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魂灯《カンテラ》職人セルリックが照らす想起《もの》  作者: しょぼん(´・ω・`)
第一章:魂灯《カンテラ》職人としての初仕事
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第三十七話:父親の魂

 ──質素な家の中。きっとそこは、リオーネの実家なのだろう。


「お父さん、これあげる!」


 以前見た魂の記憶より少しふっくらとした、リオーネの父親。

 木の椅子に座り暖炉の前で寛いでいた彼の側に立っていたのは、十二、三歳くらいに見える、幼さの残るリオーネだった。


 にこにことした笑顔の彼女が父親に差し出したのは、この数日で見慣れたペンダント。

 改めて見ても、彫られた装飾はとても目を引く良い物だと思う。


「これは……どうしたんだい?」

「今日ってお父さんのお誕生日でしょ? だから、オダルスさんのお店を借りて、こっそり私が作ってみたの」

「そうか。……ありがとな。リオーネ」

「えへへ」


 父親が笑顔を見せながら、リオーネの頭を優しく撫でると、彼女はくすぐったそうな、だけど嬉しそうな顔をした。

 彼女からペンダントを受け取り、父親はそれを鑑定するかのように眺める。


「ちなみに、この彫り物はオダルスさんにお願いしたのか?」

「ううん。私が彫ったんだよ」

「え? お前がか?」

「うん」


 予想外だったのか。少し驚いた父親に、リオーネは少しだけ自信なさげな顔をする。

 多分、出来栄えを気にしたに違いない。


「実はね。前からオダルスさんに教わって、彫り方を教わってたの」

「そうか。凄い上手じゃないか」

「ほんと?」

「ああ」

「よかったー。それじゃ、そろそろご飯作ってくるね」


 リオーネが胸を撫で下ろすと、彼女はそう言って上機嫌でその場を去っていく。


  ──「これを、あの子が作ったのか……」


 心で感嘆の声をあげながら、父親は暫くの間、じっとペンダントを眺めていた。


   § § § § §


 ──場所は変わり。

 青空の下、リオーネの父親が花を持って向かった先は、小さな墓地。

 墓石が並ぶその一角。最も角にある墓石の前に花束を置いた彼は、その場でしゃがみ両手を組むと、目を閉じ祈りを捧げた。


「リンダ。リオーネが俺の誕生日に、こんな物をくれたんだ」


 暫くして目を開けた父親は、首に掛けていたペンダントを服の胸元から表に出す。


「わざわざ自分で彫り物までしたんだと。ほんと、こういう器用な所はお前譲りだな」


 しみじみと墓石に語りかけると、ペンダントを見ながら遠い目をする。


「彫り物を教えている時のあの子は、とても楽しそうだったとオダルスが言っててな。『あれだけの才能もあるんだし、装飾の学校にでも通わせてみたらどうだ?』なんて言ってたけど。お前はどう思う? リンダ」


 問いかけたところで、勿論返事があるはずない。

 だがその時、ふと彼の脳裏に過った光景があった。


 胸に生まれたばかりの赤子を抱えた父親の隣で、ベッドに寝込んでいるリオーネ似の美しい女性。

 苦しそうに息をしている彼女が、それでも何とか笑顔を作り口にしたのは──。


  ──「あなた。どうか……その子を、笑顔に……して、ね……」


 はっとした父親は、自然に墓石に目をやる。


「あいつを、笑顔に……か……」


  ──「あいつが将来、好きなことを仕事にできたら、もっと笑顔になれるんだろうか?」


 心に浮かんだ感情。しゃがんだまま空を見上げた彼の頬を、優しく温かな風が撫でた。


   § § § § §


 ──夜、炎灯(ランプ)に照らされながら、夕食を取るリオーネと父親。


「なあ。リオーネ」

「どうしたの? お父さん」


 食事していた手を止め声を掛けた父親に、リオーネが不思議そうな顔をする。


「あ、いや。お前、彫刻をしていて楽しかったか?」

「え? うん。すごく楽しかったよ。オダルスさんもすっごく褒めてくれたし」

「そうか」


 少し首を傾げたものの、彼女は素直にそう返してくる。

 それを聞いた父親は、背筋を伸ばし真剣な顔をした。


「なあ。お前、装飾の学校に行ってみる気はないか?」

「え? 装飾の学校?」

「ああ。レズドの町に、宝飾や装飾を学ぶ学校があるんだけど、そこで学ぶ気はないか?」

「どうして?」


 意図がわからず、自然に首を傾げるリオーネの反応を見ながら、父親は言葉を選びつつ話を続ける。


「いやな。誕生日にくれたペンダントの出来を見て思ったんだよ。お前には装飾の才能があるって」

「そうかな?」

「ああ、間違いないよ。でな。お前も将来の為に、何か手に職があったほうがいいと思ってるんだが。それだったら、お前が楽しく仕事ができる、そんな職業を選べたほうがいいと思ったんだ。母さんもお前を産んだ時、お前に笑顔でいてほしいって言っていたし」

「お母さんが……」


 父親の話を聞いていたリオーネは、最後の言葉を聞いた瞬間、少し切なそうな目をした。


  ──「しまった。今のは余計だったか?」


 二人を包む沈黙に、内心焦りを覚えた父親。

 そんな彼の心の内を知ってか知らずか。リオーネは少しだけ、嬉しいような、寂しいような複雑な顔をした。


「お母さん。そんな事を言ってたんだ」

「え? あ、ああ」


 リオーネはきっと、母親が残した言葉なんて聞いたことがなかったんだろう。

 少しだけ無言になった彼女は、ふと背筋を伸ばし、また笑顔に戻る。


「……そうだね。お父さんがいいって言うなら、行ってみようかな」

「……ああ。勿論だとも」


 娘が笑顔になったのが嬉しかったのか。

 釣られて笑顔になった父親。だが、続いたリオーネの言葉に、その笑顔は焦りに変わる。


「でもお父さん、一人で家のことできる? 料理とか得意じゃないし、片付けもあまりしないし──」

「だ、大丈夫だって。これでも結婚前に一人暮らししてたんだぞ。それに、多少料理を失敗したって、食えれば行きていける」

「お父さん。それを聞いても、大丈夫って思えないけど」


 冗談じみた感じで苦言を呈しながら、リオーネがくすくすと笑う。


「確かにそうだな」


 思わず身を小さくし、照れ隠しで頭を掻く父親。

 ただ、同時に彼は心でこう呟いていた。


  ──「これでいいよな? リンダ」


   § § § § §


 ──晴れ空の下広がる町並みは、レトの町よりも圧倒的に流行っているように見える。

 しっかりとした造りの家々。行き交う沢山の人々や馬車。

 そんな中、外壁に囲まれた一際大きな建物の門の前に、リオーネと父親は立っていた。


 父親は普段の服に大きめのリュックを。リオーネは制服と思わしき整った服と帽子を身につけ、ここに来た時も持っていた手持ちカバンを手にし向かい合っている。


「俺が見送れるのはここまで。後は学校の受付に書類を出して、指示に従うんだぞ」

「うん。わかった」


 父親の言葉に頷いたリオーネ。だが、その表情は学校に通える喜びよりも、

父親と離れる寂しさの方が色濃く出ている。


「お父さん。本当に大丈夫?」

「ん? 何がだ?」

「だって……私を学校に入れるために、出稼ぎに行くんでしょ? 無理してない?」

「だから。そんな事はないって言っただろ? 木こりの仕事も最近あまり儲けにならないし、どうせならこの機会に、俺も何か手に職をつけたいと思ってたって。出稼ぎはそのついでだ」


 本心を悟られないよう、必死に笑顔を返す父親。

 だが、そこに並んだ言葉は、リオーネが工房に訪ねてきた時、俺に教えてくれた父親の事情とは違う。

 多分、彼女も彼女なりに、家の事情を察していたんだろう。


 少しの間、じっと父親を見つめたリオーネが、優しい笑顔を向ける。


「……わかった。信じてるね」

「ああ。学校や寮での生活も大変だろうが、友達なり作ってうまくやれ」

「うん。お父さんも気をつけてね」

「ああ」


 リオーネが差し出した手を握り、父親は少し目を潤ませたものの、それでも気丈に笑った。


「次に会う時には、お前が彼氏の一人でも作ってるといいんだがな」

「な、なんでそうなるの!?」

「村でも浮いた話がなかっただろ。親としては心配にもなる」

「もうっ。私はここに学びに来たんだから! そんなの期待しないでよね」


 手を離し、ふんっとそっぽを向いたリオーネを見て、露骨にしまったという顔をした父親。

 だが、少しの間を置き、二人は同時に小さく笑う。


「彼氏は無理だと思うけど、三年後にはちゃんと成果を見せるね」

「そうだな。その日までしっかり頑張れよ」

「うん。お父さんもね」

「ああ。成長したお前が見られるのを、楽しみにしてるよ」


 またも目が潤む父親に釣られ、リオーネの目尻に涙が浮かぶ。

 それでも彼女は泣かず、笑顔を見せ続けた。


「それじゃ、行ってきます」

「ああ。いってらっしゃい」


 まるで日常の会話のように挨拶を交わした後、リオーネは背を向け、学校と思わしき建物の門に歩いていく。

 門を潜る直前、もう一度振り返り手を振ってきた彼女に、大きく手を振り返す父親。

 彼は、娘が建物に消えるまでその場で見守り続けた。


「俺も、頑張らないとな」


  ──「あいつが笑顔であれるように」


 決心するように独りごちた彼は、表情を引き締めると、ゆっくりとその場を後にした。

 これが、娘との別れになるなんて、知る由もなく──。

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