聖女様は黒竜王を狙う
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不思議な光景だった。ボロボロの身なりの人々が、道に向かって跪き頭を下げている。大きな数珠を持っている人は、それを擦り合わせてガチャガチャ音を鳴らしたりしている。それはまるで、何か恐ろしい宗教団体の集まりのようにさえ思える。
鐘の音が近付き……道の中央に、白い馬が見えた。このどんよりとした暗い街に似つかわしくない、大きくて立派な白馬だ。
白馬の両隣には、白いローブを着た男性たち。そして、白馬の後ろには、立派な白い馬車が見える。白いローブを着た男性たちは、この馬車を守るように周りを取り囲んで歩いているのだ。
「聖女様のお通りだ!! 」
白いローブの男性が叫び、跪く市民は頭を一層低く垂れる。そして、持っている数珠を擦り合わせた。
「皆の者、頭を下げよ!! 」
言われるままに頭を低く垂れながら……気になって、少し顔を上げて見てしまった。すると、白い馬車に乗っていたのは、白い豪華なドレスを着て、光り輝くネックレスやティアラを付けた里果だったのだ。
この貧しい国で、よくぞあの身なりで外に出られると尊敬するほどだ。それほど、里果の衣装は空気が読めないものであった。
(里果に気付かれたくない)
咄嗟に頭を下げたが、時すでに遅しだった。聖女の馬車を取り囲む男性が、頭を完全に下げていない私を見つけてしまったのだ。
「そこ!! 」
男性は、大声で叫ぶ。
「そこの無礼者、こっちへ来い!! 」
無視を決め、必死で頭を下げる。だが、それだけでは許してくれないらしい。白いローブの男性は大股で私に歩み寄り、地面についている手をぐっと引っ張り上げた。私は無理矢理立たされる形となり、嫌でも馬車の中にいる里果と目が合ってしまう。
「この無礼者め!! 聖女様に懺悔し、鞭打ちの罰を受けよ!」
(ち、ちょっと待って!……鞭打ちの罰!? )
ゾゾーッと体を寒気が走った。
だが、恐怖のあまり、私は忘れていた。私の隣には、黒竜国を守っている竜王陛下がいるということを。
「無礼者はどっちだ」
聞き慣れたその声は、怒りに満ちていた。いつもの優しさは陰をひそめ、震え上がるほどの敵意に満ちている。
「はぁ!? お前、口の聞き方には……」
白いローブの男はクリフさんに掴みかかろうとするが、クリフさんが軽く手を振ると衝撃波が放たれる。それはローブの男を直撃し、十メートル以上も吹っ飛んだ。
これでは威厳が保てないと、数人の白ローブが加勢する。だが、クリフさんは虫でも払うように簡単に吹っ飛ばしてしまうのだ。
(強い……強すぎる……)
あまりの強さに衝撃を隠せない。黒竜様にもなれる人なのだから、ある程度の戦闘力はあると思っていた。だが、人間を虫けら程度に扱うとは……
竜王陛下の軽いあしらいに、白ローブは驚き戸惑っていた。だが、白ローブを恐れているのだろう。市民は誰一人として顔を上げない。
しーんと静まり返った静寂のなか、クリフさんは冷たい声で静かに告げた。
「余と彼女は、黒竜国の者である。したがって、余と彼女は貴国の風習に習う義務がない」
その声を聞き、近くの人々が恐ろしい叫び声を上げる。
「ひぃぃぃー!! こ、黒竜国ですって!? 」
「黒竜国……ということは、竜人族!!? 」
私はぽかーんとその光景を見ていた。
信じられないことだが、この国の人々は黒竜国を、そして、竜人族を恐れているのだ。まるで、死神か何かのように。
「余は、貴国が怪しげな呪具を密輸している噂を聞き、この地に参った。
潔白であれば、すぐに黒竜国に帰るとしよう」
黒竜国と聞いた瞬間、多くの市民が震え上がる。そして、ガタガタ震えて顔すら上げないのだ。そんな市民を気の毒にすら思う。
クリフさんは、黒竜国では黒竜様と竜王陛下と皆から慕われている。市民が恐れるような人ではないことは確かだ。
白ローブたちも、竜人族には勝てないと悟ったのだろう。
「承知した」
短く答えると、それ以上関わりたくないとでもいうように踵を返す。そして、聖女の馬車を出発させようとした時だった。
「絵麻!! 」
急に馬車の扉が開き、着飾ったドレス姿の里果が身を乗り出した。
「絵麻、心配したのよ? 急にどこかに行っちゃうんだからぁ!! 」
里果は何事もなかったかのように……いや、私が勝手にこの街を飛び出したとでも言うように、心配そうに私に言う。その態度にイラつきを隠せない。
だが、クリフさんが再びそっと手を握ってくれるから、イラついた気分もすーっと治っていく。
里果は馬車からちょこんと飛び降り、ドレスの裾を持ち上げて、とととと歩いてくる。その、いかにも”ぶりっこ”な歩き方にイラつきを隠せない。この振る舞いに、どれだけの私の友達が、私の好きな人が惑わされたのだろう。
「絵麻、何で今まで隠れてたのよ? 」
その、いかにも私を悪とした言い方に何も答えられない。そして、ここを一刻も早く去りたい。もっと言うと、隣にいる超絶美形の竜王陛下に気付いて欲しくない。だが、気付かないはずがない。先ほど、この竜王陛下は白ローブたちを、虫けら同然に扱ったのだから。
案の定、里果はクリフさんを見上げ……一瞬で頬を染めた。そして、クリフさんのローブをきゅっと引っ張る。
「あなたは……? 」
その様子を見て、ずきんと胸が痛む。こうして、里果はクリフさんまで奪っていくのだろうか。
だが……
クリフさんは、虫でも払うように、バサっと里果の手を払い除けたのだ。表情一つ変えず。
(あれ?クリフさんって、チャラい人じゃなかったっけ? )
目が点になる私の前で、彼は冷たい声で静かに言い放った。
「エマは余の大切な人だ。
エマを悲しませる奴は、たとえ女であろうが容赦しない」
途端に胸がぼっと熱くなる。今まで、私と里果が揉めた時、私を守ってくれた人はいただろうか。記憶の中では、クリフさんが初めてだ。
頬を染めてクリフさんを見上げていた。その信じられない様子に胸を打たれながら。
だが、ここで負けないのが里果だ。里果は頬を緩ませ、この美男を離さないとでも言うように見つめ続ける。
「何をおっしゃるのです?
私は、ずっと絵麻の親友ですよぉ」
(親友!? )
想定外の言葉を聞き、体を寒気が走る。
親友!? 私は、そんな風に思ったことはない。
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