕ってくれる弱い女が好きなのだから。
ずきんと胸が痛む。
「ですから……私が白竜王様の妻候補だからと王城へ入れないことは……」
「待て」
クリフさんの低くて冷たい声に、はっと我に返った。
クリフさんは、この甘くてしつこい里果の誘惑をものともせず、胸に食い込む里果の体をぐいっと引き離した。
「余がいつ、お前が白竜王の妻候補だから城へ入れないと言った? 」
その口調は冷酷で事務的で、いつものクリフさんと同一人物かと疑うばかりだ。
(クリフさんも王様だもん。
こんな言い方するよね)
私は必死で自分の心を宥めている。
だが、里果は想像以上にしたたからしい。黒竜王様に拒絶されても、持ち前のプラス思考で這い上がってくるのだ。
彼女は目を潤ませ、嬉しそうに手を合わせる。
「ということは、私はこのお城に入ってもいいんですね!? 」
その言葉に声を失うしかない。
それは、クリフさんも同様だったのだろう。一瞬、驚いたように里果を見る。その一瞬の隙を、里果は見逃さなかった。
里果は再びクリフさんの胸めがけてダイブする。
「私、第二夫人でもいいんです。
私は誰よりもあなたを愛し続けます。……クリフォード様」
体を震えが走った。そして、怒りとも悲しみともいえない感情が駆け抜ける。
私のほうが、好きなのに。それなのに……第二夫人だなんて……
私はきっと、真っ青な顔をしていたのだろう。クリフさんはちらりと私を見、そして里果を押し戻した。
「気安く触れるな。余の名を呼ぶな。
これ以上まとわりつけば、お前を不敬罪とし地下牢に閉じ込めることにする」
その冷たい声で、はっと我に返る。
クリフさんは優しい人だ。自分が竜王陛下であるのに、私がどんなに失礼なことを言っても怒らない。そんなクリフさんが、里果に対して毅然とした態度で話をしている。きっと、クリフさんは私を安心させようとしてくれているのだ。
「我が妻は、エマ一人でいい。
その愛する妻を泣かせ、彼女から大切なものを奪い、彼女を絶望の淵に追いやったお前には、かける言葉も情けも無い」
エマと聞き、里果は顔を真っ赤にする。そして、きっと私を睨みつける。私は、里果のこんな必死な顔を初めて見た。いつも私から容易く奪っていった里果が、初めて私から奪えなかったからかもしれない。
「そう……絵麻が悪いんだね」
里果は刺し殺すような瞳で私を睨んだ。
「絵麻が変な話を吹き込むから、私は黒竜王様から誤解されているんだね」
(だから……どうしてそうなるの? )
こうして里果は、全責任を私に押し付ける。確かに里果の話を吹き込んだのは私だが、私は事実を話したまでだ。
里果はきっと私を睨み、踵を返して城外へ出て行った。そんな里果が消えた扉を見つめながら……込み上げる涙を必死に我慢した。
里果のせいで、友人からも彼氏からも裏切られてきた私だが、クリフさんは私の味方をしてくれた。その事実が、涙が出るほど嬉しかったのだ。
いつも読んでくださって、ありがとうございます!




