第四話:師匠の思惑
……そういうことか。
リオーネが魂灯を欲する理由を察した俺は、何事もなかったかのようにすっと立ち上がった。
それに釣られ、彼女は力なくこちらに涙目を向けてくる。
「とりあえず、お風呂の用意をしてきますね」
感情がぐちゃぐちゃになっているであろう今、これ以上辛い話をさせるのは忍びない。
そう思った俺は、リオーネの返事を待たず、一人風呂場に向かった。
更衣室を抜け風呂場に入り、備え付けの水珠に魔力を込めさっと浴槽に水を貯めると、浴槽内にある熱珠にも魔力を込め、水を温めていく。
熱珠も水珠も、込めた魔力の量で生み出される水や熱が決まる。
小さい頃家の手伝いをするようになってから毎日している作業。流石に調整を誤ることはない。
みるみる水が温かくなり、湯船から湯気があがっていき、代わりに光っていた熱珠が輝きを失っていく。
そして熱珠から完全に光が消えた頃には、丁度いい湯加減になった。
これでよし。
風呂場を出て更衣室にタオルを準備した俺は、そのままリビングにいるリオーネの下に戻った。
「リオーネさん。お風呂の準備ができたので、先に入っちゃってください」
「え? もうですか?」
「はい」
はっとした彼女が慌てて涙を拭うと、こちらに少し驚いた顔をする。
まあ、普通は水を入れた後、薪なんかでお風呂を沸かすし、そこまでで数十分掛かるしな。
師匠の話じゃ、宝珠を使った風呂は貴族や城じゃないとな中々見られないって言ってたけど、実際ここまでの風呂を持っている家は、レトの町には一軒もない。
ここで暮らす為、聖刻陣だけじゃなくこんな物まで用意できるあたり、やっぱり師匠は凄腕の大魔術師って事なんだろう。
「まずはゆっくり湯船に浸かって、気持ちを落ち着けてください。その間に夕食の準備をしますので」
「そ、そんな。そこまでお世話になるなんて──」
「構いませんよ。待っている間、手持ち無沙汰ですし。お口に合うかは保証しませんけど」
さっきまでの会話なんてなかったかのように、さらりとそう言い笑ってやると、少し困った顔をした彼女は観念したのか。ゆっくりと立ち上がった。
「わかりました。では、先にお風呂をいただきますね」
「はい。ごゆっくりどうぞ」
深々と会釈したリオーネに笑みを浮かべると、彼女はそのまま更衣室へと入って行く。
それを見届けた俺は、そのままキッチンに向かい夕食の準備を始めることにした。
リセッタが作ってくれたスープの残りだと、流石にスープパスタを二人分作るのは無理か。今回は具材を足して、煮詰めてパスタソースにでもするか。
献立を決めた俺は腕まくりをした後、流れでキッチンにある冷珠を使った冷蔵庫から野菜や肉を取り出す。
それらを切ってスープの入った鍋に入れた後、炎珠の仕込まれたコンロで鍋に火を通し始めた。
……この先、どうするかな。
気持ちが落ち着いてきた俺は、ぼんやり鍋を見ながら、時折レードルでスープをかき回しつつ物思いにふける。
大体の事情はわかった。
リオーネはきっと、出稼ぎに行っている間に父親がどんな気持ちで働いていたのか。それを知りたくて魂灯が欲しいと思ってるんだろう。
だけど、本当にそんな彼女の願いを叶えてもいいんだろうか?
あのペンダントに込められた魂を見るべく、魂視を解放してみたけど、その瞬間視えた強い魂の色に思わず言葉を失いかけた。
最も強く視えたのは、深淵にも感じる、より黒に近い濃紺色。
この色は間違いなく、彼女の父親が何かで苦しんでいた事を示している。
まだペンダントに触れ、刻まれた魂の想いまで視ているわけじゃない。
だけど、この色で覆われているだけでも、そのまま魂灯を作ればリオーネにどんな想いが伝わるか、容易に想像できる。
それを視て、彼女がどんな気持ちになるのかも。
勿論、他の魂が刻まれている可能性もある。
けれど、これだけはっきりと濃紺に染まったペンダントに、それを期待できるだろうか……。
「……熱っ!」
突然手に感じた熱にはっとすると、スープが煮立ち、跳ねた汁が腕に掛かっている。
しまった。ぼーっとし過ぎたか。
慌てて炎珠に注いだ魔力を少し解放し火を弱くすると、再びレードルを回しながら頭を整理する。
……腕が未熟だと言い訳をして、断る事はできる。
ただ、この話の根幹には、師匠の何らかの思惑があるはずだ。
自らが魂灯職人メルゼーネだと名乗らず、リオーネを俺のいる工房に導いた。
そこから考えられる答えはただひとつ。
師匠は俺に、魂灯を創れと言ってるんだ。
考えてもみろ。
あの人が魂灯を創りたくないなら、リオーネから事情を聞いた時点で、知らぬ存ぜぬを突き通せばいいだけ。
師匠が彼女の事情に同情した可能性も否定できないけど、それなら向こうで魂灯を創ってやれば済む話。
そうしなかったのは何故か。それを考えたら、もうこの答えしか残っていない。
──「いいかい? セルリック。あたしがいない間はあんたが工房主。受けたいと思った仕事は受けちまいな」
旅立つ前。そう言い残した師匠は、リオーネに『そこに行けば、人の良い工房主がいるはず』と伝えた。ここに仮初の工房主がいると知りながら。
「……人が良いとは限らないだろって」
師匠も何を言ってるんだか。
独りごちりながら、この先について考える。
俺が魂灯職人として、仕事を受けてもいいのか。
仕事を受けた場合、どんな想いをリオーネに視せるべきなのか。
結局、ここまでの事は推測の域を出ないし、あの人の本当の思惑なんて、話を聞いてみなきゃわからない。
ただ、仕事を受けるかどうかは俺次第。
いいのか? この仕事を受けても。
心で葛藤を繰り返しながら、俺は黙々とレードルを動かし、スープを煮詰めていった。
§ § § § §
パスタが完成したのに合わせたかのように。リオーネも風呂から戻ってきたので、俺達はそのままキッチン側の大きめのテーブルに移り、遅めの夕食を食べ始めた。
師匠が旅に出かけてから長らく一人で食事していたせいか。この時間、目の前に誰かがいるっていう違和感が凄い。
しかも、服装こそ変わっていないものの、風呂から出たリオーネは長い栗毛色の髪を髪留めの紐で結っており、しっとりとした肌が艶っぽくみえて、ちょっと目のやり場に困る。
「どうですか? お味は」
緊張した気持ちをごまかしそう尋ねてみると、彼女は笑顔を向けてきた。
「すごく美味しいです。これはセルリックさんが作ったんですか?」
「あ、いえ。ソースの元になるスープは、知り合いの子が作って持ってきてくれたんです」
「そうなんですね。もしかして、彼女さんとか?」
「いえ。行きつけの宝飾店の娘さんです。たまに試食と称して料理を持ってくるんですけど、今日は昼間にこれを持ってきてくれまして」
「へー。好かれてるんですね」
「どうでしょう? お兄ちゃんなんて呼んできますけど、半分は毒見役なんじゃないですかね」
俺が肩を竦めると、リオーネがくすりと小さく笑う。
風呂に行った事で少し気持ちが落ち着いたんだろう。見せている表情も柔らかだし、まずは良かった。
その後も他愛のない話をしながら食事を進め、お互い一通り食べ終えた後、ゆっくりと紅茶を口にする。
「ふぅ。ごちそうさまでした」
「いえ。お口にあったみたいでよかったです。きっとリセッタも喜びます」
「先程の方はリセッタさんって言うんですね。是非、美味しかったとお伝え下さい」
「わかりました」
互いに笑みを交わした俺達。その直後、彼女の表情がふっと変わった。
俯きながら見せた不安げな顔。ってことは、そろそろ本題か。
空気を察した俺もまた、釣られて表情を引き締める。
「あの……それで、魂灯の件なんですが……」
またも期待と不安の入り交じる顔をしたリオーネに対し、俺は姿勢を正すと、ゆっくりと話を始めた。