黒竜様と結婚したい
よろしくお願いします!
今日は食堂の定休日だ。
私はいただいた給料を握りしめ、街を歩いている。ヴェールの街はとても大きく賑やかだ。石造りの家々の前に、露店が立ち並ぶ。そして、露店には様々な人が訪れ、売られているものを眺めているのだった。
「姉ちゃん、綺麗な黒髪だねぇー」
露店の前を歩いていると、ウサギのような耳が生えた店主に声をかけられる。
「ありがとうございます!」
笑顔で答えた私に、店主はきょろきょろと周りを見回して小声で告げた。
「今日は呪詛の国、シャーマニアから密輸したブレスレットがあるよ?
なんと、付けた人は一生呪われるらしい。
姉ちゃん、怨んでいる人がいれば、これを送ったら? 」
一瞬、勇輝と里果の顔が思い浮かんだ。だが、私は笑顔で告げる。
「怨んでいる人なんていません」
むしろ、勇輝にも里果にも、二度と会いたくない。たとえ呪いのブレスレットを渡すためだとしても。
二人を思い出してふと思った。私は失恋と裏切りにショックを受けていたが、そのショックも随分と小さくなっているらしい。むしろ、今の今まで二人の存在を忘れていた。
それよりも……日頃お世話になっているクリフさんにプレゼントでも買おうかな。いや、クリフさんにプレゼントを買うと、変な勘違いをされるかもしれない。
悩んだ末、初めていただいた給料で、黒竜様にプレゼントを買うことにする。いつも国を守ってくださっているお礼として。
(黒竜様、喜んでくださるかな)
黒竜様のことを考えると、自然と顔がにやけてくるのだった。
昼過ぎ。
黒竜様が城に舞い降りるのを見た私は、急いで王城へ向かった。黒い石畳を登り、王城上部の広場へ出る。そこにはやはり黒竜様が羽を休めておられ、黒竜様を見た瞬間微笑んでいた。
(不思議だな。
黒竜様を思うだけで、こうも嬉しく胸が熱くなるなんて)
「黒竜様、こんにちは」
笑顔で告げ、黒竜様のもとへと走り寄る。すると黒竜様はその深碧の瞳で私を見、嬉しそうに目を細めるのだ。
「今日は街で、黒竜様へプレゼントを買ってきました。
あの……気に入っていただけるか分からないのですが」
街で買った青いスカーフを、黒竜様の鱗で覆われた長い首へと巻きつける。すると、黒竜様は嬉しそうに私に頬ずりをしてくださる。
黒竜様といると気持ちが落ち着く私は、黒竜様の大きな体にもたれかかり、いつものように話を始めた。
「今日は、初めて街で買い物をしました。
露店の店主が、呪詛の国シャーマニア? から密輸した呪いの腕輪を勧めてきたんです」
黒竜様は、いつものように黙ったままだ。それをいいことに、私は黒竜様にもたれかかって語り続ける。
「でも、勇輝にも里果にもはめてやろうなんて思いませんでした。
私は今、こうやって黒竜様の隣にいて、とても幸せです」
黒竜様と過ごす時間は穏やかで、この時間がずっと続けばいいのにと思ってしまう。黒竜様といる間は、もとの世界に戻りたいだなんてことも思わなくなっている自分がいた。
そして、私は何気なくぼやいていた。
「黒竜様といると、とても気持ちが落ち着くんです。
人間の男なんかじゃなくって、黒竜様と結婚出来たらいいのに」
私は何を言っているのだろう。黒竜様が恋愛対象ではないことくらい、分かっている。だが、黒竜様の隣があまりにも心地よく、ついそんなことを言ってしまったのだ。
黒竜様は少しだけ喉を鳴らし、そっと私に頬を寄せた。その大きな頬にしがみつき、私は幸せを感じていた。
そしてその晩のことだった。
「こんばんは、エマ」
いつものように大量の食事とともに家を訪れたクリフさんは、なんと青色のスカーフを首に巻いていた。それはどう見ても、私が黒竜様にプレゼントしたものだ。
「ちょ、ちょっと……クリフさん……」
私は彼を見て硬直した。
「ど……どうしてそのスカーフを?
私が黒竜様にあげたものなのに……」
クリフさんは、黒竜様からスカーフを奪ったのだろうか。私が黒竜様にプレゼントしたことに、嫉妬でもしているのだろうか。黒竜様が優しいからって、つけ上がって……
ありったけの怒りを込めてクリフさんを睨むが、クリフさんはヘラヘラと笑っている。
「何言ってんだ?
黒竜のものは、俺のもの、だ」
「うわっ、もしかしてジャイアン!? 」
思わず某国民的アニメの登場人物の名を口走ったが、クリフさんが知るはずもない。いずれにせよ、その登場人物のように黒竜様からスカーフを奪ったのが濃厚だ。
クリフさんを睨む私を、彼は甘い瞳で見る。そして、優しい声で囁いた。
「なぁ……分かっただろ?
波長が合うってことは、どういうことか」
「分かるはずないです!! 」
必死で抵抗するが、分からざるを得ない。クリフさんも黒竜様も、私とは『波長が合う』のだ。波長が合うもの同士が近くにいると安心し、幸せな気持ちになる。
(だけど、認めなくない)
認めるということは、クリフさんを受け入れるということだろう。クリフさんを受け入れるということは、また裏切られる可能性もある。
「相変わらず素直じゃないな、俺の子猫ちゃんは」
そうやってまたチャラい言葉を吐き、大切そうに私を見て、嬉しそうに瞳を閉じる。気を許せば私だって幸せになってしまいそうだが、この幸せを受け入れるのが怖いのだ。
「どっちにしても、そのスカーフはちゃんと黒竜様に返してくださいね!」
私は苦し紛れにクリフさんにそう告げるのであった。
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