番の契約
よろしくお願いします!
「エマは無防備すぎる」
その日の夕方、いつものようにご飯を食べに来たクリフさんは、イライラしたように私に言った。
確かに、今日の昼の出来事は想定外だった。いつの間にか私はジョンさんに気に入られてしまい、もう少しでジョンさんの彼女になってしまうところだった。
この国は日本とは違うから、色々注意しなきゃいけないと再認識させられた。
「ごめんなさい……」
謝ると、
「今日はやけに素直だな」
クリフさんは口角を上げる。
「俺の子猫ちゃんもようやく懐いてくれたのか」
それに反論する気力も無かった。
というのも、クリフさんとシャーマニアへ行き、クリフさんを知るにつれ、彼は勇輝とは全然違うことを思い知らされた。
クリフさんは、本当はただの市民が易々仲良くなれないようなすごい人だ。妻がたくさんいてもおかしくない。それなのに、どういうわけか私をすごく大切にしてくれるのだ。
しかも、私だけを大切にしてくれるのだ。
(波長が合うと言われればそれまでだけど……)
ちらりとクリフさんを見る。いつもと同じ優しい瞳で私を見るクリフさんは、本当に小動物でもみるかのように愛しそうに私を見つめる。その優しい瞳と美貌も相極まって、頭の中が沸騰しそうになる。
「エマ」
愛しげに私の名前を呼ぶその声色も、まるで私を好きだと言っているのではないかと錯覚する。
「エマは、俺が多夫多妻制を選択しなかったら、俺と結婚してくれるのか? 」
その瞬間、口に入れたお茶をぶーっと吐きそうになった。
「結婚!? 」
私は素っ頓狂な声を上げている。
「なんで結婚!? 」
ちょっと待って。クリフさんは色々飛躍しすぎなのだが。お付き合いもしていないのに、いきなり結婚だなんて……
(やっぱり、この世界の常識は分からないな)
動揺する私を、余裕の表情で見るクリフさん。
「そりゃあもちろん……生涯私だけを愛してくれるのなら、喜んで結婚もしますが……」
そう言いつつも、慌てて口を塞ぐ。そんなことを言ってしまったら、クリフさんはまたおかしな気を起こすに違いない。しかも、クリフさんは竜王陛下だ。私みたいな者が妻でいいのだろうか。
「エマが安心してくれるのなら、俺は喜んで番の契約もする」
「番の契約……? 」
私はかつて、その言葉を聞いたことがある。ライアンさんが初めて食堂を訪れた日だ。あの日、ライアンさんは番云々と呟いて去って行き、その後女将さんが教えてくれたのだ。
竜人族は普通に結婚をする。だが、番を見つければ、その人をただ一途に愛するとのことだ。
クリフさんの言葉を聞いて嬉しかったのも事実だが、これでいいのかと思うのも事実。竜王陛下のクリフさんが、異世界からやってきた私と結婚だなんておかしな話だ。
私のせいで、クリフさんの竜王陛下としての無限の可能性を潰してはいけない。白竜王が言うように、竜人族は妻を”自分にとって役立つ存在”で娶るようだから。
「エマ」
名前を呼ばれて、はっと我に返る。クリフさんは相変わらず余裕の表情で私を見ている。
「今すぐに決めなくていい。番になるということは、もとの世界には戻れなくなるから」
もとの世界に戻ることなんて、とっくの昔に諦めている。それなのに、クリフさんはこうやってまだ、私のことを心配してくれている。
「だが、俺は怒っている」
クリフさんは余裕の表情だが、その瞳には怒りが見え隠れしている。
「エマはユウキとかいうあの男と親しげに話し、食堂では獣人といちゃついている」
いちゃついたつもりは全くない。
「おまけに、ライアンの背中に乗った」
それに関しては何も言えない。
「竜人族の嫉妬をナメてかかるなよ」
私は、クリフさんのことを散々チャラいなどと豪語していた。だが、クリフさんは甘い言葉こそ吐くが、浮ついた言動は一切なかったことに気がつく。
(むしろ、私のほうがフラフラしてるわ……)
その事実に愕然とした。
「ごめんなさい」
私は、この甘くて優しくて嫉妬深い黒竜王に向かって謝っていた。
「私は酷い失恋をしたから、クリフさんのことも軽いチャラいって……
もう男の人は信用しないと思っていたのに、クリフさんのことは信用してもいいのかな……」
クリフさんは何も言わなかった。いつものクリフさんであれば、甘い言葉の一つや二つ吐くであろうに。だが、この優しい沈黙が私の気持ちを鎮めていく。
「でも、クリフさんはこの国の王様だから、私には……」
「そんなことは関係ない」
彼は静かに告げ、そっと私の頬に触れる。その温かい手で触れらると、途端に幸せが溢れてくる。
「エマはこの世界の人間ではないから、知らないのだろう。
俺はただ力があるから国王になっただけであって、中身はただの竜人族だ。国王になる前はライアンと同僚で、近衛騎士団の騎士として働いていた」
初めて知る、クリフさんの話。私はクリフさんと毎日会っているのに、クリフさんのことを何も知らないことを思い知る。
「これで少しは親近感が持てたか? 」
そう聞かれると、
「全然」
と答えるしかない。
いくら以前の職業が近衛騎士団の騎士だったとしても、それ自体が庶民離れしているからだ。女将さんやお客様が、王城の騎士を遠い目で見ていることはよく知っている。
私の答えに、
「やっぱり子猫ちゃんは一筋縄ではいかないようだな」
クリフさんは満足したように笑っていた。
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