第六話:初仕事
「魂灯がちゃんと完成するかはまだわかりません。ですから、価格は完成してから決めます」
「は、はい」
「それから、なるべく日数を短縮する形で魂灯を創るようにしますが、それでも四、五日は掛かります。その間の宿屋代だって馬鹿になりませんし、ここでお金を使い切って、折角創った魂灯を売られたりしたら元も子もありません。ですから、リオーネさんは明日宿を引き払って、魂灯が出来上がるまで、この家で寝泊まりしてください」
「……え? ここでですか?」
多分、突然の事に耳を疑ったんだろう。
彼女が涙目のまま、戸惑いを見せる。
「はい。ここなら宿代は掛からずに済みますし、食事なんかもただで提供できますので」
「そ、そんな! そこまでご迷惑は掛けられません!」
この申し出には、流石のリオーネもはっきり首を振り遠慮を見せた。
正直俺だって、こんな提案はしたくない。
ただ、このままいったらリオーネは、魂灯に全財産を費やしかねない。
もし魂灯が無事完成したとしても、それじゃ何の意味もないんだ。
俺は自分が信頼してもらえるよう、リオーネに対し真剣な目を向けた。
ちゃんと、こっちの思いを汲み取ってもらえるように。
「リオーネさん。俺は自分の魂灯で、誰かを不幸にしたいわけじゃないんです。だから、どうかこの条件を受け入れてください。もしどうしても無理だっていうならば、すいませんが仕事をお受けする事はできません」
切り札となる一言に、リオーネが奥歯で何かを噛み殺し、悔しそうに俯く。
流石に彼女も少しは理解したんだろう。自分がどれだけ無謀な旅をし、身の丈に合わない物を望んだかを。
今日何度目かの、部屋を包む静けさ。
気まずさを感じながらも、忍耐強く彼女の返事を待っていると。
「……でしたら、こちらからもひとつ、お願いがあります」
リオーネがゆっくりと顔を上げると、こっちに負けないくらいの真剣な顔をした。
「なんでしょうか」
「こちらでお世話になる間、セルリックさんの身の回りのお世話をさせてください」
「身の回りの世話を、ですか?」
「はい。私も家事や料理、洗濯などなら一通りできます。ですから、ここでお世話になる代わりに、せめて働くことで恩返しさせてもらえませんか?」
働く、か……。
俺だって師匠と住んでいた頃から、家事なんかは一通りこなしてきたし、今だって一人暮らしをしてるくらいだ。彼女の手伝いなんかなくても生活できる。
とはいえ、リオーネもリオーネなりに考えて、少しでも恩に応えたいと思ってるんだろう。流石にそれを無碍にしても仕方ないか。
「……わかりました。それじゃ、これで交渉成立って事で」
「ありがとうございます。セルリックさん。どうぞよろしくお願いします」
俺が笑みを浮かべ、椅子から立ち上がってすっと手を差し出すと、彼女も真剣な表情のまま立ち上がり、互いにしっかりと握手を交わした。
§ § § § §
あの後、俺はリオーネを家の客間に案内し、そのまま寝てもらうことにした。
「先程の夕食の洗い物がありますよね。お手伝いしますよ」
なんて真面目に言われたけど、
「今日のリオーネさんはまだ客人です。お手伝いは明日。荷物をここに運んでからにしてください」
という言葉で言いくるめ、渋々納得してもらった。
ちなみに、魂灯制作は明日からだけど、形見のペンダントはこちらが必要とするまでリオーネに持っていてもらう事にした。
制作日程を大幅に短縮する以上、遅かれ早かれ彼女は形見を手放さざるをえないんだ。
それだったら、少しでも長く肌身に付けて、別れを惜しんでもらったほうがいいしな。
§ § § § §
俺はささっと洗い物や風呂を済ませると、そのまま自室に戻りパジャマに着替えベッドに入ったんだけど、すぐには寝付けなかった。
両手を頭の下に回し仰向けのまま、サイドボードに置いてある宝珠灯に顔を向け、ゆらゆらと揺れる炎をぼんやりと見つめる。
突然舞い込んできた、魂灯職人としての仕事。
師匠が俺に受けるよう仕向けたって事は、帰ってきたらきっと、根掘り葉掘り仕事ぶりを聞かれるよな。
折角受けた初仕事。しっかりと魂灯を創り上げて、恥ずかしくない仕事をしたと胸を張りたい。
だけど、あのペンダントに篭っている想いは、決して軽くはないと思う。
……多分、師匠もあのペンダントに篭った魂を見ているような気がする。なんとなくそんな気がした。
それでも、あの人は彼女を俺の下に寄越したんだよな。
そのまま創り上げれば、どんな魂灯になるか、想像がついた上で。
……あのペンダントに込められた魂の想いを、そのままリオーネに視せていいんだろうか。
依頼の話をしている時にも考えていた、俺にとって一番の難題。
その答えは安易に出せるものじゃなくって、灯りを消し毛布を被った後も、しばらく自問自答を繰り返していた。
§ § § § §
翌朝。
「んー」
南の山陰に沈んだ紅月と入れ替わるように、北東の海から昇ってきたのは、金色に輝く暁月。
夜空で見せる控えめな輝きを見ながら、私服に着替えた俺は家の庭で大きく伸びをした。
紅月が出ている間、海の奥で身を潜めていた海星魚も、暁月の光に惹かれ、また輝きを取り戻している。
遠くに見える海と空で輝く月と、地平線まで続く、雲一つない星空と海の星達。
この光景は何時見ても目を奪われる。
「これが朝だなんて。やっぱり不思議な気分ですね」
炎灯を片手に隣に立っているリオーネが、そうしみじみ口にする。
俺にとって当たり前なこの光景も、彼女にとっては新鮮なんだろう。
「リオーネさんが暮らしていた村では、やっぱり照陽が昇るんですよね?」
「はい。この時間であれば、陽の光で空や周囲の景色が朝焼け色に染まるんです」
「へー。それは見応えがありそうですね」
実物を見てないから想像がつかないけど、それはちょっと興味があるな。
その光景を目にしたら、魂灯創りに役に立つだろうか?
「セルリックさんは、どこか旅に行かれた事はあるんですか?」
「全然。生まれてこの方、ずっとポラナの島で暮らしています」
「そうですか。もし旅に出る機会があったら、照陽が昇る土地に行ってみるといいですよ。この光景も素晴らしいですけど、陽が昇る姿も同じくらい素敵ですから」
「ええ。そうします」
笑顔でこっちを見たリオーネに、俺も笑顔を返すと互いに向かい合った。
「とりあえず、折角トルネおばさんの宿を取ったんですから、朝食くらいは食べてきてください。本当に絶品ですんで」
「はい。ちなみに、この後のご予定は?」
「俺も朝食なんかを済ませたら、まずは工房に篭もります。戻ってきて家の鍵が開いてなかった時は、そっちに顔を出してください」
「わかりました。それでは行ってきます」
「ええ。いってらっしゃい」
ペコリと頭を下げた彼女に手を振り、去っていく姿をしばらく見送った後、俺はもう一度大きく伸びをした。
さて。今日から魂灯制作か。
ただの整備や修理じゃないんだ。何時も以上に気を引き締めないと。
ピシャッと頬を叩き気合を入れた俺は、そのまま家に戻ると、普段より少し早い朝食を済ませる事にした。