仕事先に来てしまった黒竜王
よろしくお願いします!
「いらっしゃいませー!! 」
シャーマニアから帰ると、いつもの日常が待っていた。
私はいつものように食堂で働き、皆に囲まれて楽しい日々を過ごしている。
お客様はいい人ばかりだが、時々厄介な人もいる。
「エマちゃーん!今日も会いに来ちゃったよー」
そう言って店に飛び込んでくるのは、猫の獣人の男性ジョンさんだ。どうやら私を気に入ってくれているらしい。
「愛しのエマちゃんに、今日は猫じゃらしのプレゼント!」
なんて、本当に嬉しそうな顔で猫じゃらしをくれる。
「わーい、ありがとうございます!! 」
嬉しそうにもらっておきながら、結局は捨ててしまうのだろう。
「エマちゃん、知ってる? 」
ジョンさんは私が仕事中だというのに、ひっきりなしに話しかけてくる。気分屋の猫というより、まさに犬のような懐き具合だ。
「竜って、心から大切に思う人しか背中に乗せないんだって!! 」
「えっ!? 」
予想外の言葉に、何も言えなくなってしまう。
ジョンさんの言う竜は、竜人族のことを言っているのだろうか。だとすれば、私は二度もクリフさんに乗っているし、ライアンさんにも……
そして、はっと気付いた。私がライアンさんに乗っているのを見たクリフさんは、正体を隠していたにも関わらず、怒り狂っていた。
「だから、別の竜の背中に乗るのは浮気なんだって」
その言葉を聞き、頭の上に百トンの錘が降ってきた気分だった。
クリフさんを散々チャラいだなんて言いつつも、一番してはいけないことをしたのは私だ。
(クリフさんに謝らなきゃ)
私の頭はクリフさんのことでいっぱいだが……
「だから僕も、大切な人にしか猫じゃらしはあげないんだよー」
ジョンさんは何やら熱い瞳で私を見る。
「他の獣人から、プレゼントもらわないでね」
(ちょっと待って。これじゃあ私、ジョンさんの気持ちを受け取ったことになってしまうの!? )
獣人の習性を知らない私は、慌てふためくばかり。そして、咄嗟に口走っていた。
「あっ、あの!! 私、彼氏がいます!! 」
頭に思い描くのはクリフさんだが、もちろん私たちの関係は恋人ではない。クリフさんは私を好んでくれてはいるが、その感情が恋愛感情だとは限らない。
クリフさんが私を好んでいるのは、恐らく”波長が合うから”だ。その他に考えられる理由は、”私が聖女のような能力を持っているから”である。
(考えれば考えるほど惨めになるわ……)
だが、ジョンさんがそんな私の気持ちを知るはずもない。焦りに焦って私に聞いてくる。
「えっ!? エマちゃん、彼氏がいるの? 」
その次に出たのは、さらに私の気持ちを不安にさせるものだったのだ。
「じゃあ、僕は二番目の彼氏でいいよ?
愛する人が何人いても関係ないでしょ!? 」
先日の白竜王の言葉からも想像がついたが、獣人たちは恐らく多夫多妻制だ。実際、街で複数でいちゃついている獣人を見かけることもある。
だが、それを受け入れることは、異世界で育った私には到底無理なことでもあった。
そんななか、激しく店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ!」
笑顔で挨拶した私は、そのまま氷のように固まった。というのも、入ってきた二人組が誰なのか、すぐに分かってしまったからだ。
緑色の髪に黒い騎士服姿のライアンさん。その隣にいるのは……黒い髪と顔が見えないよう、目深に帽子を被ったクリフさんだったのだ。しかも、クリフさんからはただならぬ怒りのオーラを感じる。
(こ、国王がこんなところに来てもいいの!? )
私は心臓が止まりそうだが、周りの人誰一人として竜王陛下だとは気付いていない。ただの王城勤めの騎士だと思っているようだ。
「俺がエマの彼氏だが? 」
クリフさんは怒りのオーラを纏いつつ、低い凄みのある声で告げる。それだけでジョンさんは怯んでしまって、真っ青になって逃げていった。まさに蛇に睨まれた蛙……ではなく、竜に睨まれた猫だった。
突然の来訪に戸惑いを隠せない私は、遠慮がちに怒っているクリフさんに聞く。
「急にどうされたんですか? 」
すると、怒りのあまり何も言えないクリフさんに変わって、苦笑いしながらライアンさんが教えてくれたのだ。
「エマさんに悪い虫が付かないか気になるっておっしゃっておられて……」
「付いてるじゃないか」
荒ぶるようにクリフさんが唸る。
いや……ジョンさんの件は全く想定外だったが、庶民の食堂を覗きにくる陛下もどうかしている。しかも私たちは、恋人でも何でもない。
クリフさんは怒り心頭だが……肝の座っている女将さんは、クリフさんの怒りにも動じないらしい。途端に笑顔になって私に駆け寄り、
「えっ!? エマちゃん、彼氏がいるなら教えてよー!! 」
バシバシと私の腕を叩くのだ。
「あの……彼氏じゃありません」
かろうじて告げるが、クリフさんの視線が痛い。そして、女将さんだって空気が読めない。クリフさんが竜人族だとは思ってもいないようで、失礼すぎる言葉を吐いた。
「やっぱり、エマちゃんは人間の彼氏のほうがお似合いよ。
私も、獣人の多夫多妻制は理解出来なくってね……」
「分かります……」
ちらりとクリフさんを見る。そして付け加えた。
「私は、多夫多妻制でなかったら、相手が獣人でもいいんですけどね」
白竜王に会ってから、私が引っかかっているのはそこだ。クリフさんに恋してしまったが、多夫多妻制は絶対に受け入れられないのであった。
クリフさんはムッとしたように私を見る。そしておもむろに告げた。
「俺がいつ多夫多妻制を好んでいると言った!? 」
「……え? 」
思わずクリフさんを見上げる。すると、彼は少し頬を染めて口を開く。
「エマ。竜人族はな……」
その瞬間、ライアンさんがぱっとクリフさんの口を手で塞ぐ。そしてあからさまに焦った様子で告げた。
「わっ、私たちは勤務があるので、これでッ!! 」
そして、クリフさんを引きずって食堂から出て行ってしまったのだ。
その意味不明な様子をぽかーんと見ている私。ライアンさんはきっと、ここで自分たちが竜人族だと知られたくないのだろうけど……私はクリフさんの言葉が気になる。
もしかして、クリフさんは多夫多妻制を好んでいないのかもしれない。そう思うと、胸に詰まっていた苦いものが、すーっとなくなるのであった。
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