第八話:宝珠灯《ランタン》を選ぶ訳
俺はリオーネと共に工房に戻ると、早速仕事を始める事にした。
さて、どこから見て回るか……。
作業机の側まで移動した後、俺が天井から吊り下げてある様々な宝珠灯を眺めていると、隣に立つ彼女が声を掛けてきた。
「最初は何をするんですか?」
「工房に飾ってある中から、出来上がっている宝珠灯の本体を選びます」
「え? 宝珠灯を選ぶんですか?」
魂灯を創るのに宝珠灯を選ぶ。
それがしっくりこなかったんだろう。リオーネから疑問の声があがる。
これだけ聞いたら、違和感を感じても仕方ないか。
俺は苦笑いしながら、顔を彼女に向けた。
「はい。新しく本体を作るとかなり日数が掛かるんで、完成品を流用して、作業にかかる日数を大幅に短縮します」
「でも、今回創るのは魂灯なんですよね?」
「はい」
念を押すような言葉に迷いなく答えると、俺は再び工房内の宝珠灯を見回しながら理由を説明し始めた。
「実は、魂灯は宝珠灯の本体を流用できるんですよ。端から見ても、魂灯と宝珠灯が見分けられない理由のひとつはこれですね」
「そうだったんですね」
ちょっとした豆知識に、リオーネが素直に感心してくれる。
今までこうやって誰かに説明する機会なんてなかったから、彼女の反応は中々に新鮮だな。
ちなみに、説明した内容は事実だ。
宝珠灯は上部の傘。炎を雨風から守るため、硝子や水晶などで作る中央のグローブ。そして点火機構のある下部の燃料入れと大きく三つに分かれていて、これを棒状の金具でつなぎ合わせてひとつにして完成する。
上部の傘や中央のグローブは、主に光量や光の反射を変える部分であり、これは宝珠灯だけじゃなく炎灯でも同様。
下部の点火機構については、流石に炎灯は油を使うから独自だけど、宝珠灯と魂灯は基本的に一緒だ。
炎を調整する機構に使う調光珠に、燃料となる光砂の光を吸収し、光放口から炎として放出する光吸珠。
これらをうまく点火部に組み込み、そこに燃料となる光砂、ないし魂砂を入れれば完成する。
一応、魂灯は調光珠や光吸珠にちょっと特殊な宝珠を組み込む必要があるから、宝珠灯の完成品をそのまま使えるわけじゃない。
でも、裏を返せば、この部分さえ付け替えれば、宝珠灯をそのまま使えるって事でもあるんだ。
ちらりと横目で見ると、リオーネも天井から吊り下げられている幾つもの宝珠灯に目を向けていた。
「これだけ宝珠灯があると、圧巻ですね」
「そうですね」
「この中に、セルリックさんが制作した宝珠灯があるんですか?」
「いえ。ここに吊るされているのは、師匠が制作した物だけです」
「え? そうなんですか?」
「はい。ここは師匠の工房ですし、自分の宝珠灯は飾っていません」
当たり前だ。
ここは師匠メルゼーネの工房。だからこそ、飾られている売り物も師匠の物だけ。
いつか俺も、こんな感じに自分の作品を並べられる日がくればいいけど、そんな夢を叶えるのはまだまだ先かな。
「それだったら、セルリックさんの作った宝珠灯を見ないと駄目じゃないですか?」
「大丈夫ですよ。今回は師匠が作った宝珠灯を利用するつもりなんで」
「え? どうしてですか?」
説明を続けていると、隣でリオーネが驚いた顔をしたけど、俺の方はちょっと間の抜けた顔をしてしまった。
いや、無名の俺なんかより、絶対に有名な師匠の本体を使ったほうがいいに決まってる。
「俺が作った物は試作品しかないのもあるんですが。自分は職人としてはまだまだ未熟ですし、リオーネさんにより良い魂灯を手にしてほしいんで。だから、出来の良い師匠の本体を使おうと思ってます」
「そうですか……」
俺の言葉を聞き、リオーネが少し心配げな態度を見せる。
ん? 何か気がかりな事でもあったのか?
……あー。そういうことか。
「心配しなくても大丈夫ですよ。昨日お伝えした通り、魂灯はできあがった時点で価格を決めますが、師匠の本体を使う事で価格を釣り上げるなんて事はしませんから」
「あ、いえ。そうじゃないんです」
え? 違う?
自然と首を傾げてしまった俺に、彼女は何か言いたそうな、だけど言いにくそうな微妙な反応を見せている。
ここまで表情に出されているのに、何も言わずごまかされても、俺だってスッキリしない。
「何か、気がかりなことでも?」
「あ、その……ごめんなさい」
俺の問いかけに、リオーネが申し訳無さそうな顔で頭を下げてくる。
けど、ごめんなさい?
「えっと、謝られるような事なんて、ありましたっけ?」
またも首を傾げた俺に、彼女は俯き気落ちした声で話し出す。
「だって……セルリックさんにとっての大事な初仕事なのに。私にお金がないばっかりに、魂灯をちゃんと作らせてあげられないのが、すごく申し訳なくって……」
あー。謝ったのはそういう理由だったのか。
まったく。そんなの気にしなくっていいのに。
俺はリオーネの優しさに触れ、少し気持ちが温かくなった。
見習いの身であっても、俺だって職人。
だからこそ、自分の作品を自分の手できっちり創り上げたい。そんな想いはある。
だけど、今回の件は既にこうしようって割り切っていたし、お金がなくても彼女により良い物を手にしてほしいと思っていたからこそ、自分で本体を作れないことに不満なんてまったくなかった。
だけど、彼女がそこまで考えてくれていたのは、正直嬉しかった。
もしかすると、装飾の学校に行っていたからこそ、同じ職人を目指す身として、初めてを大事にしたいって気持ちがあったのかもしれない。
……ほんと。
リオーネが初仕事の相手だったのは、幸運だったかもしれないな。
「大丈夫ですよ」
自然に微笑んだ俺の言葉に、気落ちしていたリオーネが上目遣いにこっちを見る。
「もし作る物が宝珠灯だったら、リオーネさんの意見を聞いて望んだ形の物を作ってあげられます。でも、魂灯はその性質上、どんな色で、どんな強さの炎になるかもわからない。だからこそ、依頼主の望み通りに創ることはできませんし、本体を選ぶのもこちらに全て任せてもらうしかないんです」
そこまで言った俺は、一番近くにある炎の灯っていない円柱状の透き通ったグローブが使われている宝珠灯に手を伸ばした。
「例えばですが。リオーネさんに『この本体を使いたい』と言われても、魂灯には使えません」
「どうしてですか?」
俺は手に取った宝珠灯とは別の、炎が灯っている宝珠灯を指差す。
「あっちの宝珠灯の炎を見ててくれますか?」
「はい」
素直にリオーネがそっちに目を向けたのを確認して、俺は手にした宝珠灯のグローブを、彼女の視線に重なるようにした。
「俺が手にした宝珠灯越しにあの炎を見ると、色が少し変わったのがわかりますか?」
「はい」
「この宝珠灯のグローブは、硝子自体に色粉を少し混ぜてあって、薄っすら橙色に染めてあります。でも、この色が魂灯の魂の炎が放つ光の色を邪魔してしまい、想いが伝わりにくくなってしまうんです。だから、これは選べない」
手にした宝珠灯を再び吊り直した俺は、改めてリオーネを見た。
「こういった理由などもあって、リオーネさんが望む物を使ってあげられない。だからこそ、俺はせめて中途半端な魂灯にしたくないと思い、今回の仕事に取り組んでいますし、自分で決断した事に悔いはありません。だから、リオーネさんが気に病む必要は何もありませんよ」
「……本当ですか?」
「ええ。リオーネさんには悪いですけど。実の所、今回のお話を受けた時点で、師匠の作った本体を使う事しか考えてなかったので。今お話を聞くまで、自分の作った宝珠灯を使うって発想すらなかったくらいです。だから、安心してください」
冗談じみた言葉と共に、肩を竦めてみせると、こっちを見ていた彼女がふっと笑う。
「そうだったんですね。すいません。素人が変に気を回して、勝手に落ち込んでしまって」
「いえ。こちらの事を考えてくださって、本当にありがとうございます。いただいた初仕事はきちっと成し遂げてみせますので、ちゃんと見届けてください」
「……はい。ありがとうございます」
言葉と共に見せたリオーネのしおらしい表情。
うん。これなら大丈夫だろう。
「さて。お喋りが過ぎましたね。そろそろ、ちゃんと仕事をしましょうか」
こほんと咳払いをし気持ちを切り替えた俺は、宝珠灯選びを再開したんだ。