第三話:意外な理由
あまりに真剣過ぎる問いかけに、俺は目を逸らし俯くと、やり場のない気持ちをごまかし頭をガシガシと掻いた。
創れるか創れないかで言えば、俺にも創れる。
師匠に教わりながら、試作で幾つか魂灯を創った事もあるし、一度だけだけど、師匠に言われて他人のために魂灯を創った事もあるんだから。
ただ、誰かに向け作品を作ったのはその一度っきり。しかもそれは仕事ってわけじゃない。つまり、俺は魂灯職人としてまだまだ半人前って事。
ちなみに、魂砂を創れるのは魂術師の血縁じゃないと無理って話。あれを半信半疑だって言った理由は、何処の馬の骨かもわからない孤児の俺に、その素質があったから。
師匠もそれが理由で捨て子の俺を拾ったって言ってたからこそ、実は血の力なんて関係ないんじゃって思ってたりする。
まあ、そんな話はどうでもいい。今はリオーネにどう返事をするかだ。
正直、安請け合いはしたくないし、事情だってわからない。まずは色々聞き出して、そこから考えるとするか。
「……リオーネさんの質問に答える前に、幾つか質問させてもらってもいいですか?」
「は、はい」
少し緊張気味の彼女に、俺はひとつずつ疑問をぶつけてみる事にした。
「師匠の名前を知ったのは、港町レトでって言ってましたが。最初から師匠目当てでここに来たわけじゃないんですか?」
さっきの会話で一番ひっかかったのはここだ。
彼女は師匠の名前を知らないまま、この島まで来た。つまり、それまで師匠が魂灯職人だなんて知らなかったはず。
「えっと、確かにメルゼーネ様のお名前は知りませんでした。ただ、ここに来れば、魂灯職人に会えるって聞いたんです」
聞いた?
魂灯職人がここにいるって?
「そんな事、一体誰に言われたんですか?」
真実を探るべくそう問いかけると、リオーネは戸惑い混じりにこう口にした。
「その……通りがかりの人に……」
「……は?」
おいおい。通りがかりの人が知ってるって、どういうことだよ!?
まさか師匠の奴、旅に出てから自身が魂灯職人だって、大っぴらになるようなことでもしたのか!?
確かに手紙にはちょっとした仕事が入ったってあったけど、それが関連してるってのか!?
俺の顔に困惑が浮かんだせいか。彼女もはっきりと困った顔をする。
「あ、あの。やっぱり、おかしいって思いますよね?」
「ま、まあ。すいませんが、具体的に話してもらう事ってできますか?」
「は、はい」
俺に応え、リオーネはおずおずとその時の事を話し始めた。
「一ヶ月前。私は、どうしても魂灯が欲しくって、村を飛び出しオルバレイア王国の王都、オルロードに向かったんです」
「それで?」
「王都で色々と当たって聞き込みをしてみたんですが、手がかりなんて全然なくって。それで、お城の人なら何か分かるかもと思って、直接行って聞いてみようと思い立ったんです」
……おいおいおいおい。
田舎の一人娘が王都に行って、誰にも騙されなかっただけでも奇跡だってのに。手掛かりがないからって、わざわざ城に行こうって決断をするか!?
この島から出たことがない俺が言える立場でもないけど、流石にこの子は世間知らず過ぎる。
「それで、結局城で情報を?」
「いえ。城を見ながら決意を固めていた時、通りがかったとある女性に話しかけられたんです」
「とある女性?」
「はい。長い赤髪が凄く綺麗な、紺色の魔導着を纏った年配の女性の方だったんですが……」
……ん?
それってもしかして……。
「えっと、その方のお名前は?」
「それが、その……名乗っていただけませんでした」
当時の事を思い出したのか。しゅんっとするリオーネ。
対する俺はといえば、彼女の話してくれた内容に唖然としていた。
いやだって。話を聞く限り、その相手こそ師匠本人にしか思えなかったんだから。
「そ、そうでしたか。それで?」
「あ、はい。私が恐ろしく真剣な顔つきで城を見ていたからって、気になって声を掛けてくださったんですけど。その方に事情を話したら『ポラナの島、港町レトの側にある宝珠灯工房に行ってみな』って言われたんです」
「え? ここへですか?」
「はい。『そこに行けば、人の良い工房主がいるはずだよ』って言ってくれて。見知らぬ人の言葉だし、どうしようか迷ったんですけど。それしか手掛かりもなかったので、意を決してここを尋ねてみる事にしたんです」
は? どういう事だ?
リオーネの目の前には、間違いなく師匠本人がいたんだ。今ここに工房主なんていないってわかってるはずなのに、あの人は彼女をここに導いた?
リオーネの聞かせてくれた話に、俺はすっかり困惑していた。
師匠は今まで、魂灯職人であることを頑なに隠してきた。
それなのにこの場所を教えたって事は、自分が魂灯職人だって伝えているようなもの。
しかも、肝心のあの人はここにいないんだぞ? それなのにここに案内したんだろ?
師匠がいない場所を案内して、彼女へ嫌がらせをした線がないとはいえないけど、俺が知っている師匠がそんな事をするとは思えない。
だいたいそんな事のために、素性を明かすなんてもっての外。
となると、考えうる可能性は……。
「あの、他に何かご質問はありますか?」
また思考の沼に落ちそうになったのを、リオーネの声に救われた。
今は考え込んでも仕方ない。とりあえず、師匠についてはこれ以上情報もなさそうだし、一旦こっちは置いておこう。
「それじゃ、次なんですが。リオーネさんは魂灯について、どこまで知ってますか?」
「え?」
最初の問いかけから、彼女がちょっと驚いた顔をする。
だけど、俺がじっと真剣な目で見つめていたせいだろうか。太腿の上に置いていた手をぎゅっと握ると、ぽつりぽつりと話し始めた。
「えっと、魂灯の炎に宿った、魂の想いが視えるとは聞いてます」
「じゃあ、魂灯の炎の素になっているのが何かは?」
「いいえ。そこまでは知らないです」
まあ、流石にこれは予想通りの回答だな。
最初の回答は、一般的に広まっている魂灯の知識。
で、次の質問に答えられなかったのは、魂砂の製法についての話。
後者まで知っていたら、間違いなく魂灯職人と縁があるはず。
ここまで話した限り、この子が嘘を吐くようには思えないし、その線はなしか。
「リオーネさんも知っての通り、魂灯っていうのは、確かに魂の想いが視える代物。だけど、全く代償なしに創れる物じゃないんです」
「代償、ですか?」
「ええ。魂が篭っている道具や装飾品が、魂灯を作るのには必要なんです」
「それって、これでも良いって事ですか?」
リオーネが手を首の後ろに回し掛けていた物を外すと、それを両手に乗せ見せてきた。
細かな装飾が施された、飾り付きのペンダント。
本職じゃない俺が見ても、中々綺麗で出来も良く見える。
ただ、これ……。ペンダントを見ながら、俺は思わず息を飲んだ。
「えっと、これは?」
少し緊張しながらリオーネに問いかけると、彼女の表情が憂いに満ちる。
「その……亡くなった父の遺品です」
「亡くなった、お父さんの?」
「……はい……」
少し目を潤ませた彼女は、目を伏せるとそのまま言葉を続けた。
「父は、私に装飾品を作る才能があるからと、近くの街にある装飾の学校で学ばせようとしました。でも、そのためには町で暮らすお金や学費が必要。それで、当時の父の仕事じゃそれらを工面するのが難しいからって、お金を稼ぐために家を出て、出稼ぎに行ったんです」
「それで?」
「お金は定期的に届き、私は三年間の在学のち、無事学校を卒業し村に戻ったんですが。父はその後、一年を過ぎても家に帰ってきませんでした」
「もしかして、お父さんはその出稼ぎ中に?」
「はい……」
静かにそう問いかけると、スカートからハンカチを取り出した彼女は目尻に溜まった涙を拭う。
「私は仕送りと一緒に届く手紙で、父がある船で専属の荷揚げや荷下ろしをしながら、各地を転々とし働いている事は知っていました。ただ、最初の頃はまめに付いていた手紙も、途中から数ヶ月に一度になり、卒業後は仕送り以外届く事もありませんでした」
拭ったはずの涙がまた目に溜まり。感極まってきたのか。リオーネの声が掠れ始める。それでも、彼女は言葉を紡ぐのをやめなかった。
「ですが一ヶ月ほど前、父からやっと家に戻れると手紙があったんです。私はそれを凄く楽しみに待っていたんですが……帰って来たのは、昔私が父にプレゼントしたそのペンダントと生前の荷物だけ。そして、それを届けてくれた方から、父が亡くなったと知らされました」
「それは、病気で?」
「……いえ。事故だったそうです」
「事故……」
「はい。理由はわかりませんが、航海中に甲板から落ちたそうで、そのまま死体は見つからなかった、そうです……」
そこまで話すのが限界だったのか。彼女がすっと涙すと、嗚咽を漏らし。暫くの間、彼女の咽び泣く声と、暖炉の薪が燃える音だけが部屋に残された。