第九話:想いの伝わり方
さて。あのペンダントの魂から考えうるに、候補になりそうなのは両極端な宝珠灯。
となると……あれと、あれとかが良さそうか?
ざっと工房を見渡し色々と考えながら、宝珠灯に目星を付けていく。
「さっきのお話だと、色付きのグローブは駄目なんですよね?」
そんな中、俺がその場できょろきょろしているのが気になったのか。突然リオーネが質問をしてきた。
「魂灯で使う前提なので、そうなりますね」
「じゃあ、ああいう曇り硝子の物も駄目なんですか?」
リオーネが指差した先にあったのは、彼女の言葉通り、楕円体型の曇り硝子のグローブが使われた宝珠灯。
曇り硝子を魂灯に使えるか否かといえば……。
「状況次第ですね」
「状況次第、ですか?」
「はい」
「どういう事ですか?」
どこか曖昧にも聞こえる答えに、彼女が首を傾げる。
まあ、こればかりは宝珠灯や魂灯の特性をちゃんと知っていないと、納得は得られないかもしれないな。
俺は候補に宝珠灯が吊るされている場所に向かいながら、彼女にこんな質問を投げかけた。
「リオーネさんって、曇り硝子と澄んだ硝子の違いはわかりますか?」
「何となく、曇り硝子はふんわりと優しい感じで光って、澄んだ硝子ははっきり光ってる気がします」
リオーネが少し自信なさげにそう答えたけど、彼女の捉え方は別に間違っていないし、普通はそれを違いだと思う人が大半だろう。
俺はリオーネを見ず、候補に決めた球状のグローブが付いた澄んだ宝珠灯を手にすると、一旦作業机に向かった。
「ちなみに、曇り硝子が魂灯に使えないと感じたのは何故ですか?」
「えっと、曇り硝子って白っぽいじゃないですか。さっきのお話からすると、その色が魂の色の見え方に影響するのかなって思ったんです」
作業机に側に立ったままのリオーネを一瞥すると、俺は手にした宝珠灯を作業机に置き、今度は近くに吊るしてあった、六角柱の形をした曇り硝子のグローブが付いた宝珠灯を手にし、彼女に向き直った。
「確かにこれなんかも白っぽく見えますけど、実は無色の硝子なんですよ」
「え? そうなんですか!?」
「はい。実はこの白っぽい色は、傷をつけたことによる光の反射で白く見えているだけなんです」
「へー」
感心するリオーネを横目に、俺は再び作業机に戻り、ふたつの宝珠灯を並べて置くと、そのまま彼女に向かい合った。
「硝子や水晶に着色していないのであれば、魂の色はそのまま届いてくれます。だから。これを魂灯に使うのは問題ありません。あ、ここから作業に入るんで、こちらに座ってください」
曇り硝子の宝珠灯を指差した後、俺は作業机に収まっていたお客用の木の椅子を引き出し、リオーネに座るよう促した。
「すいません。ありがとうございます」
彼女が腰を下ろしたのを確認した後、俺は壁に掛けてある作業用クロークを羽織り、そのまま作業机を挟んで彼女と反対。最近座り慣れてきた工房主の作業席に腰を下ろす。
「でも、さっき状況次第って言いましたよね? それは、曇り硝子が使えない事もあるって事ですよね?」
さっきまでより熱を感じる強い口調。
向こう側に座るリオーネは目が輝いていて、はっきりと興味を覚え質問してきたのが分かる。
そういや小さい頃、俺も師匠に色々教わる中で、興味が湧いて質問が止まらなくなった事があったっけ。
──「こらこら。順番に話すから。慌てるんじゃないよ」
あの時の師匠は、苦笑しながらも、丁寧にひとつずつ質問に教えてくれた。
今でもそれには感謝しているし、俺の中で忘れられない想い出のひとつ。
リオーネは別に、宝珠灯職人を目指しているわけじゃない。けれど、興味を持って質問されたんだ。師匠に倣って、きちっと答えるとするか。
「厳密には、使うのを避けた方がいい場合もある、って事ですね」
「使うのを避けたほうがいい……」
俺の回答を復唱した彼女に頷くと、俺は右手で指をパチリと鳴らし、着火の魔術で指先に小さな炎を灯した。
「え? セルリックさんって魔術も使えるんですか!?」
「ええ。そっちも師匠に教わってるんで」
さっきとは違う羨望の眼差しを見せたリオーネにくすぐったい気持ちになりながら、俺はそのまま指先の炎を透明な宝珠灯のグローブの手前に持っていく。
「リオーネさんが言った通り、こっちの澄んだ硝子のグローブを通した光は、はっきりと見えますよね」
「はい」
姿勢を少し低くして、宝珠灯越しに指先の炎を見つめる彼女が頷いたのを見て、今度は同じように曇り硝子の宝珠灯のグローブの方に指先の炎を持っていく。
「で、同じ炎のまま曇り硝子の方を見ると、曇り硝子が淡く光りますが、炎は見にくい」
「はい」
「これは、同じ炎だからこうなりますけど……」
そこまで言うと、俺は指先に込めた魔力を多くして、炎を強くする。
……だいたいこんなもんか。
炎をグローブの大きさに合うくらいまで大きくすると、グローブ自体の淡い輝きが強くなった。
「これくらいの炎になると、さっきの澄んだ宝珠灯と、明るさはそこまで変わらなくないですか?」
「確かにそうですね」
「これはただの炎ですから、グローブ越しの明るさが違うだけ。でも、魂灯はこの差が大きく出るんです」
「この差って……炎の明るさですか?」
「ある意味ではそうなんですが。魂の炎に篭った想いの差、とでも言うんでしょうか」
彼女に答えを返したながら、俺はふっと指先に息を吹きかけ炎を吹き消す。
「魂灯も宝珠灯同様、炎の強さの調整が可能です。ただ、感じ取れる魂の炎の光に乗った想いっていうのは、炎を生み出した時点で決まってしまうんです」
「それって、炎の大きさに関係しないってことですか?」
「はい。炎を弱めようが強めようが、伝わる想いは変わらないんですよ」
そう。
普通の人にはただの宝珠灯の炎にしか見えないけれど、魂灯として想いを感じ取れる人が視る炎は違う。
今回の依頼でいうなら、父親の想いを感じるリオーネにはその炎の大きさに関わらず、想いの強さがそのまま伝わってしまうんだ。
話を聞いていたリオーネが、何かに気づいたのか、はっとする。
「もしかして、それをグローブの透明度で変えている……」
「そういうことです」
お。勘所がいいな。
俺は彼女に感心しながら、透明な宝珠灯を手に取ると、下部の燃料入れに付いている、点火用のつまみを指差し説明を続けた。
「宝珠灯の炎の強さを変える方法のひとつは、ここにあるつまみです。ただ、これで炎の大きさを調整しても、魂灯のそういった想いの調整はできません。その代わりに、魂灯に使う一部の宝珠、そして宝珠灯のグローブや傘の形状を変える事で、魂の炎から伝わる想いの強さを調整する事ができるんです」
「そうなんですね。でも、想いはちゃんと伝わったほうがいいんじゃないですか?」
素直な質問。
普通に考えれば、想いは伝わったほうがいいっていう発想も最も。
だけど、俺は首を横に振り、少し真剣な顔をした。
「そうとは限りません。想いが強すぎて不快になったり、それこそ、感じた側の心を病ませてしまう。そういう想いっていうのもあるんですよ。例えば……恨みとか、後悔とか」
「あ……」
言葉の重みを感じたんだろう。リオーネが言葉を失い表情を曇らせる。
はっきり言うべきじゃないかもしれない。だけど、俺はそれでも言葉を伝えた。
「残念ながら、魂の炎を創る素になる物に、どんな想いが篭っているかは保証できません。だからこそ、魂灯職人はその想いを相手にどのように伝わるようにするか。そこまで考えないといけないんです。伝わりにくくするなら曇り硝子のようなグローブが、伝わりやすくするなら透明な硝子や水晶をグローブにするのがいいので、状況次第って言葉を使わせてもらいました」
これを話した事で、彼女も思い出したはずだ。
もしかしたらあのペンダントには、望まない魂の想いが刻まれているかもしれないって事に。
「魂灯を創っても、今話したような辛い想いを視るかもしれませんよ」
……本当はそう伝えて、魂灯制作を止めさせたほうがいいのかもしれない。父親が経験したであろう、辛い想いを視せる事になるなら。
魔が差したかのように、そんな想いが心で膨れ上がる。だけど、それでも俺はそれを口にしなかった。
でないと、リオーネの決意や俺の覚悟が、無駄になってしまう気がしたから。
もしもの事を考えてしまったのか。彼女が椅子に座ったまま俯き、不安げな顔をしている。
「……大丈夫ですよ」
そんなリオーネに優しく声を掛けると、彼女が上目遣いにこっちを見た。
「リオーネさんのお父さんは、あなたの将来の為に働きに出るくらい、あなたを愛してくれてたんです。だから、大丈夫です」
慰めになるかすらわからない、根拠のない言葉。
だけど、それを少しでも事実にするかのように。そうあって欲しいと願うように。
俺はそんな言葉で不安をごまかすと、透明なグローブの宝珠灯に手前に寄せ、仕事を再開することにした。